第72話 調合実習
「本日は基本的なポーションの調合実習となります。すでに皆さんは前任より教わっていると思いますが、今回は私の初めての実習ということで、お付き合いいただければと思います」
「「「はい」」」
ノクスがこの学園の教師として働き始めてから3日が過ぎた。
その間はこのSクラスの生徒たちだけでなく、他のクラスの生徒たちも真面目に授業を受けていた。俺が横で見ているということもあるが、ただ黒板に魔術式や調合の割合などを書いて暗記させるだけでなく、要所で実体験や関連するエピソードなどを添えて、生徒たちが授業に飽きないように工夫している。
基本的な授業の進め方などは俺がアドバイスしたが、それをすぐにそつなくこなせるノクスはやはり優秀だ。それに研究室に引きこもって研究ばかりしていた俺よりもノクスの方が様々な経験をしているので、そういったエピソードも豊富らしい。
今のところはまったく問題なさそうだし、この実習が無事に終われば、今後は俺が付いていなくても問題はないだろう。
「このように不純物の少ない水に刻んですりつぶした材料を加え、加熱しながら魔術式を組み上げていき、反応を促進していきながら成分を安定させていきます」
今回はいつもの教室ではなく、魔術薬を調合するための特別な教室へ移動している。さすがは国立魔術学園だけあって、その設備はとても充実しており、10人近くいる生徒が一人ずつ同時に調合しても問題ないくらいの広さがあった。
この教室には調合に必要な道具が棚に並べられているし、隣の準備室には調合に必要な様々な素材が保管されている。ここにいると前世の学校にあった理科室を思い出すな。
フラスコ、メスシリンダー、シャーレなどといった前世にもあった道具もある。さすがにここは魔術薬を調合する場所なので、よく理科室にあった人体模型やカエルや魚の解剖標本なんかはないがな。あれがあれば一気にマッドサイエンティストっぽい部屋になるので、実におしいところだ。
「こちらで完成となります。もちろん素材にもよりますが、加熱する際に組み上げた魔術式によっても品質に大きな差ができますので、皆さんもより高品質なポーションを作れるように頑張りましょう」
「……アスラフ先生が作られたポーションよりも遥かに品質が良いですね。それにこれほど早く完成するとはすばらしいですわ」
「ええ、同じ素材を使ってもこれほど差が出るのは驚きました。ノクス先生は本当にすごいですね」
エリーザがノクスの作ったポーションを褒めると、隣にいた女生徒も同じ反応を見せる。
「ありがとうございます。とはいえ、同じ素材であればどんなに調合の割合を完璧にして魔術式をうまく組み上げても限界はあります。高品質のポーションなどを調合したい場合は素材から考える必要がありますね」
「なるほど……」
頷きながら俺の方を見るエリーザ。
おそらくはシリルたちから聞いた先日の件で使用したポーションとマナポーションのことを思い出しているのだろう。確かにあれはノクスに調達してもらった高価な素材を使用して、この教室では出せないような高熱を加えつつ魔術式を可能な限り完璧に組み上げてできた代物だから、今作っているポーションとはレベルが違う。
さすがに俺やノクスでもここにある材料では相応の物しか作れない。それでもアスラフが作っていたポーションとは品質の差がはっきりわかるらしいが。
「それでは皆さんも実際に試してみてください」
「お見事ですね、エリーザさん。早い上に品質もすばらしく言うことなしです」
「恐縮です、ノクス教諭」
生徒たちもノクスに習って各自でポーションの調合を始める。一番最初に調合を終えたのはエリーザだった。さすがに学年主席だけあって、魔術薬の調合もお手のものだった。
才能というのもあるが、たゆまぬ努力を続けてきた結果だろう。大規模な魔術を使用するのは才能による部分が大きいが、魔術薬の調合は知識や経験などの部分が必須だからな。
そのあとも生徒たちがポーションを完成させるたびにノクスはそれを見て、改善点があった場合にはそれを伝えていく。
「ソフィアさんはもう少しですね。加熱の際の魔術式をもう少し正確に組み上げられればもっとよくなると思いますよ」
「くっ、不覚……」
ソフィアが最後にできたポーションを提出して、全員の調合が終了した。
彼女は実戦が得意だが、魔術を感覚的に使う節があるので、今回の魔術薬の調合のように魔術式を正確に組み上げるのは少し苦手みたいだ。まあ誰でも得手不得手はあるものだからな。可能なら短所と長所、そのどちらも磨いていければ良いと思う。
簡単なポーションの調合授業とはいえ、この分ならノクスの魔術薬の授業は問題なさそうだ。
さて、ノクスが来てくれたことによって、他の教師のことも考える余裕ができた。それにもう少しすれば定期試験の時期だ。教師側としてもいろいろと準備することがあるし、引き続きいろいろと進めることにしよう。




