第83話 背筋から
とりあえずイリス先生には一番前の席についてもらう。
生徒たちには意見をもらいつつ、自分たちの勉強を優先してもらうように伝えてある。元からこの勉強会は基本的に自習をしながら、なにか質問があったら俺がそれに答えていく形式だったからな。
とはいえ、さすがに最初ということもあって、全員が黒板の前にいる俺に注目している。
「さて、イリス先生は授業のやり方を教えてほしいと言っていたが、まずはそのあがり症をなんとかすることが先決だと考えている」
昨日アノンやノクスと相談したように、まずは生徒たちとまともに話せることから始める。さっきからそうだが、やはりイリス先生の視線は泳いでおり、声も小さい。
「た、確かに私も可能なら治したいですけれど、ずっと子供のころからずっとこんな感じなんです……」
「ふむ、それについてはそうなった原因はなにかありそうかな? シンプルにその原因を取り除けそうならばそれが一番早い。もちろん無理に言わなくても大丈夫ですよ」
こういったことの原因は性格上の問題と、過去の失敗体験やトラウマなどによるものだと聞いたことがある。もしも後者である場合にはその原因を取り除くことが一番の解決策だ。
とはいえ、深いトラウマが原因の場合は症状が悪化する場合もあるので慎重に接しなければならない。
「げ、原因ですか……。ええ~と、実は私は子供のころから男性の視線を集めることが多くて、それで女の子からよくからかわれていたりしたんです……。たぶんそのころから人と話すのが少し怖くなってしまいました」
「なるほど……」
イリス先生は綺麗な女性だし、……もしかすると子供のころから胸が大きかったのかもしれない。思春期の子供は身体の成長や恋愛ごとには敏感だからな。男子生徒がイリス先生のことを気になって、それを気に入らない女子生徒が嫌がらせをしたというところか。
残念ながら前世の学校でもこういったことが起きることもある。いじめの原因になるの好きだ嫌いだの恋愛ごとなんかも多いんだ。
「それはどれくらいの嫌がらせでした? それとその主犯格の女の子の名前と現在どうしているかはわかりますか?」
「い、いえ! からかわれたといっても、無視されて物を隠されたり水をかけられたりしたくらいですから! そ、それにその子が今何をしているかはわからないです」
「……そうですか」
それは十分ないじめだ。
加害者たちは軽い気持ちでそういったことをしているのかもしれないが、そのことが原因でイリス先生のように大人になっても苦しむこともある。それなのに加害者のやつらはそれを咎められることもなく、今ではそれを忘れて普通に暮らしているのだから嫌になる。
陰でこそこそ嫌がらせをしていたのかもしれないが、伯爵家の令嬢であるイリス先生にそういったことをするということは相手もそれなりの家柄ということだろう。その女生徒については調べておきたいところだが、それについては時間がかかりそうだ。
まずはイリス先生の症状を改善することから始めよう。
「原因を取り除くのは難しそうですね。それじゃあ、まずは授業をする姿勢から変えていきましょう。椅子から立って、しっかりと前を見て胸を張ってください」
「は、はい!」
イリス先生は今もだいぶ猫背だ。まずは姿勢を意識するだけでもだいぶ変わるものである。
「……ギーク先生、それはセクハラですか?」
「断じて違う! 言い方を換えます、背筋を伸ばしてください」
「は、はい!」
シリルからのツッコミが入る。別にどっちの言い方でも変わらないだろうに……。
「いいですね。姿勢を正すだけでも、視線が前に向いていきます。しばらくは普通に歩いている時も背筋を伸ばすことを意識してください」
「わ、わかりました」
こういったことは日常的に意識することが大事だ。といっても、俺も先輩の教師から教えてもらったことだがな。
教師たるもの、生徒たちに見られることが当たり前なので、だらしない姿は見られないよう常に姿勢を正す必要がある。




