第108話 貴族至上主義
「……ふむ、わかりやすいほど身分にこだわりのある人だったな。ミシルガ家ってのはそんなに偉い貴族なのか?」
「ミシルガ伯爵家は伯爵家の中でもかなり権力を持った家です。……でも個人的にああいった人は大嫌いです」
俺の質問にシリルが答えてくれる。
あまり口はよくないが、その意見に俺も同意せざるを得ない。生徒たちの中にもいたが、どうして自分が何か功績を残したわけでもなく伯爵家の子供であるだけで、あれほど横柄な態度を取れるのか不思議で仕方がないんだよなあ。
「ラルシュさんは学園にいた時からあまり私のことをよく思っていなかったみたいで……。す、すみません! 私だけでなくギーク先生にまでご不快な思いをさせてしまって……」
「俺はまったく気にしていないし、イリス先生が謝る必要はまったくない。それよりもまた背中が曲がってきていますよ。自分に自信を持って、常に姿勢は正すよう意識してください」
「ひゃ、ひゃい!」
俺に言われてイリス先生が慌てて姿勢を正す。
少なくとも俺はまったく気にしていない。平民であることなんて俺が学生時代のころからずっと言われてきたことだし、ああやっていちいち身分を引き合いに出してくる者など、それこそ腐るほど見てきた。
ああいった輩に関わるのはそれこそ無駄な時間だ。下らない理由で物を隠したり無視したりといった陰湿な行為をする輩のことなど気にしない方がよっぽど建設的である。
……まあ、それは別としてあのミシルガ伯爵家のことはノクスに頼んで調べてもらうとしよう。イリス先生の様子から見て、どうやら彼女がイリス先生のいじめに関わっていたことは間違いないみたいだからな。
「ギーク先生の言う通りです。不快なのはあちらの方であって、イリス先生が気にする必要なんてありません」
「ええ、私も同意見です。ああいった陰湿な方はいつの時代にもいるものですね」
ソフィアとシリルも俺の意見に同意してくれている。2人ともイリス先生の事情は知っているから、俺と同様にいろいろと察したことがあるのだろう。
貴族至上主義な者がいるのは仕方ないが、愚かないじめをする者がいるのはいつの時代どころか、世界が異なっても変わらないものだな。しかもその理由が同学年の男子の視線を集めたという嫉妬なのだから実にくだらない。
「……ミシルガ伯爵家ですか。学園を悪く言うだけならともかく、イリス教諭とギーク教諭に対してのあの無礼な振る舞いは許しがたいですね。どのようにして差し上げましょうか……?」
「ひ、姫様。少し落ち着いてください!」
「「「………………」」」
俺よりも問題なのは先ほどから黙っていたエリーザの方だ。
表情は一見落ち着いているが、目線は鋭く、宙のただ一点をじっと見つめている。彼女の周りには目に見えない重苦しい空気が渦巻き、まるで黒いオーラがゆらゆらと立ち上っているようだった。
ソフィアが声をかけてくれたが、なんだかものすごく声を掛け難い雰囲気であった。
「あ、あの、エリーザさん! 学園と私やギーク先生のために怒ってくれるのはすごく嬉しいのですけれど、エリーザさんが何かする必要はありませんからね!」
「イリス先生の言う通りだ。少なくとも今回の件で王族の権力を使ってなにかしようだなんてことは決して考えるなよ」
イリス先生も同じことを思っていたのか、エリーザにはっきりと告げる。教師である俺たちのことを馬鹿にされて怒ってくれるのは教師として嬉しいことではあるが、それで生徒の力を借りるつもりなどない。
「……わかりました。おふたりがそうおっしゃられるのでしたら、私の方からはこれ以上は何もするつもりはございません」
イリス先生と俺がそう伝えることによって、多少はエリーザの圧が収まった。
というか、俺たちが言わなければ何かするつもりだったのか……。エリーザは自分のことに対してなら第三王女という王族の立場をまったく使わない癖に、他人のためなら躊躇なく使おうとするんだよな。そう思ってくれるのは非常にありがたい限りなのだが。
「ですが、魔術競技会ではベルトルト国立魔術学園には決して負けられなくなりました。もちろん初めから負けるつもりもありませんでしたけれど」




