第70話 新任教師
「というわけで、アスラフはこの学園を懲戒処分となった。代わりに魔術薬学の授業の教師として、ここにいるノクス先生が着任された」
「初めまして、ノクスです」
「ノクス先生の詳細については魔術薬学の授業で聞いてくれ。しばらくは俺の授業を横で聞いているが、みんなが気にする必要はないからな」
Bクラスの基本魔術の授業が始まった。まずはSクラスの魔術薬学の授業と同様、アスラフの件に説明する。
ノクスの方は教壇の横で俺の授業を見学している。
「質問だ」
「なんだ、ゲイル」
口調はいつも通り悪いが、質問のある際はちゃんと手を挙げるようになったので、初対面の時よりもだいぶマシになってきた。
俺が大賢者の弟子であるということを知っても俺に対する態度を変えないのはむしろ好感が持てる。そのことを知って明らかに俺に対する態度を変えてきた生徒もいるからな。まあ、それが普通と言えば普通なのだが。
「そいつは先公の知り合いだと言っていたが強いのか?」
「そいつではなくノクス先生だ」
「……ノクス先生は強いのか?」
きちんと訂正したのでよしとしよう。そして最初の質問がそれなのはゲイルらしい。
「ふむ。戦闘の実力という意味で答えるのならば、それほど強くないと答えるのが正しいな。真正面から魔術のみで戦った場合に限っていえば君たち生徒の方が強い者もいるかもしれない」
「そうですね。私はこれまで戦闘を生業としていたわけではありませんので」
「だが、魔術による戦闘能力だけが強さでないぞ。俺だって魔術だけではなく様々な魔道具を使用しているからな」
「………………」
俺の場合は魔術の研究をしすぎたついでに強くなっていたというのが正解なのだけれどな。
「少なくとも魔術薬の知識に関しては間違いなくアスラフより上であることは保証しよう。魔術薬についてはポーションなども含まれるため、戦闘の観点から見ても学んでおいて損のない授業だ。さて、他に質問はあるか?」
「ギーク先生、質問があります?」
「どうぞ、シリル」
ゲイルの次はシリルが手を挙げた。
「ギーク先生の知り合いということですが、どのような関係ですか?」
それについては先ほどエリーザにも聞かれたな。まあ、どちらかというとみんなそっちの方が気になるのかもしれない。
同じように答えるとしよう。
「それで実際のところ、ノクス先生はギル大賢者様となにか関わりがありますか?」
「………………」
本日の授業が終わり、放課後の勉強会。
いきなりシリルが俺の方へ詰め寄ってきた。というか、顔がだいぶ近いのだが。
「私も気になります。もしギーク教諭に差し支えがなければ教えていただきたいですわね」
エリーザもシリルに同調する。
まあ、授業中に質問しなかったのは彼女たちなりの配慮なのだろう。答えられる範囲内で答えるとしよう。
「あいつは俺個人が取引をしていたくらいの関係だ。ギル大賢者を知ってはいるが、間違いなく俺の方が接点はあるから、ギル大賢者に何か用があるのなら俺を通した方が早いと思うぞ」
なにせ俺が張本人だからな。
生徒たちの身の安全を第一に考えた結果そういう設定としたが、我ながらややこしい。
「……確かに直接の弟子であるギーク先生の方が関係は深そうですわね。もちろんギル大賢者様にご用などとは恐れ多いですが」
「そうですね。あの御方のお時間を浪費させるのは世界に対する大罪ですから」
「………………」
2人が俺……というよりはギルを尊敬しているらしいが、さすがにエリーザとシリルは大げさすぎるぞ。
確かに時間の浪費は嫌いだが、別に罪となるわけでもあるまい。
「少なくともアスラフ先生の授業よりも遥かにわかりやすかったな。魔術薬を知ることは姫様の護衛をする際にも役立つので、ノクス先生の方がありがたい」
「そうだね。あまり先生の優劣を付けるのも良くないけれど、僕もノクス先生の方が分かりやすかったかな」
ソフィアとベルンのノクスの授業に対する評価は悪くないようだ。
魔術薬はポーションのように薬として使われるものの方が多いが、毒物なども含まれるため、エリーザの護衛をするソフィアにとってはある意味必須の授業である。
「教師は成績として生徒に優劣を付けることだし、別に生徒が教師を比べるというのはそこまで悪いことではないと思うぞ。まあ、当人には聞かれないところでやってほしいものだがな」
教師はどうしても生徒の優劣を見なければならない職業だ。だが、その科目が得意な生徒と不得手な生徒の両方をより伸ばしてあげることが大事である。
もちろん特定の生徒だけをひいきするのは絶対に駄目だぞ。そりゃ教師も人間だから、素直な生徒の方が可愛いと思う気持ちも分からなくないが、生徒たちに教える際に個人的な感情を入れるのはよくない。逆に前世では逆に手のかかる生徒の方が可愛いと思う教師もいたな。
教師側も別の教師の授業の良いところと悪いところを取り入れられればいいと思うが、比較され過ぎると生徒のことが第一ではなく、自分の評価のことしか考えられなくなるから難しいところだ。




