表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Blank-Blanca[ブランクブランカ]  作者: 奥山柚惟
第5章 砂塵の向こう、揺らめく陽炎
45/97

少年兵“B”①

  ◆ ◆ ◆






 母がいた。

 ようやく立ち歩きを始めた妹がいた。


 ……気がする。


 手を繋いでいたはずが、気がつけば俺の手には硬くて無機質な銃が握られていたし、兵士から逃げていたのに俺が兵士になっていた。どうしてそんなことになったのかは思い出せない。母と妹の顔も思い出せない。



 “特殊小隊”とは名ばかりの、寄せ集めの少年兵たちの隊を転々とした。ああいう小隊は性質上すぐにみんな死んでしまうから、運よく生き残った俺はいつも適当な場所へ放り込まれては、またたらい回しにされる……ということを繰り返していた。


 ある隊で、作戦を聞いた時だった。

 “穴”が随分とみられたので上申した。子どもは死ぬのが前提で送り込まれるから、今更それに異論はない。だがこれでは死に過ぎる、下手をすれば一般兵士からも多大な損失が出る──。

 しかしプライドが高かった司令官は聞く耳を持つどころか、俺を殴ってきた。口答えをするなと唾を飛ばしてきた。


 それ以上は()()()()()何も言わずにいた。

 するとその作戦で部隊は全滅した。敵は俺の読み通りの襲撃をかけてきて、部隊はその術中にまんまと嵌まったのだ。作戦に反して俺だけ別行動を取ったおかげで、俺は死なずに済んだ。




 誰も想像出来なかっただろう。

 いつものように放り込まれたその小隊が、のちに敵味方へ名を知らしめようなどと。




 その隊も他所と同じく、子どもたちは死んだ目をしていた。全員が明日死ぬか、明後日死ぬか、そう命運が決まっているからだ。

 ところがそこの司令官は、新たにやって来た俺を呼び出して、こう言った。



「お前、前回の作戦に異を唱えたそうだな。だけども却下されちまって、結果全滅したわけだ。ガキの読み通りにしてりゃあ死者は少なかったんだろうになあ」

「……だったら?」



 下手な真似をしないよう釘でも刺すのだろうか、と思った。

 が、その男は薄っすらと笑った。



「じゃあお前に指揮を任せよう。俺みてえなボンクラよりゃあ遥かにマシだろ」

「は……?」

「おーい、全員注目ー。今日仲間に入った“()()()()”だ!」



 驚いて司令官を見上げたが、抑え込まれるように頭を撫でられた。



「すげーだろ。ラザ経典に出てくる戦神の名を授かった男だ。必ずやお前らにとっての戦神となるだろう。今後こいつに指揮の全権譲るからー」



(何だこの野郎……ふざけてんのか!?)



 反論しようと口を開いた。

 ……が、閉じた。背中に銃口が当たるのを感じた。低くザラついた声でそいつは俺にだけ聞こえるように囁いてきた。



「なあ、頼むぜ()()()()ぅ。お互い死にたくねえだろう?」

「……こんなことして、上にバレたらどうするつもりだ」

「バレねえさ。お前さえうまくやってくれたらな」



 じゃあな戦神くん、と笑って男は部屋に入った。閉じていくドアの隙間から酒と乾燥した()()()が見えた。

 ため息をついた。そして所在なさげに俺を見上げたままの子どもたちに、最初の指示を出した。



「練習用の銃と弾ァ、誰かかっぱらってこい。訓練するぞ」






 見よう見まねでつけてやった訓練は狙い以上の効果をもたらした。


 子供たちの士気が上がった。正しい銃の扱い方を教えられただけで、武器を武器として扱えるという自信がついたようだ。

 大人よりも小柄な体躯を活かし、細かい動きで敵を錯乱させる作戦も、突貫工事で俺が立てた。実際は作戦とすら呼べない、単なる各自の基本的な動き方を指示しただけだったが、役割を与えられることで活気づいたのは確かだ。


 統率がとれるようになった。使い捨ての弾避けに役割という“名前”がついたことで、各自がやるべきことを率先してやるようになった。戦いの場面のみならず、野営地での日常生活においてもそれは反映された。

 着々と俺たちが戦果を挙げるにつれ、一般兵部隊の俺たちに対する接し方も変わった。改められたというよりは、近寄らないよう敬遠されると言った方が正しいかもしれない。そいつらの鬱憤やストレスのはけ口にされなくなったのは良いことだったから、俺たちもそれでよしとしていた。



 俺の部隊の少年兵は死ななくなった。

 もちろん戦場だ、死人は出る。やはり何人も死んだ、負傷もした。だが以前とは比べ物にならないくらいにその数は減った。

 “戦神ベイザム”の名を、俺は存分に使った。実際、そこら辺の兵士よりも能力がある自負はあったし、冷静に戦況を見渡せば敵の動きが手にとるように予測できた。


 そのうち、“死なない特殊小隊”はいつからか“ミズリル”と呼ばれるようになった。

 神話に出てくる最強の武神ベイザムが携える弓の名を取って。



「うわあ見ろよ今日の配給! あたしらの取り分が増えてるよ!」

「マジかよサイコー。今晩はおかず有りだぜ」

「そりゃ何てったって、俺らにゃ戦神がついてンだぜ? 最強無敵のミズリルさまだ、ナメんなチキショー」



(俺は“ベイザム”)



「なあおい聞いたかよ……今日の作戦もミズリルの奴らが戦果トップだとさ」

「あー知ってる。けどここまでくると薄気味(わり)ィよな、戦神だか何だか言われてるが、本当のところは悪魔なんじゃねえの?」

「言えてるぜ。奴の目、ありゃもうガキじゃねえ……噂じゃ戦場で使えねえ仲間は切り捨ててるって話だ。“背後の狙撃兵に注意”ってな……」



(……俺は“ベイザム”)



「おいおい、なんだって作戦会議にガキが紛れてんだ? 黙って俺らの弾除けにでもなっとけっての」

「シッ……聞こえるぞ。異教徒どもの動きが読めるってンで隊長から呼ばれてンだよ、下手な真似すると裏で(くび)り殺されるぞ。俺ァ助けてやらねえからな」



(……俺は……)






  ◆ ◆ ◆






「嘘だろ……フィー?」



 ミズリルの指揮をとるようになって一年ほど経った。

 追加された新兵や移管兵の中に見知った顔があった。同じ年頃の少女、フィーだ。

 思わず声をかけると、嬉しそうな顔のフィーは戦場に似合わない細い指で、閉じた片方の目蓋に触れる仕草をした。



「ベイザム、知り合い?」

「何年か前に一緒に訓練受けてた奴だ……まさか生きてるなんて」



 

 俺も驚いた、と子どもたちに返す。少年兵たちが使い捨てにされる中、俺もフィーも生きて再会するなど、奇跡としか言いようがない。


 フィーは手を振った。

 親指で自分の胸を指し、続いて俺たちを指し、ピースを作った両手を下に向けて指を交互に動かした。



「……何あれ」

「ハンドサイン。フィーは口が利けねえんだ、耳は聞こえるが。俺らの部隊に配属になったからよろしくってさ。ちょうどいい、戦場で使えるから全員覚えるぞ」



 俺とフィーが使っていた手話もどきのハンドサインを全員に練習させた。戦場で使えば敵に作戦を知られることなく指示が出せる。

 子どもたちはそこに何かしらのロマンを感じたのか、あっという間に日常会話ができるまでに仕上がった。



〈フィーはベイザムのちっちゃい頃を知ってるの〉

〈初めて会ったのはみんなくらいの時だね〉

〈その時から強かった?〉

〈うん。私を助けてくれたよ〉


「余計なこと言ってんじゃねえ」


〈あら、“言って”ないけど〉


「……お前そんな奴だったか?」



 渋面を作ると、声を上げて笑う子どもたちと一緒にフィーも息で笑んだ。舌打ちをして顔を背けても笑顔の気配は濃くなるばかり。


 ──()()()()した。






 フィーがやってきてから満月が二度昇った。

 寝静まった野営地で俺は一人銃の手入れをしていた。夜の見回りは一般兵士の割り当てで、心置きなく全員分の銃をチェックできる。一番心が休まる時間だ。


 不意に隣に腰を下ろした人物がいた。

 チラと目だけ上げて、すぐ手元に目線を戻した。



「あいつらちゃんと寝てんのか」



 フィーはコクリと頷いて、目蓋に指で触れて見せてきた。



「……何だよ」


〈名前。いつからベイザムに?〉


「ここに来た時にな。お前も会ったろ、あのヤク中。ロクでもねえ奴だか、まあ……おかげでいろいろやり易くなった」


〈『戦神じゃない』って、いつでも言えた〉



 束の間、手が止まった。

 フィーはただ俺を見ている。目を逸らして再びメンテナンスの手を動かす。



「……ベイザムでいた方が都合いいだろ。合同作戦で俺の意見が通りやすくなったり、他にもいろいろと」


〈違うでしょ〉



 フィーの唇が開いて、舌が突き出された。

 今度こそ手を止めて眉を寄せた。記憶のどこをまさぐってもそんなサインはない。初めて見る仕草だ。戸惑う俺を置き去りに、細い手が言葉を紡いでいく。



〈“ベイザム”の名があの子たちを守るから、あなたは戦神になろうとしてる。違う?〉


「……そんなんじゃねえって。さっきから何回も言わせんな、いろいろと効率がいいから……」


〈あなたは体も大きくなったし、声も低くなった。前よりずっと怖い顔をするようになった。でも優しいのは昔から変わらないね。あなたが私を助けてくれた時とおんなじに、今でもあなたは優しい人だ〉



 手で一通り喋り終えて、フィーは柔らかく笑った。

 ああ()()()()する。銃を触っている時は心を乱したくないっていうのに。



「……優しかったらとっくの昔にくたばってるさ。俺ァずっと自分が死なねえことばっかり考えてる。俺の手駒が多い方が、生存率が上がるってだけの話……だから何なんだよそれ!」



 フィーはまた舌を出していた。夜の闇でもわかるほどに、舌はつやつやと赤い色をしていて、胸の内を随分とざわつかせた。それを誤魔化すようにため息をつけば、今度は声のないひそやかな笑みがまたかき乱してくる。

 ひとしきり俺をからかって満足がいったのか、フィーが立ち上がって指で瞼と耳に触れて見せてきた。〈おやすみ〉のサインだ。



「……ああ、おやすみ」



 声変わり途中の声が裏返った。咳払いして再び手元の冷たい金属をいじり始めた。


 細い指が瞼に触れる仕草。あれは俺を指すサインだ。

 子供たちは“ベイザム”と覚えている。だがフィーにとっては“ベイ”。その名前で呼ぶのは、この世でもう彼女だけ。



(……気持ち悪い……)



 銃の無機質な感触に集中しようと試みても、あの細い指が、唇が、赤い舌が、なかなか脳裏から離れてくれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ