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名古屋支部の内部事情

「ここら辺でちょっと休憩しよっか。丁度そこに公園もあるし。あ、あたし飲み物買ってくるね。シバ二人をお願いー」

「心得た」


 陽が暮れて数時間経つというのに未だ熱気が残る市内の公園。

 名古屋支部所属の二人と優綺と郁未は今日も市街の見回りをしていた。


「お気遣いありがとうございます」

「気にするな」


 大柄で武骨なこの男性は柴田しばた郷太ごうた、先ほどコンビニに行った女性ははやし麻沙美まさみ。二人はよくコンビを組むらしくこの道中も軽口が絶えることはなかった。


 この名古屋支部員との市街見回りも三日目。今日は四人での行動でこれまでで一番緊張感がない。


「はい、みんなどーぞ」

「ありがとうございます」

「あ、私そのリンゴのが……あ、ありがとうございますっ」

「いえいえー」


 その大きな理由はこの明るい性格の林にある。優綺たちと同じ女性というのもあり、見回り開始当初から和やかな会話が交わされている。


「どう? 名古屋にはもう慣れた?」

「なんとなくの地理はわかってきましたけど……まだ地図がないと無理ですね」

「まだ三日だもんねー。そりゃそっか」

「当たり前だ」


 ははは、と笑う林に表情を変えずに言う柴田。

 四人は近くのベンチに座り他愛もないことを話していく。中心は言うまでもなく林だ。


「お二人も名古屋支部は長いんですか?」


 ちょうど数年前の仕事の話が終わったタイミングで口を出してみる。なんとなくは知ってはいたがやはりきちんと本人から聞くのが一番だ。


「あたしはなんだかんだ言ってもう十年近いかな。シバはちょうど十年くらい?」

「十二年だ」


 林の話し方からして柴田よりも年下だが先輩なのだと思っていたのだが見たままの関係らしい。年上の先輩にタメ口で話せるメンタルは凄いなと感心する。


「あ、あたしも聞きたいことあるんだけどいいかな?」

「あ、はい。私にわかることなら」

「ありがと。ね、柊くんって彼女いるって聞いてるけど彼氏はいないの? 和弥くんとどんな関係なのっ!?」

「え……?」

「ぶはぁっ!?」


 隣に座っていた妹弟子が派手にジュースを噴き出したが優綺は林の言葉を理解するのにいっぱいいっぱいでそちらを見ようともしなかった。いや出来なかった。


「いやーあたしも富士山決戦に参加したんだけどその時の二人の信頼関係っていうの? 傍から見てても感じられててもう男同士の友情ってあああああ尊いっていうかもう興奮しちゃうぐっ!?」

「やめろ。性癖をこんなところで出すな。通報されるぞ」

「ぐ、ぐぅ……ごめんなさぁい」


 早口になっていた林の脳天に無慈悲な一撃が振り下ろされて強制的に黙らされる。下手すれば舌を噛むどころか噛み切りそうな勢いだった。


「すまない。これはもう病気のようなものだ」

「は、はぁ」


 事態が呑み込めないが柴田の言葉に頷いてしまう。とそこでむせていた郁未が立ち上がり、やや引き気味に呟いた。


「……BL好き……?」

「ッ!? まさか、同志ッ!?」

「あ、いやごめん。別に嫌いじゃないけどそこまでじゃ」

「う……いやまぁ拒絶されないだけマシかぁ」

「……」


 残念そうな林を前に優綺はなんと声をかけていいのかわからず黙ってしまう。

 優綺にも郁未の言葉の意味は理解出来ていたが、その感情や嗜好は理解できていない。


「出来れば気にしないでくれ。無理なら無理でいい」

「……大丈夫です。はい」


 人の趣味嗜好はそれぞれだ。周囲に迷惑をかけない限り理解はしたいと思っている。


(そう思ってるけどいきなりだとびっくりしちゃう……)


 心の準備もなく、それも知ってる人のことだったので驚きが先に立ってしまった。


「ホントごめんね驚かせちゃって。ずっと聞きたかったことだったからつい」

「前からって、その富士山決戦の時からですか?」

「うん。もう目と目で通じ合うって感じでそれはもう――」

「だから抑えろ」

「う。コホン、まぁそんな感じね」


 柴田に窘められて止まる。またあの一撃を食らいたくはないのだろう。


「今いる名古屋支部の方で富士山決戦に参加していたのは誰がいるんですか?」

「シバとあたし、あとサブちゃんと貴理きりの四人ね。先代の支部長と合わせて名古屋支部は五人参加したの。まぁ最後の最後はみーんな負傷が原因で参加出来なかったけどね」

「生きていただけで十分だ」

「そうね。生き残れただけで十分って思うわ」


 それは辛い思い出なのかもしれない。二人の表情を見て情報が欲しかっただけで聞いてしまったことに胸がちくりと痛む。


(ああ、本当に厳しい、辛い出来事だったんだ。だから先生やまどかさんたちも)


 師である良治、そして姉代わりと言っていい三人も大したことは教えてくれていない。意地悪でそうしているとは思ってもいなかったが、他の人たちに聞いてそれを理解した。


「すいません、不躾な質問をしてしまって」

「ん? ああいいのよ。大変だったことは確かだけど、別に身近な人に死者が出たわけじゃないし」

「あの死地を超えてむしろ連帯感は強まった」

「あたし風に言えば絆って感じかな。あの時の五人、今は四人だけどみんなそう思ってる」


 まるで記憶の中に何か確かなものを握り締めているかのよう。きっとそれはそう間違いではないだろう。


(今は四人……もう一人は先代の支部長の、確か白河さんだったはず)


 支部長が変わった理由。それは町田が言っていたように亡くなったのが理由だろう。ただその死因についてはわからない。死が身近に在るのが退魔士だ。


「……あれ?」

「どうしました郁未さん」


 また余計なことを言わないか心配ですぐに訊ねる。しかし郁未の視線は誰にも向かっておらず、公園の端に固定されていた。


「ね、あれって幽霊よね?」

「え?」

「何処?」

「……」


 三者三様のリアクションで郁未の視線を追う。霊の気配は感じられていない。


「――そうね」


 林の冷静な言葉と同時に結界が広がる。公園には何人か一般人が居たが、彼らを範囲に入れず、尚且つ自分たちと霊を取り込めるという調整の必要なことを一発でクリア。この辺は場数の違いだろう。


「すぐに終わらせるわよ。結界はこのままお願いね」

「心得た」


 見た目に反して結界を張ったのは林ではなく柴田らしい。そううなるとこれもまた見た目に反して柴田は魔術型ということになる。


「さ、行くわよ!」

「はい!」

「は、はいっ!」


 林はナイフを、優綺と郁未はいつもの棒を出現させて握り締める。

 先行するのは林。その後を優綺と郁未が追い、柴田は一定の距離を取ってついてくる。打ち合わせをしたわけではないが悪くないフォーメーションだろう。


「浮遊霊、ね」

「ですね」


 見つけたのは若い男性の霊。半透明でしっかりとした輪郭があった。

 特に害のない状態の霊のことを浮遊霊といい、死んだばかりだとこの状態になりやすい。このまま放置しておけばそのうち自我を完全に失くし悪霊化することもある。


「えっと、どうするの、これ」

「名古屋支部の方針は……?」


 悪霊になる可能性はある。しかし浮遊霊は自分の死を受け入れたり未練を解消することにより自然に天に昇っていくことも多い。むしろそれがほとんどと言っていい。


「……昔は放置だったんだけどね。今は消さないといけなくなったの」


 昔とはいつのことで、退治対象になったのはいつからだろうか。

 優綺はなんとなく理解してしまったが、それを口にすると何かが始まるような、終わるような感覚で軽く目を伏せるに止まってしまった。


「あたしがやるから」

「はい……」


 浮遊霊は誰でも退治できる。それこそある程度霊感がある者なら退魔士でなくてもだ。


 浮遊霊は自分を見ている集団を見て戸惑っていたが、それらが自分を害しようとすることに気付くとすぐに逃げ出した。だがそれは結界によって阻まれ、一定の場所から遠ざかることは出来ない。


「――……」


 林は無言でナイフを横に振るうと浮遊霊は霧散していった。

 絶望した顔で泣きながら消えていった彼にとって優綺たちは悪魔に見えただろう。


 神社や寺などに所属している者であれば今みたいな『除霊』ではなく浄化し魂に安らぎを与え昇天させる『浄霊』も行えるが、白神会にはほとんど存在しない。


「帰ろっか」


 振り向いた林の表情はさっきまでと同じで、違うように見えた。













「――とこんなことがあったのですけど……」

「それは……うん」


 翌日休みを貰った二人だったが、相談した結果名古屋支部を訪れることにしていた。

 仕事の時間をずらしたせいか支部に居たのは支部長代行の瑠璃子だけで、これは優綺にとって好都合だった。


「浮遊霊の対処は各支部に任された裁量の一つで……父が支部長に就任した際に変わったの」


 それは優綺の予想通りの答え。暗い表情の瑠璃子から、以前からいた者たちと少なからず摩擦があったように思える。昨夜の林の反応も含めて。


「反対する人が多かったけど、別の支部から異動してきた父は最初に立場を確立させるために強硬な姿勢を崩さなかったわ。私も来たばっかりだったし何も言えなかった……」


 それでそのまま退治対象になった。しかし軋轢は残ったまま解決はされなかったようだ。名古屋支部の微妙な雰囲気はそこから生まれてしまったのだろう。


「元には、戻せませんよね」

「そうね。もう四年も前のことだし、そもそも父は変えるつもりはないと思うの」


 瑠璃子も支部長である父と元からいた支部員たちとの板挟みで心労が積み重なっているようだ。会ってからずっと浮かない表情なのはそれが原因だろう。しかしそれを取り除くことは一朝一夕で出来ることではない。


「あの、ちょっと話は変わるんですけど、前の支部長さんは何故亡くなったんですか?」


 以前から居た林たちには訊き難い質問。しかし瑠璃子ならそれほど関わりはないはずで、更に支部長代理という立場なら知っているだろう。


「前の、白河道照さん? ……ああ、確かに他の人には訊き辛いわよね」


 あっさりと読まれてしまったが別に問題ではないので素直に頷く。


「はい」

「白河さんの死因は、病気よ。普段から病気なんて縁遠くて、気が付いたら末期癌だったらしいわ」

「癌……」


 病気は治癒術でも治療が出来ない。病気に対する耐性は一般人と変わらないので当然退魔士と言えど死亡理由の一つだ。

 てっきり何かトラブル絡みでと思っていただけに、不謹慎ながら肩透かしを食らった気分になった。


「ね、でもなんでその白河さんが死んだ時に今の支部長が名古屋ここに来ることになったの?」


 大人しく話を聞いていた郁未が疑問を投げる。

 確かにそうだ。名古屋支部内部から昇格人事が行われるのが普通ではないのか。


「その辺の話は私にもわからないけれど……父が宮森家の助けで支部長になれたみたいなことを言っていたのは聞いたことあるわ。本当かどうかはわからないけど……でも、父が今入院してるとこに宮森の人が来てるのは確かね」


 宮森家の後ろ盾で名古屋支部の支部長になれた。その可能性は高いように思える。色々な理由があるのかもしれないが、それでも優綺には不自然な印象が残った。


(これが原因なのかも……)


 支部員たちは一定の信用を彼女に向けてはいるものの、全幅の信頼には程遠い。雰囲気がぎこちない場面を時折感じたこともこれが一因かもしれない。


「あ、休みなのに来てたんですね。おはようございます」

「おはようございます、平手ひらてさん」

「お、おはようございます……」


 ガチャリと扉を開けて入ってきたのは主に事務をし、瑠璃子の補佐をしている平手貴理だった。

 ほんわかとした雰囲気の女性で、ぱっと見女子大生くらいに見えるが先日三十路になったという。退魔士は老いにくい傾向にあると言われるがそれでも二人は少々驚いてしまっていた。


「おはようございます貴理さん。ごめんなさい、仕事に戻るわね」

「あ、はい。すいませんでした」


 話はここまで。平手も富士山決戦に参加したことのある歴の長い支部員なのでこれ以上の話をするのは控えた方がいいだろう。


(新しい情報も得られたし、今日は十分かな)


 名古屋支部の人間関係はなんとなく理解は出来た気がする。

 しかしそれを解消する為の方策は見えていない。単純に人手が足りて仕事が回るようになれば好転していくような話ではなさそうだ。


「ね、優綺、どーするの?」

「……そうですね」


 二人は西日の強さに目を細めながら外に出た。一通り支部員たちと話をしたがこれ以上は何かを得たり進めたりすることは、今の自分たちには荷が重いような感触がある。


「そろそろ、時期かもしれませんね」


 郁未の問いに優綺は決断した。


 あの人に、連絡をする時だと。



【宮森家の助け】-みやもりけのたすけ―

現名古屋支部長である村瀬八一郎は宮森家のある者によって強く勧められ現在の地位に就いたと噂されているが、実際のところは不明。

少なくとも宗家の当主が動いた形跡はないようだ。

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