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質問、一分

「まぁまぁ、そんな人を蔑むような目をしなくても」

「……」


 組織のトップに対して甚だ非常識ではあるが、良治は笑う隼人に向ける視線は変えなかった。こんなことで怒りだすような隼人ではないし、何よりも不満はきちんと示すべきだ。言うまでもなく良治がこんな態度に出ることなど予想していたのだから。


「まぁ知らないといってもヒントくらいは出すさ」

「勝ったのにヒントだけですか?」

「結果として勝ったのはキミだけど、内心は負けたと思っているだろう?」

「結果として勝ったのなら何も妥協するところなんてないはずなんですが」

「これはご褒美なんだよ、良治君。キミの問いに私はもう答えたのさ。『知らない』という答えを。私の責任はここで終わりだけど、もう少しだけ答えてもいいかなという慈悲の心だよ」


 嘘だ。何か面白そうだから回りくどい返答にしただけだ。良治は表情を変えないまま沈黙する。


「さて、どうする? ヒントはいるかい?」


 まったく、と溜め息を吐きそうになるがなんとかそれを堪える。

 情報は得られていない。彼の気紛れに付き合うしかなさそうだ。


「……ではヒントを」

「うんうん。そう来なくちゃ」

「それで、今度はどんなゲームなんですか」

「わかってるねぇ。さすが良治君。……じゃあ今度はキミの問いに私は『はい』『いいえ』『知らない』のどれかで答えよう」

「……まためんどくさいことを」

「いいじゃないか、これくらい。ああ、時間は一分間で。和弥君頼むよ」

「はいはい。あんまりリョージを苛めてくれるなよ」


 和弥は諦めの表情でまたアラームをセットする。隼人の気紛れはいつものことなのだろう、反論する気はないようだ。


(一分間、答えは限定的。聞き方に気をつけないとな)


 不服だが提案に乗るしかない。身体があちこち痛むが集中する。


「では今から一分。どうぞ良治君」


 禊埜塞の現在地はわからない。何処からどう辿るか。

 いつ出ていったのかがまず気になる。しかし『いつ』は答えてくれないはず。


「禊埜塞が出ていったのは今から一年以内ですか?」

「いいえ、だね」

「なら俺が白神会から出ていって一年以内ですか?」

「うん、そうだね」


 自分が出ていってから一年以内。そうなると約五年経っている。これは難しい。


「出ていった時に向かった先に心当たりは?」

「いいえ、ないね」


 そこから完全に知らないとなるともう手詰まりだ。どんな質問をしても満足のいく返答はないだろう。


(いや?)

「もう質問はいいのかい?」


 もし本当に糸口さえなかったのなら隼人はこんな茶番ゲームはやらないのではないか。

 隼人のまるで試すかのような口調もそれを示唆している気がする。


「……最後に見た塞は怪我や病気でもなく健康でしたか?」

「うん、問題なく」

「塞は自分の足でここを出ていきましたか?」

「うん」


 まずこれで白神会内部で暗殺されたことはなくなった。だがしかしその直後消された可能性は残る。何せ暗殺が得意な黒影流がいる。暗殺自体は簡単だろう。


(暗殺した? それが答え? あの笑みの意味はこれ? だが)


 答えが暗殺ではなく自分の意思でいなくなったとしたら。彼は何処に向かったのか。それを考えるべきだ。


 残り時間は半分ほどだろう。あとは何があるのか。


「塞が出ていく時に目的は聞きましたか?」

「うん。聞いたね」

「それは俺への復讐の為?」

「うーん、どうかな」


 それも含まれるかもしれない、くらいの感じだろうか。

 なら。


「退魔士として強くなる為、ですか?」

「まぁそうだね」


 修行の旅に出ていった。これなら納得できる。でもまだ何かあるはずだ。


(強くなる為に何をするか)


 そこで頭に浮かんだのは優綺の顔だった。強くなりたいと願い、懸命な少女。彼女が取った選択は――


「塞は誰かに会いに行きましたか?」

「いいえ、それは違うかな」


 誰かに教えを請いに行ったと思ったのだが違うようだ。

 優綺が自分の弟子になったように、あの塞も弟子とは言わなくてもアドバイスくらいは求めに行ったと思ったが違ったようだ。


(いや、でも近いような――)


 隼人の表情が僅かに動いたのが気になった。微妙に違う、惜しいような、そんなイメージを受ける。


「――塞は誰かと一緒に・・・ここを出ていきましたか」

「Yesだ」


 これだ、と歓喜すると同時に時間がないのですぐに口を開く。

 しかし外堀を埋めていくような質問ではその誰かを確定させることは出来ない。ピンポイントな質問が要求される。


「――その人は俺よりも強いですか?」

「うん、強いね」


 隼人がはっきりとした口調で答える。自信さえ感じるほどに。

 明確に自分よりも上の実力の人物。それは間違いなく退魔士でとしての力量で格上なのだろう。

 過信しているわけではないがかなり絞られた気がする。しかしまだだ。


「その人は女性ですか?」

「うん、そうだね」


 女性で格上。誰だ。


「俺が会ったことのある人ですか」

「うん、あるね」

「その人は――」


 そこで本日二度目の電子音が鳴る。最後の質問が出来なかったのが心残りだがここまでのようだ。


「もう目星は付いているんじゃないかな?」

「まぁ、一人浮かんではいます。これからもう一度条件に合う女性がいないか確認しますけど」


 見落としがあるかもしれないので時間を置いてゆっくりと確認作業をしたい。すぐに出す必要はないだろうし、なんなら候補を一つずつ潰していけばいいだけの話だ。


(でも最初に浮かんだ人だったら何処にいるのかわからないし、どうしようもないんだよなぁ)


 彼女は根無し草の放浪生活をしていたはず。その彼女を見つけ出して確認するのは難しい。

 それなら他の候補を確認していき、全部空振りに終われば消去法でその彼女の可能性がかなり高くなるはずだ。


「じゃあそろそろ帰ります」

「ゆっくり休むといい。――ああ、そう言えば源三郎さんは元気だったかい?」

「元気でしたよ」


 昨日本部を出てから今までの行動は筒抜けらしい。


 久し振りに一人で京都を訪れたので、前々から行こうと思っていた刀鍛冶の源三郎の元に向かっていた。京都中央付近の山間部に住む源三郎の職場に行くのはなかなか骨で、タイミングが合わないこともあってずるずると時間が経っていたのだが、ようやく泊りがけで行くことが出来た。


「それで村雨は修復出来そうなのかい?」

「いや、無理と言われました」


 良治の長年の相棒だった『村雨』は霊媒師同盟との戦闘中に根元から折られてしまった。短くなってもなんとか使える形に出来ないかと相談したのだが『無理だ。人間に魔族の仕事は出来ん』と断られてしまっていた。


「それは残念だね」

「まぁ仕方ないですからね。とりあえず一振り注文しておきましたけど」

「そう、それは出来上がりが楽しみだね」


 新しい、自分に合った武器。完成が楽しみでないはずがない。以前の村雨よりは落ちるだろうがそれでも十分な業物が作られるはずだ。

 源三郎は代々白神会お抱えの鍛冶師の家系で現在の家長だ。七十を超えているが未だに現役で、彼を超える息子も孫もいない卓越した技量を持っていた。


「ええ。ではそろそろ」

「うん、お疲れ様。いい暇潰しになったよ」

「……それは良かったですね」


 収穫は確かにあったが、疲労感はそれを遥かに超えている。実際に怪我も多く、見える箇所は自分で治癒術を使いながら移動することになりそうだ。


「良治君はこのまま名古屋に寄らず東京に帰るのかな?」

「東京に戻る前に少しふらふらしようかと。気分転換も大事なので」

「うん、そうだね。気晴らしは大事だ」


 基本的に良治が単独で遠出することは少ない。その数少ない機会なので少し気ままに行動するつもりだった。


 普段はどうしても弟子たちや結那、天音たちが傍にいるので行動が制限されがちだ。ストレスとまでは言わないが、心に微妙な負荷がかかっているのは確かで、彼女たちとの関係を続ける為にも気晴らしは必要なことだった。


「じゃあな、和弥。迷惑かけてすまなかった」

「いいよ。なんだ、その事故みたいなもんだ。今度はゆっくり酒でも飲もう」


 事故を起こしたのはもちろん隼人だ。当人を前に事故と言ったが、隼人は笑みを浮かべるだけで反省の色は欠片もない。彼はこういう人間だ。


「ああ。綾華さんにもよろしく」

「おっけ」


 京都本部に来ると疲れることが多すぎる。今度から出来るだけ頻度を落とそう。そう考えるが――


(まぁ、無理だよね)


 なんだかんだ用事や突発的な事件で来ることになるだろう。小さいながらも支部長という役職が恨めしい。


(――さて)


 神刀流の道場を出て、誰にも見つからないように本部の門を抜ける。そして思考を切り替えた。


(あの二人は大丈夫かな)


 優綺は経験こそ足りていないが実質一人前と言っていいと思っている。なのでそこは心配していないがやはり気にかかるのは郁未だ。

 郁未も頭の回転は悪くないが、どうしても実力が足りていない。退魔士の仕事は機転で切り抜けられる状況だけではないので孤立した場合どうにもならないだろう。


(……心配性だな)


 ここで名古屋支部に顔を出す選択肢はある。あるが、良治の姿を見てしまったら二人は気が抜けてしまうかもしれない。それでは成長にならない。かと言って陰からこっそりと見守るとしても見つからない保証はない。そこまでの技術スキルは良治は持っていない。


「誰かが気を利かせて名古屋支部に黒影流の誰かを送り込んでくれると助かるんだけどなぁ」


 影働きと言えば黒影流だ。彼らは暗殺や諜報が本分だが、隼人の護衛をしているのが黒影流継承者ということが示すように護衛もまた大きな仕事の一つだ。


「――まじか。いやまぁ助けるけど」


 背後に一瞬見知った気配。すぐに振り返るがそこにはもう誰もいなかった。

 視界にはまだ京都本部の門が見える。ということはまだ監視内だったのだろう。


 嗅ぎ慣れた残り香が示すのは義妹。しかし彼女自身が名古屋に向かうことはないだろう。そうなると彼女の信頼する誰かか。どちらにせよ助かることに変わりはない。


(相変わらず周囲に助けられてるな、俺)


 今度何か甘い物でも買って来よう。

 そして良治は蒸し暑い大気の中歩き出した。



【源三郎】-げんざぶろう―

鋼屋源三郎。江戸時代より白神会お抱えの鍛冶師となった一族の現家長。息子も孫もいるが追随を許さぬ技量は歴代でもトップクラスと言われている。

生涯で四振りの魔力を帯びた刀を創り出し、それは《四聖刀》と呼ばれている。

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