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赤い瞳

「退屈ですまんな」

「あ、いえ……」


 さして気持ちの込もっていない謝罪に優綺は曖昧な言葉で濁した。自分が、正確に言えば隣を歩く郁未の発案だが相変わらず少々居づらい雰囲気が漂っている。


 悪霊が現れたという事件の翌日、優綺は郁未と共に発見者である町田と一緒に市街地を巡回していた。

 しかし今巡回しているのは昨夜悪霊を発見した場所とは遠い場所だ。市街地の巡回とだけ瑠璃子から指定されたが、今夜の場所を決めたのは町田だった。

 彼曰く『悪霊は同じ場所に連続で現れるようなことはない。ある程度離れた場所の方が発見しやすい』のだそうだ。


「あの……あのっ」

「なんだ? 何かあったか?」

「あ、いや、そうじゃないんですけど……その悪霊がいる場所ってどうやってわかるんですか?」

(郁未さんっ!? そんなストレートに! どうやって遠回しに聞こうかと思ってたのにっ!)


 三人で見回りを始めてまだ三十分も経っていない。優綺としては悪霊を実際に発見するか、終了時刻が気になる程度の時間になったらある程度直接的に訊ねようと考えていたので、いきなりぶっこんで来た郁未の頭を反射的にはたきそうになった。

 なんとか踏み止まった自分を褒めながら恐る恐る町田の方を見ると、町田は困ったような表情で二人を見つめ返していた。


「どうやって、と言われてもな。なんとなくとしか言いようがない。申し訳ないがな」

「なんとなく……それっていつくらいから?」

「……半年くらい前だな。その頃から悪霊の討伐数が増えているから記録を見れば正確な時期はわかるはずだ」


 思っていた以上に素直に答えてくれる町田。有難いが少々拍子抜けする。


「では何か能力を使って探索する、という感じではないのですね」

「ああ。ただの直感のようなものだ。……今夜は発見できそうにない気がしている」

「そうですか……」

「ざーんねん」


 ――結局町田の言った通り、この日は悪霊どころか浮遊霊一体見ることはなかった。












「まさかこんな直ぐにまたいらっしゃるとは思っていませんでしたね。京都こちらの方に気になる女性でも?」

「自分でもまた戻ってくるとは思ってませんでしたよ。あといませんから」

「いたらここで何が起こるか知りたかったですか?」

「遠慮しておきます。それで綾華さん本題いいですか?」

「仕方ないですね。それで、頼み事はなんですか」


 自分が頼みを聞く方の立場に居ることを最初から理解している綾華の態度に良治はこの交渉が上手くいくか怪しいなと思い、そっと息を吐いた。


 綾華の言うように自分でもまさかこの短期間に三度来訪するなど思いもしていなかった。その意味では色々面倒くさがってさっさと東京に帰らなくて良かったと思っているが、それでもあまり来たくない場所に来るのは嬉しいことではない。


「名古屋支部の件に関してです。もし何かが実際に起こっていて、その証拠を掴むようなことがあった場合の対処はどうしたらいいのかと」

「頼み事ではなく相談でしたか。……対処、ですか」


 珍しく悩ましい表情を浮かべる綾華。

 彼女が以前懸念していた討伐数の水増しが行われていた場合、証拠を京都本部に提出後呼び出しになる。だがもしかしたら呼び出しが行われた時点で逃亡する可能性もある。やるとしたら逃亡が出来ないように複数人で名古屋支部に行き、その場で証拠を突きつけることだろう。


 綾華が悩んでいるのはこの場合だ。退魔士を捕まえるとなるとほぼ確実に戦闘になる。そうなると戦闘経験豊富な退魔士がやはり数人は欲しい。名古屋支部員たちが敵に回るとは思っていないが、中立になったり手が出せない雰囲気になることは十分に考えられた。


「そうですね……良治さんにお願いしても? いえ、というかその許可を得に来たのでしょうね、きっと」

「捕縛の許可さえ頂ければと」


 良治の肩書きは上野支部支部長というだけだ。他の支部には干渉出来ない。白神会に所属する退魔士という点では誰もが同格だ。階級が違ったとしてもそれは揺るがない。もしかしたら他の退魔士たちは違うと考えているかもしれないが、良治はそう考えている。


「わかりました。今回の件に関してのみ許可することにします。書面にして許可証としますがそれで構いませんか」

「はい。それでお願いします」


 口頭のみの許可では相手がごねたり反抗するかもしれない。提示できるものがあれば受け入れやすいのは確かだろう。


「まぁそれで大人しく捕まってくれる人ならいいですが」

「おそらく最終的には実力行使でしょうね。あまり人間とはやりあいたくはないですけど」


 退魔士の任務の中には周囲の人間に被害を及ぼす外法士への対処も含まれるが、やはり一番の仕事は悪霊や魔族といった人間以外への対処だ。良治にとって率先してやりたい仕事ではない。


「人手は要りますか?」

「いえ、もうこれで十分です。ちなみにあれは綾華さんの指示で?」

「違いますよ、あの娘の独断です。あまり心配はかけないであげてくださいね」

「了解しました。感謝しておきます。そしてありがとうございます」


 独断、事後承諾とは言え綾華が許可を出してくれたことに礼を言う。良治には出来ないことを行ってくれる人材は貴重だ。


「上手く使ってください。そうでないと意味がありませんから」

「ですね」


 次々に外堀が埋まっていく。あとは証拠が掴めればというところのようにも思えるが、実際にどんなことが行われているかはわからない。

 今のところわかっているのは彼が何かを隠して行動していることだけに過ぎない。もしかしたら隠れて善行を積んでいるだけで、隠しているのはただの照れ隠しかもしれないのだ。怪しいからといって最初から罪ありきで行動はしない方が無難だろう。

 だからこそ確かな証拠が欲しかった。


(準備はしてるけどまだどう転ぶかわからないな。あとは優綺たちがどう動くか、だな)


 名古屋支部への派遣が終わるまであと一週間。数日で片が付くかもしれないが期間内で結果が出ないかもしれない。その時は彼女らが何かしらの手応えや自信を持ち帰ってくれればと思う。


 独り立ちを願う反面、この件の真実と解決を望む面もあり良治は自分でも時々一貫性のない行動をしているという自覚はある。あるがそれはどうしようもない感情たちだった。














「上手くいきますかね」

「わかんない。でもちょっとワクワクするかも」

「郁未さん……」


 優綺と郁未が今いるのは海辺の公園、その中の林。二人は木陰に潜み待ち人が現れるのを待っていた。


 完全に空振りに終わってしまった翌日、連続で同行するのは相手の警戒を強めるだけと考えた優綺は休暇を申請した。瑠璃子はその意図を理解して僅かに悩んだものの許可を出し、二人は彼に割り振られた場所に先回りしていた。


(昨日は使えなかったんじゃなくて使わなかった、のかもしれない。なら誰も見てない場所なら悪霊探知の能力を使うかも)


 悪霊を討伐するのはほぼ単独行動している時らしい。しかし彼が悪霊と戦っている現場を支部員たちが幾度か見ているとのことで、僅かな不信感はあるものの放置されていたようだ。


「それにしても暑い……」

「言わないでください。余計に暑くなります」


 夜になっても碌に下がった気がしない気温と湿度に額の汗を拭う。林の中は虫も多く長居したいとは全く思っていないが、これも仕方のないことだ。


 おそらく悪霊探知は直感などではなく何かしらの能力で、使用する時には誰にも見られないように結界を張るはずだ。そうなると張られた結界に侵入しようとすると必ずバレるので、それなら最初から血界の範囲内に気配を消してじっとしていればいい。

 彼がこの公園に来るかは賭けだが、悪霊討伐を数件この場所で行われている記録があるので可能性はある。更に以前彼がこの周辺を担当したのは二週間ほど前で姿を現す勝算はあった。


「早く、早く来て……暑いし蚊が……!」

「静かにしてください。私だって帰りた――」

「静かに! 来たっ!」

「ッ!?」


 喋っていた郁未に静かにと言われることに些か不満に感じながらもすぐに郁未の視線を追う。だが優綺にはまだ見えない。

 それでも黙って静かに見つめていると、確かに目的の男が公園に入ってくるところが見えた。


(……あれ?)


 しかし近付いてくる姿に何か、僅かな違和感がある。

 気のせいかと首を傾げかけた優綺の隣の郁未が口を開いた。


「ねぇ、なんか目の色が赤いんだけど。……充血?」


 もう一度よく見てみる。確かに瞳が赤いようだ。しかし昨日までは普通に黒い瞳だったはずだ。何も違和感がなかったのだからそう判断する。最初から赤かったのなら初対面で気付いているはずだ。


「……え」


 ぞわり。

 更に近付いてきて、男から感じた気配に鳥肌が立つ。

 目の色が、などと言っている場合ではない。それどころではない。


「ちょ、なにこれ……! これって、あのカメレオンみたいな」

「カメレオン……それって」


 郁未の言葉に良治と郁未が担当した三宅島での事件を思い出す。

 そして郁未の言うことが本当だとするなら――


 自分の手には負えない。

 優綺は赤い目をした町田久太を引き攣った顔で見ながらそう思った。




【捕縛の許可】―ほばくのきょか―

今回の件に限り綾華から得た許可。書面にもしたが、良治はこれっきりの許可に必ずしようと考えている。

和弥や綾華たちとは高校の頃からの付き合いだがあまり特別扱いされるとまた必要のない軋轢や不満を生むからである。

早めにシステム化してほしいなと思う反面、まだ一、二回くらいは同じことを頼まれそうだなと憂鬱になっている。

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