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Blank-Blanca[ブランクブランカ]  作者: 奥山柚惟
第8章 ここぞわかれ目
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デリカシーの垣根①

第8章、キース族編突入です。

主にイコ目線で送っていきたいと思います。よろしくお願いします!

  ○ ○ ○






 目覚めて初めに視界に映ったのは、銃を手に胡坐をかいて座るベイだった。

 瞼を持ち上げたわたしに気が付いて、ベイは声を掛けてきた。


「起きたか」

「んー……おはよ」


 眠気で重たい体を起こすと、温かい毛布が体から滑り落ちた。敷布団は何かの毛皮。古いけれどよく手入れがされているようで、この寒い中で眠っても体を冷やさなかった。

 住居は石や木で造られた建築物ではなく、木材を骨組みに分厚い織布を張り巡らせたテントのようなものだ。少し隙間が空いているのは、焚き火による一酸化炭素中毒を防いだり、煙を外へ出したり、換気口の役割も果たしているためか。


「ベイは眠れた?」

「仮眠は取った」

「それ寝てないって意味じゃん」

「慣れてるからいいんだよ。仮にも俺らは外部の人間だ、備えるに越したこたァねえ」


 テントの入り口を予断なく見張る横顔は、緊張感を漂わせていた。

 わたしは髪を適当に撫でつけて、枕元に置いておいたニット帽を被った。これで寝癖を直すのだ。


「敵意みたいなの見せる方がヤバいんじゃない?」

「話は付けてある」

「どういう話さ」

「お互い知らねえ土地の人間だ、適度に警戒心持ってた方がやりやすいだろってことになった。逆に馴れ馴れしいのも胡散臭いだろ」


 わたしが眠っている間に、ベイはいろいろとやり取りを交わしていたという。お互いのスタンス、衣食住の提供、ナダが落ち着くまでの過ごし方、などなど。


「基本的に俺らが不自由ねえようにはしてくれる。だがこのテントから外は見張り付きだ」

「見張り……トイレとか入浴にまでついてくるってこと?」

「まあそういうこった。だが悪いことばかりじゃねえ。キースの中には外の人間に良い感情を持たねえ奴もいるからな、そういう奴らから少しは距離取れるだろ」


 お互いに複雑な感情があるのなら、形式的なやり取りにのみ留めればいい。深い話や関係にならず、あっさりと出会って別れればいい、そういうことだ。


「へえ、大人の会話だ」

「そのうち出来るさ。……バーバラだ」


 ベイが低く告げた直後、テントの入り口の幕が捲られて小柄な青年が入ってきた。わたしたちを迎えに来てくれた、ナダのいとこのバーバラだ。

 キースの人たちは細身で背の高い人が多いようだけど、この人はわたしよりちょっぴり高いくらいで、男の人にしては背が低い。けれど顔立ちはくっきりとして整って、白い肌と睫毛、それに髪が一層引き立てる材料になっている。

 要は「イケメン」の括りに入る。学校の面食いの女友達は絶対キャーキャー言う。


「おはようさん。眠れたか?」

「うん。夢も見なかった」

()()か、一安心だ。ベイから話は聞いとるか? 不便をかけるが、ここに居る間はウチの者を必ず傍に付けて行動するよう願いたい。イコには女子(おなご)をつけるから安心せい。今顔合わせを済ませておこう――おーい、入っとくれー」


 再び幕が上がって、今度は女性が入ってきた。

 やっぱり白い女の人と……その後ろからついてきたのは、見知った顔だ。


「久しいな、イコ。元気そうで何よりだ」

「アドラー! 久しぶりじゃん!」

「そうだったな、アドラーはもう会っとるな。もう一人はリエラ、この二人でイコの……あー……付添人を務める。困りごとも何でも頼ってくれ」


 リエラという女の人はとても綺麗な顔をしていた。白いからそう見えるのではなく、本当に美しい人だ。口の端だけを薄っすら上げる笑い方すら、この人の魅力を引き立てる要素になって、同性のわたしですら視線が釘付けになってしまった。

 ぽかんと見惚れていると、リエラはくすっと、これまた雪の妖精のように笑んだ。


「そんなに見ずとも、これから飽くほど見ることになるわよ」

「ふわぁ……声も綺麗とか最高じゃん……」

「まあかわいい。ねえバーバラ、この子妹にしたいわ」

「なります、お姉さま」

「お前ら何をやっとるか」


 バーバラから呆れ声が上がった。その眉のしかめ方がナダに少し似ていて、血の繋がりを感じる。


「ベイの方はわしとエリック兄さんが担当する。……のだが、兄さんは今少々体が空かなくてな。当面はわしが付きっきりになろうが、まあこの男前と過ごせるのだ、そう悪いことばかりでもあるまい」


 自分で男前って言った。背の低いことを除けばその通りだけど。

 バーバラは額を覆っている飾り帯をカリカリいじって話を続けた。


「折角の(おとな)いをピリピリさせてしもうて、こちらとしても心苦しいところだが、我らもいろいろと面倒事を抱えとってな。二人を守るための制限と承知いただきたい」

「それはベイとも話してた。大丈夫だよ」

「恩に着る。それからナダだが、――ッ」


 バーバラと、リエラとアドラー、それにベイがビクッと肩を震わせた。

 強張った顔で視線が飛び交う。わたしだけがきょとんと呆けている。


「今の、ナダだな」

「ベイは感じるのか。……そう、恐らくはナダだな。あ奴は今、山を二つ三つほど掌握できるほどに能力が膨れ上がっとる。相手をする奴らも大変だ」

「相手……アドラーの話じゃ、なんか治療みたいなのがあるって聞いてたけど?」

「ある。能力の素ベルゲニウムは腹に溜まるので、五年に一度くらいそいつを取り除けば、暴走に至らずに済む。だがそれも小手先ばかりの話でな、やはり体の方はベルゲニウムを留めるに足らなくなり、肉体では制御が利かずいつかは暴走を起こす」


 キースは寿命が短いのだとナダが語った時に同じ話を聞いた。一応は応急措置のようなものはあったようだけど、やはりそれまでの効果しか望めないということだ。

 バーバラの蒼い目が伏せられた。


「ナダは肉体の方が崩れかかっとった。もうベルゲニウムを除くのみの処置ではまったく足らん。それもかつてないほどに溜め込んどるから、末期の者と同じ処置を大掛かりな人数で施すことにした」

「その処置って?」

「収まるまで能力を使い続ける」


 おっと、解決策が脳筋だ。


「周囲に被害が出ぬよう、健常者たちで暴れる炎やら水やらを相殺するのだが、その人数を増やして当たっとるよ」


 結局物理で解決してんじゃん。

 わたしがずっと抱いていた「不思議な力を操る儚げな一族」というイメージは霧散して、「最終的に力と飯がすべてを解決する」と考えている脳筋民族に置き換わった。


「何ぞ、その顔は。他に有効な手段が無いんだよ」

「へー」

「だが……伝え聞く限り、ナダに能力が枯渇する様子はまったく見受けられんようだ。これは数日、交代しながら続くやもしれんな」

「……そっか……」


 わたしはそれ以上訊かなかった。「ナダは無事に生還できるのか」など訊くだけ無駄で、バーバラたちキース族も推測しえないことだろう。ナダが目を伏せて「俺もキースでは異分子だ」と呟いたことを思い出した。


 リエラの綺麗な手がわたしの腕を取って微笑んだ。


「さあイコ、気張らしに少し外を歩きましょう。村を案内するわ。寒いから暖かくしてお出でね」






 寒い。

 超寒い。

 めちゃくちゃ寒い。


 ヴォドラフカ村が可愛らしく思えるくらいに寒い。こう、極寒というよりも、身に染み入ってくるような寒さだ。空気が凍るとはこういうことを指すのだろう、露出している肌という肌を外気が四六時中突き刺して、眼球を覆う涙まで凍ってしまいそうだ。

 リエラがキース族の外套を貸してくれるというので、持っていたアウターではなくそちらを着てみた。ぎっしりと目の詰まった毛織物でつくられたそれは袖がなく、腰元まですっぽりと覆われて、まるで絨毯を羽織ったような心地がする。


「思ったよりあったかい……!」

「衣服の中に熱が籠り過ぎると汗をかくだろう。汗が冷えると途端に寒くなる。だから適度に熱を逃がせるよう、上から羽織るだけになっている」


 アドラーが解説してくれた。彼女も同じような外套に身を包んでいるけれど、ガラクトで会った時はもっと薄手のものを着ていたらしい。それにしてもナダが軍用ケープを「懐かしい感じがする」と言っていたわけが分かった。ちょうど同じような形なのだ。

 首元に毛糸のマフラーを巻き、更に耳当て付きの帽子をかぶると、極寒地獄が嘘のように和らいだ。リエラやアドラーは縁に刺繍の施されたワンピースを着ているけれど、これらの防寒着のお陰で寒くはないようだ。


 リエラが手袋を嵌めた手で民家の方を指し示した。


「もう聞いているかしら。ここは私たちキース族の生まれた地、“マルヴェル村”の跡地でね。もっとも実験事故が起きたのは中心部の方で、ここはもっと外れの集落だった場所。当時の建物がまだ残っているから、折角なので利用して天幕を張っている」


 美しい声が説いてくれたように、廃村のあちこちにテントが張られて、炊事の煙が幾つも立ち昇っている。まさに「流浪の民」という言葉を想起させる光景だ。


「あれは住居の天幕が集まっているところ。あちらは工房群、偏屈者が多いから近寄らぬように。その右手は狩猟班の詰所なのだけど、狩りをするだけあって粗暴な輩が多いから近寄ってはいけないよ」

「キースは気難しい人が多いの?」

「そう思ってくれた方が好都合だ」


 アドラーはどこかを睨んでいた。特定の場所、人を睨んでいるのではなかった。

 視線の先は――




 家々の路地、


 工房の人の群れ、


 一様に白い髪と肌をした人々の視線が突き刺さってくる。

 みんながわたしをじっと注視しながら、各々作業を続けている。




 それはとても不安を掻き立てる事実で、光景で、嫌な汗が止められなかった。


「イコ……すまない。私とエリックでは打ち消すには足らなかった」


 視線を遮るように、アドラーがわたしの前に立った。同じくらいの背丈が頼もしく思えた。それほどまでに、わたしという存在がちっぽけになったように感じた。


「我らは三百年、外から自らを守ってきた民。それも近い過去に外から危害を加えられた故……そう易々と意識は変えられなんだ」

「アドラー……」

「分かってくれとは言わんよ。私も少しく“外”を見てきた者、悪者ばかりではないのは分かっている。お前のことも、ベイのことも、信用に足る者だと疑っとらん。……けれどな、それでも尚、私にとっても怖いものなのだ、“外”は」


 アドラーの背に隠され、リエラに手を引かれて、わたしは雪道を進んだ。

 お互い適度に警戒心を見せるというのは、ベイがわたしと自分を守るために出した答えだろう。民族レベルの意識がどれだけのものかは、きっとベイが一番身に染みて分かっているから、彼らが自らの警戒心を後ろめたく思わないように、そして恐らくはわたしを守るために、「それならこちらも分かりやすいパフォーマンスを見せる」としたのだ。



 わたしは研究員(ザッケス)の娘だから。



「……初めて自分の立場がちゃんと分かったよ。ありがとうアドラー。もう大丈夫、みんなにわたしを見せてあげよう」

「いいのか? 集団の視線ほど辛いものはなかろうに」

「こういう時こそ堂々としてなきゃ。前向きに捉えてこうぜ。わたしの態度によっては、『秘境の民族・キースと初めて仲よくなった人』って歴史に残るんだぜ」

「ふふ、いいわね、それ賛成。なら私は『外の人を妹にした最初のキース』になろう」

「もう達成してんじゃん、お姉さま。じゃあアドラーは『最初の友だち』ね」

「ふむ? それはナダの座だろう?」


 わたしの隣に並んだアドラーは首を傾げた。


「お前とベイを連れて来たのはナダだ。私は二番目だろうな」

「…………」

「イコ?」


 言葉を返せなかった。

 わたしたちは“友だち”ではない。もっと強固で、大切で、だけど複雑な事情も織り交ざったもの。


 そのどれを拾い上げて、この関係性にどんな名前を付けるのか。

 ナダが帰って来ない事には、わたしは前に進めない。ナダも前に進まない。ずっと停滞したままなら楽だったのに、ナダがエンジンに火を付けてしまったから、もう立ち止まってはいられないのだ。


「ナダは大丈夫よ。あいつ、私の幼馴染でもあるのだけど、本当にしぶとい奴だった」


 リエラが優しく声を掛けてくれた。ナダのことを心配していると勘違いしたようだ。けれどその気持ちも嘘ではない。


「まあ、しぶとさは折り紙つきだよね。何てったって魔女の弟子だし」

「魔女? 何の話だ?」


 怪訝な顔をするアドラーとリエラに笑って見せた。


「あはは。……こっちの話」




 ――今日は一日目。

 ナダはまだ、目覚めない。






  ○ ○ ○

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