第80話 相談事
「17時になった。今日はここまでだな」
「はい。ギーク先生、ありがとうございました」
放課後の勉強会が終わる。今日はエリーザとソフィアは習い事があったため先に帰ったが、他の3人は最後まで残って熱心に魔術を学んでいた。
「ギーク先生、さようなら」
「ま、また明日もよろしくお願いします」
シリル、ベルン、メリアを見送る。
こうした日々学んだことがきっと今後役立つだろう。もう少しで定期試験だし、その際には生徒たちの健闘を祈るとしよう。
「あっ!」
シリルが俺の研究室のドアを開けると、そこにはひとりの女性が立っていた。
「こんにちは、イリス先生。ギーク先生に何かご用でしたか?」
「は、はい、シリルさん。あの、えっと……」
ドアの前に立っていた女性は魔術史の教師であるイリス先生であった。
シリルが挨拶をするが、イリス先生はもじもじとしながらはっきりとした返答をしない。
「ああ~なにか用があるみたいだな。みんなは先に帰ってくれ。気を付けて帰るんだぞ」
「………………」
「何か言いたげだな、シリル?」
「いえ、放課後に誰もいない教室で女性教師と2人きりなんて、なんだか怪しいシチュエーションだと思っただけです。生徒である私たちを追い出して何をするのかなと?」
「ふえええ!?」
メリアが大きな声を出す。
まったく、こいつは何を言っているんだかな。
「……くだらないことを言っていないで早く帰れ。明日も授業はあるのだからな」
「はい、それでは失礼します。イリス先生、ギーク先生はああ見えて天然のたらしなので気を付けてくださいね」
「ええっ!?」
「はあ。下らない冗談ですよ、イリス先生」
突然シリルは何を言いだすんだか……。ただでさえ挙動不審だったイリス先生がさらに怯えている。
そこそこ付き合いの長い俺なら冗談だとわかるが、イリス先生とはこれまでほとんど話したことすらないので信じてしまいそうだ。
「……冗談ではないんですけれどね。それにしても、ギーク先生も結局は男でしたか。出会ったばかりの女性の胸元をジロジロと見るのは失礼ですよ、マイナス100ポイントです」
「ちょっと待て、断固として言わせてもらうが誤解だ! その首飾りを見ていただけだぞ。失礼しました、イリス先生。珍しそうな魔道具だったので、つい魅入ってしまいました」
イリス先生の胸元には装飾の施された青い色の首飾りがあった。おそらくあれは魔道具で、それもかなり複雑な魔術式が組み込まれているため、つい凝視してしまった。
イリス先生は胸が少し……いや、かなり大きいから、俺がそっちを見ていたと勘違いしたのか。
……なんでシリルは俺の視線までチェックしているのだろう?
「た、確かにこれは父からもらった魔道具ですが、よく一目でわかりましたね」
視線をあちこちに泳がせながら小さな声で話すイリス先生。
なるほど、以前ベルンとソフィアが言っていたのはこういうことか。もしかすると魔術史の授業でもこんな感じなのかな。
「失礼しました。男性は女性の胸にとても興味があると聞いていたものでつい」
「まあ、わかってくれたのならいい」
確かにそういう男が多いことは否定しない。俺も前世の思春期は人並みにはそういったことに興味があったもんな。
同じ男であるベルンは少し気まずそうにしているが、気持ちはわからなくもない。
「それでは失礼しました」
「ああ、またな」
研究室を出ていく生徒たちを見送った。
「それで、俺になにかご用ですか?」
生徒たちが出て行って、改めてイリス先生と研究室で2人きりになる。
イリス=ノルデリア。濃い茶色の髪を後ろに結い上げ、銀色の眼鏡をかけた20代前半の女性だ。この権威あるバウンス国立魔術学園では若い女性の教師は比較的珍しい。ノクスが調べてくれた調査資料によると、家柄がよく、半分コネでこの学園に入ってきたらしい。
ただそれ以外は問題などを起こしたことはなく、生徒たちとのトラブルもないそうだ。授業の内容自体も問題ないようだが、今のように声が小さく聞き取りにくいという話も出てきている。
「え、え~と、実はギーク先生にお願いがありまして……」
「はい、なんでしょうか?」
ほぼ初対面と言うことでこちらも敬語を使って話す。
俺が放課後行っている勉強会が終わるまでわざわざ待っていてくれたみたいだし、これまでに接してきた傲慢な教師とは少し違うみたいだ。俺が貴族ではない臨時教師だからか、やたらと高圧的に接してきたり、俺が侯爵家の長男を退学処分にしたら手のひらを返してすり寄ってくる教師もいた。
「あ、あの! わ、私にうまく授業をする方法を教えてください!」




