第54話 選択
「……やはりか。どうやらここ一帯に魔物が集まり動きが活性化して凶暴になっているようだ。サーレン村付近にも魔物が集まってきている」
「えっ!?」
一際大きな声を上げたのはメリアだ。
俺がそちらの方向に探索の魔術を集中して構成した理由はそこにある。この森から一番近い村であるサーレン村はメリアの出身の村で、そこには彼女の両親がまだ住んでいるはずだ。この学園に来てしばらく経っており、すでに生徒の家の情報も覚えている。
「お父さん、お母さん……」
「メリア、サーレン村の防衛体制はどうなっている? 20……いや、30ほどの魔物が村を襲ってきた場合に村の人たちだけで防げるか?」
「そ、そんなに……。 村には木でできた柵しかないので、たくさんの魔物が一斉に襲ってきたら難しいと思います」
「そうか」
この世界では非常に稀にだが、魔物が大量発生して群れを成すことがある。そして群れとなった魔物は人里を襲う習性を持つ。魔物の群れに村が壊滅させられるなんて話は稀にある。
今サーレン村の周囲に魔物が集まり、群れを成そうとしている。このタイミングでたまたまそんなことが起こるのかというとかなり怪しい。メリアの村も近いことだけあって人為的な悪意を疑ってしまう。
この付近の魔物はそこまで強くはないのだが、数は力でもある。街のように立派な壁がない村であれば、多少なりとも被害が出てくる可能性もあり、その被害がメリアの両親となってしまう可能性はゼロではない。
「ギ、ギーク先生……」
「……ああ、安心しろ。俺はこれからサーレン村まで向かうつもりだ」
生徒の両親がいるサーレン村でない村であれば見捨てているつもりであった。
悪いが俺は正義の味方ではないので、見知らぬ他人の命よりも生徒たちの安全が少しでも上がる方を選択していただろう。だが、生徒の親がいるとなると話は別だ。
「お、おい! 俺たちはどうなるんだ!」
「まさか教師が生徒をほっぽりだすつもりなのかよ!?」
ハゼンとクネルが声を上げる。
いくら生徒の親が危険だからといって、生徒たちを放り出してしまっては教師としては失格である。だが、可能な限り生徒の安全を確保しつつ、そちらも助ける努力をするつもりだ。
「俺がサーレン村周囲の魔物を殲滅するまで、少しの間だけ皆で耐えてほしい。魔物の数が多いとはいえ、ここにいる者の実力ならまったく問題ないと断言できる」
生徒たちが顔を見合わせて場がざわつく。
いくらこの森には強い魔物がそれほど生息していないとはいえ、いきなり教師がいなくなると言えばその動揺も当然だ。
「ギーク先生、私たちは大丈夫ですので、行ってあげてください」
「シリルちゃん!」
メリアの友人であるシリルが後押しをしてくれる。
「ふん、ゴブリンどもの相手だけで物足りなかったところだ。ちょうどいい」
「ゲ、ゲイル様!?」
思わぬところから助け船が入った。まさかゲイルの方からそう言ってくれるとはな。
「お、俺もやります! 大丈夫、ゴブリンやコボルトだけだったら、俺たちでもなんとかできます!」
「私もやるわ! ちょうど物足りないと思っていたところよ!」
シリルとゲイルの発言によって、他の生徒の士気が上がってきた。これなら問題なさそうだ。
もちろん生徒たちに任せるだけでなく、保険はいくつもかけるつもりだがな。
「すまない、今回の件に関しては後ほど必ず埋め合わせをさせてもらう。ゲイル、ハゼン、クネル、このクラスで一番戦闘能力が高いのはお前たちとなる。3人での連携も見事だし、戦闘経験も豊富だ。前線で戦い、クラスのみんなを引っ張ってくれ」
「……ちっ、仕方がない」
「お、俺たちが強いのは当然だろ!」
これはゲイルたちの士気を上げるお世辞とかではなく本当のことだ。毎回授業後に俺へ模擬戦を挑んでくるゲイルもそうだし、この課外授業でも魔物との戦闘が豊富で3人で戦った際の連携もうまい。まだ魔物との戦闘に恐れのある他の生徒たちの前に立ってみんなを引っ張ってほしい。
「シリル、このクラスの指揮を任せたい。戦略、撤退のタイミングなどを一任する」
「……戦闘にそれほど自信のない私にそんなことができるのでしょうか?」
いつものシリルとは異なり、少し不安気な様子だ。彼女は実技の方の実力に少し悩んでいたようだし、こんな状況でいきなり指揮を任せると言われて困惑する気持ちもあるのだろう。
「ああ、シリルになら任せられる。周囲の状況を見る力や冷静に物事を判断する力はこのクラスで一番だ。魔物との戦闘について経験が少なくとも、すぐに順応できたし、戦闘をしながら適時状況を見定めてくれ」
「はい、わかりました!」
模擬戦や普段の授業など、生徒たちの強みや弱みなどを見てきたつもりだ。本当はひとりひとり魔物との戦闘に対してアドバイスを伝えたいところだったが、今は時間がなさそうだ。
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