第61話 襲撃者
ザクッ
視界外の崖の下から突如現れたその影は生徒たちの間をすり抜け、高速で俺の元へと迫る。
そしてその両手で持っていたナイフを思い切り突き刺した。
「……なっ!?」
驚愕の声を上げたのは俺ではなく、ナイフを突き立てた本人であった。
「くっ!」
「ふむ、すぐに武器を手放して距離を取るとはさすがだな」
突然の襲撃者が突き刺したナイフをそのまま手放して元来た崖の方へ距離を取る。
「……すべてお見通しというわけでしたか。無事に生徒たちと合流でき、一番油断したタイミングだと思っていたのですがね」
ご丁寧に襲撃者は崖や地面と同じで認識しにくい茶色の外套を羽織っており、黒い仮面をしていて顔を見ることはできない。仮面の口元に何か仕込んであるのか、その声はこもっていた。
「さすがにいつ来るのかまではわからなかったが、何かしら仕掛けてくるとは思って警戒をしていた。あんたは知らなかったかもしれないが、その魔導ゴーレムは俺と視界を共有できる。俺が見えていない背後の視界も見えていたわけだ」
「……魔導ゴーレムなんて代物は初めて見ましたよ。本当にあなたは何者なのでしょうね?」
背後からの突然の襲撃だが、俺が作った魔導ゴーレムからの視界によって俺には生徒たちが声を上げるよりも早く確認できていた。そしてゴーレムを俺との間に高速で移動させ、代わりに襲撃者のナイフを受けさせた。
かなり丈夫な素材で作っていたのだが、襲撃者のナイフはゴーレムの胸元の装甲を破って突き刺さっていた。だが、ゴーレムの主要動力は人間の急所のように胸と頭には配置していないので問題なく動かせる。弱点まで人と同じ場所にする必要はないからな。
それにしてもあのナイフはかなりの斬れ味のようだ。ご丁寧にナイフの表面には毒まで塗ってある。このナイフから考えると、その毒もかなりヤバイ代物なのだろう。そしてそんな凶悪なナイフを瞬時に手放す判断は実に素晴らしい。
あのまま武器を手放さずにいれば、魔導ゴーレムは強力な力で抱きしめて拘束しつつ、身体から電撃を走らせて襲撃者を仕留めるつもりだったのだけれどな。以前にエリーザとソフィアを襲ってきた相手よりも間違いなく格上の相手だ。
「ギ、ギーク先生。これはいったいどういうことですか!?」
突然の襲撃者に訳がわからず慌てているシリル。とはいえ、生徒たちも明らかにこいつが危険な相手であると分かっているようで、すでに俺の後ろの方へ移動してくれていた。
生徒たちに手を出そうとしたらすぐにゴーレムを動かし、防御魔術を構成するつもりだったが、どうやらそのつもりはなさそうだ。
「こいつが今回の騒動を引き起こした元凶というわけだ。すでに取り除いてはあるが、魔物を凶暴化する危険な魔道具が配置され、他の場所から大きな魔物を何体かここまで連れてきた痕跡があった。やはり今回の件は人為的に引き起こされたようだ」
「ええっ!?」
サーレン村から戻る際にその魔道具を発見して破壊した。そいつは国々での戦争が絶えなかった時に使われていたかなり危険な代物で、個人で持つこと自体が禁止されている魔道具だ。
もちろんその魔道具が設置された場所では俺を狙う刺客どもがいたが、今目の前にいる襲撃者ほどの実力はなかったからすぐに排除できた。
刺客どもをすべて返り討ちにし、元凶である魔道具を破壊し、生徒たちと合流してすべてが解決したと思わせたところで完全なる死角からの暗殺。しかも俺が探索の魔術を使ってもわからないほど完璧に気配を絶っていた。
おそらくあの茶色のマントの下にそれを可能とする魔道具を着込んでいるのだろう。そして魔導ゴーレムを貫くほどのナイフやそれに付着している毒。あまりにも入念に計画されている。大抵の者ならばなす術もなく暗殺されていただろう。
「……それでそいつは何者なんだ?」
ゲイルがそう口にする。
「俺に恨みを持つ者だ。すでに見当は付いている」
見当は付いているが、あえて口には出さない。今俺がそれを口にすることで、この襲撃者の刃が生徒たちへ向かう可能性もある。
「さて、この状態では貴様に勝ち目はない。大人しく投降――」
キンッ
「……するわけがないか」
「………………」
俺の言葉を割って襲撃者が複数のナイフを投擲してきたが、魔導ゴーレムのブレードがそれらをすべて弾き落とす。まだ複数の武器を隠し持っているようだ。
いつの間にか身に纏っていた茶色い外套を脱いでいる。その下には俺の純白の白衣とは正反対の漆黒の服を全身に着ており、両手にナイフを逆手で持っている。おそらくこれがこの襲撃者の本当の戦闘スタイルだ。




