第105話 ランチ
「か、彼氏じゃないです!」
女性店員さんの言葉に顔を赤くしてぶんぶんと首を振るイリス先生。
……言葉の通りなのだから、そこまで慌てる必要はないと思うのだがな。
「彼氏ではないですが、よく似合っていると思いますよ。時間もまだあることだし、せっかくなら少し試着してみてもいいんじゃないか?」
「に、似合っている!? そそそ、そんなことないです!」
イリス先生がテンパってしまった。前もそうだったが、あまり人に褒められ慣れていないのかもしれない。
女性店員さんが持ってきた服は普段着にしては少し派手なドレスのような服だったが、背の高いイリス先生に似合いそうだし、遠慮しているように見えたからそう言ったのだがな。
「イリス教諭にはこちらの服も似合いそうです!」
「ギーク先生、こっちの服とかはどうですか!」
「いや、そんなにいっぺんに言われてもわからないぞ……」
イリス先生がテンパっていると、いきなりエリーザとシリルがいろんな服を持ってこっちにやってきた。
服のことについて俺に聞かれてもさっぱりわからないのだが……。
「とってもいい雰囲気のお店ですね」
「ええ、内装が素敵ですし、とても落ち着いた雰囲気です」
服屋から移動してきて、イリス先生が予約していたランチのお店へとやってきた。
服屋での試着は時間がかかったが、それぞれが満足していたようでなによりだ。
「料理もすごくおいしいですね。珍しい食材を使っておりますし、料理に様々な工夫が凝らされております」
「き、気に入っていただけてよかったです!」
目の前の様々な料理に対して、シリル、ソフィア、エリーザの順に感想を述べる。
ランチといってもコース料理となっていて、どの料理も高価な食材を使用しており、とてもうまい。
今回はイリス先生がどうしてもお礼をしたいということだったので、かなり高そうなランチだがすべてイリス先生の奢りだ。本当は特定の生徒たちにこうやってご馳走するのはよくないことなのかもしれないが、イリス先生はみんなにとても感謝していたことだし、各々の厚意に対してそこまで細かいことを言うつもりはない。こっちの世界だとその辺りはそこまで厳しくないからな。
逆に生徒たちやその親からご馳走されたり、何か物をもらったりするのは賄賂になりそうだから、できる限りは避けたいところだ。残念ながら今日来られなかったメリアとベルンには別のタイミングでお礼をするそうだ。
「ギーク先生はいかがですか?」
「ああ、どの料理もとてもうまい。特にこっちのスープは様々な食材が使われているようで複雑な味で深みがある。ぜひレシピを聞きたいくらいだ」
「それはよかったです!」
俺が料理を褒めるとほっとしたように表情を緩ませるイリス先生。俺も含めて全員がこの料理には満足しているようだ。
俺も普段はわざわざこういった店に来たりはしないので、たまにはこういう料理を食べるのもいいものだ。面倒なだけでおいしい料理を食べるのが嫌いなわけではない。
「意外ですね。ギーク先生はあまり料理には興味なさそうに見えましたが」
「俺もそこまで凝った料理は作らないが、たまには自分で料理を作ったりするぞ。料理も魔術と同じで、正しい魔術式を構成するように手順と調味料の分量を組み上げることによってうまい料理を作り上げることができるからな」
「……やっぱりギーク先生はギーク先生でしたね」
料理も化学や魔術のようなものだ。例えば肉を焼くと色が赤く変わるのは肉に含まれているミオグロビンというタンパク質の化学変化と、高温で肉を焼くと肉に含まれるアミノ酸と糖が反応するメイラード反応によって茶色い色素であるメラノイジンが生成されるからである。
料理中はそこまで細かいことを考えたりはしないが、調味料や香辛料の量を変えたり調理の手順を変えることによって味が変化するのを見るのは楽しかったりする。
まあ、それに外食するよりも手軽かつ簡単に栄養補給ができて魔術の研究をする時間が取れるという理由の方が大きいがな。収納魔術を使えば食材は保存できるわけだし。
「……料理ですか。私も今度挑戦してみましょう」
「ひ、姫様が料理をする必要はありませんよ!」
確かにソフィアの言う通り、王族であるエリーザが料理をする必要はないし、料理人の立場がなくなってしまうから難しいところだな。まあうまい料理を楽しむだけで十分である。




