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新宿デート

 新宿。

 それは首都東京に存在する日本有数の繁華街だ。特に歌舞伎町と言えば誰もが一度は聞いたりニュースで見たりしたことがあるだろう。

 良いイメージだけがある街ではないが、それはそれだけ多くの人が集まれば仕方ない一面なのだろうと良治は思っていた。


 新宿で起きているという行方不明事件。

 警視庁の世良から解決の為の仕事を引き受けた良治は結那と共に新宿に向かうことを決めた。


 しかし彼女に電話をしても出ず、結局準備も必要だったので一度家に戻るついでに彼女の家に行くことにした。こんな時だけは同じマンションに住んでいて助かる。

 鍵は結那と同居している天音に借り、数度インターフォンを鳴らしても出てこない彼女たちの家に入ることになったのだが。


「……はぁ」

「ね、良治そろそろ機嫌直してよ。悪かったてば」


 新宿に到着したのは午後二時過ぎのことだ。

 世良から連絡を受けたのが十時前のことなので四時間ほどが経過している。

 そこまで急いでいたわけではないので、このくらいの時間に来れたなら特に問題はない。ないのだが。


「……はぁ」


 玄関を開けた瞬間襲い掛かられ、そのままベッドに連れ込まれたことに関しては大問題だ。

 最近あまり構ってあげられなかったことは反省すべき点だが、だからといって許してしまっては今後に色々と影響を与えてしまうだろう。


「ごめんてば。もうし……する前にちゃんと話聞くようにするからっ」

「しないとは言わないのな。……わかった、もういいよ。ただ本当に今後は気を付けてくれな」

「うん! ありがとう、良治っ!」

「……はぁ」


 腕に抱き付いてくる結那に聞こえるように溜め息を吐く。だが彼女はなんとも思わないだろう。


 以前、高校生時代は直情的ではあったがもう少し冷静さがあったように思える――と思ったが、仕事中、特に真剣勝負の最中はそのままだ。そうなると良治と付き合いだしてから彼女は変わったのかもしれない。


(良かったこと、だと思いたいな)


 腕に絡む結那を振り払うこともなく駅からゆっくりと歌舞伎町へ歩いていく。男女のカップルなど数えるのも馬鹿らしいほどに氾濫しており、これはこれで街に溶け込むにはちょうどいい。きっと結那は何も考えていないだろうが。


「こんな時間にデートなんて久し振りね」

「まぁそうだな。いつもは真夜中だし」


 目に付きたくない仕事の都合上、そして魔獣や悪霊の活動が増えることも相まって、どうしても動くのは深夜になってしまう。こんな昼間に仕事で出るのはなかなかないことだ。


 昼間の外出ということで、一度自宅に戻った時に同居人に自分も連れて行って欲しいと言われたのだが良治はそれを跳ね除けて、最終的には上手いこと説得してここにいる。

 その同居人とは優綺ではない。彼女はこの時間は高校に通っている。


 優綺とは別の、もう一人の同居人。それは――生方うぶかた郁未だった。

 彼女は三宅島から戻った後、良治の家に住み込みで教えを得たいと、そう頼み込んできたのだ。


 良治としてはこれ以上誰かに自分のプライベートに侵入してほしくはなかったのだが、郁未を既に弟子にしてしまっていること、優綺という内弟子がいること、ウォークインクローゼットが既に半ば彼女の個人的空間プライベートルームとなってしまっている現状と反論し難い状態が形作られていた為、最終的に押し切られてしまった。


 優綺はともかく、そうなってしまった後のまどかたち三人の反応はあまり良くなく、良治からは触れないがおそらく今回の結那の行動もそのことが奥底にあるのかもしれないなと感じていた。


「――二人でいる時に他ののことを考えない」

「悪い」


 デート中に他の女性のことを考えるのは御法度だ。普段気を付けていることだったがつい思考がそちらに飛んでしまい、良治はすぐに謝罪する。


「ほら、行くわよ」

「了解」


 前に出て手を引っ張る結那に逆らわず、良治は少しだけ苦笑しながら彼女と一緒に歩き出した。


 ――結那とあちこち歩いたのは三時間ほどだっただろうか。

 普段しないようなデートに結那のテンションはずっと高く、とても居心地の良い時間と空間だった。

 残念ながら荷物になるので買い物はほとんど出来なかったが、それでも十分に楽しかったと二人で満足したと言えるひと時。


「うーん、これからどうする? 深夜から行動開始でしょ? それまでもう少し歩くの?」

「いや、少し休もうかなと。それなりに歩いたし、少し休憩は取っておきたい」


 新宿の地理を確認することが目的だった為、何処かの建物に入って長時間過ごすことはしていない。それが理由で結那が乗り気だった映画も却下したくらいだ。


 だが今になって考えれば、時間はあったのだし行っても良かったのではと思う。まずはやることをしっかり終えてから自由時間という良治の考え方が若干裏目に出たのかもしれない。


「休憩……じゃあホテ――」

「別に行ってもいいけど絶対に何も――いやだめだ。漫画喫茶まんきつで時間潰そう」


 結局押し切られそうな予感がして訂正する。休憩する為に入って疲れてどうする。仕事前だというのに。


「残念。じゃ、漫喫で。ああ、でもその前に一か所行きたい場所あるんだけど、いい?」












 歌舞伎町から少し新大久保の方へ外れたあるビルの三階に、その店はあった。

 その店の内装や雰囲気は、良治たちが拠点としている上野支部のあるビル、そこに入っているとある店にとても近いものだ。


「――あら、久し振りね結那ちゃん」

「うん。元気そうでよかったわ姉さん」


 その店の奥に通されると、水晶を置いた暗い部屋に座って待っていたのは一人の女性。結那の実姉で結河原ゆいがわらけいと名乗る、関東では名の通った――占い師だった。


 支部のあるビルにいるあの老婆とは違い、慧は真っ当な、本当の占い師だ。いや、もしかしたら語弊があるかもしれない。巷にいる『真っ当な』占い師はそう簡単に、ピンポイントに未来を当てることは難しいだろう。

 だが彼女は違う。条件次第だが、逆に言えば条件さえ合えば確実に未来を見通す力が備わっている。退魔士になれるほどの力を持つ正真正銘の占い師だ。


 今まで良治は慧に会ったことが数回ある。この店に来たことも一度だけあった。だがそれは白神会を抜ける前のことで、この黒髪ロングで見た目は結那に似ているが怪しげな雰囲気を纏う彼女に会うのは実に五年振りになる。


「柊さんもお久し振り。……相変わらずあの彼と同じで見通せないわね」

「生まれつきなものなので。申し訳ないですね」


 紫色のローブに身を包んだ慧が不満そうに言う。真っ当な人間でない者の未来は非常に見え難いらしく、良治は今まで一度も占ってもらったことがない。


「それはそれとして、わたしとすれば現状の結那ちゃんに対する貴方の私生活はいかがなものかと思うのだけど……まぁ結那ちゃんが納得しているのなら口出しはしないわ。でも」

「でも?」

「結那ちゃんを悲しませるようなことがあったなら――わかっているわよね? 私は貴方たちに助けてもらったことがあって、それは今でも感謝もしているし恩も感じてはいるけれど、それは別の問題だから」


 これは占いではなく、結那から直接話を聞いているからだろう。姉妹仲は良く、上野支部に配属になってから一度会っているとの話も聞いていた。姉としては当然の言葉だと思う。


「肝に銘じておきます」

「ん、それならいいわ」


 良治の言葉を予想したらしく素直に慧は頷く。この様子から特に結那から良治への不満はない、もしくは聞いていないようだなと感じられた。

 あとは今後も出来るだけ彼女に、不満を感じさせないような生活を心がけるだけだ。


「姉さん過保護……嬉しいけど」

「あら、ごめんね。でもこれだけは言っておかないとって思ったから」


 微笑み合う姉妹を見て、来て良かったと良治は温かい気持ちを密かに抱いた。









 その後占ってもらうという結那を置いて先に良治はビルの外へ出ることにした。

 占いとはその者のプライベートを曝け出す一面がある。彼がいれば慧は言葉を選ぶだろう。少しでも正しい言葉を、率直な意見を結那は受け取るべきで、その場に良治は必要ない。

 それに時には姉妹水入らずの時間もあった方がいいだろう。


 そう思って外に出たのだが――


「……用があるなら手早く済ませてくれ」


 今出たビルと隣のビルの狭い隙間の路地に立ち、良治は大通りとは逆側の更に狭い路地の方へ言葉を投げた。


「――凄いにゃー。まさかバレてるなんて思わなかったにゃ」


 日没が段々と遅くなって来た季節、まさに黄昏時と形容する陰と陽の間に――その黒い猫は現れた。


 気温が急に下がっていくような冷えた感覚。良治は二度目、正体がわかって尚、左手に転魔石を握る。

 その様子を見て以前と同じ黒猫を模したフード付きパーカーの少女は小さく笑った。


「声をかけるつもりだったんだろう? 気配が漏れていたよ」

「や。ちょっと、偶々たまたま、偶然見かけただけなんだけどにゃー。……でもむしろ、何か聞きたいことがあるのはそっちじゃないのかにゃー?」


 本当に偶然彼女がこの場にいて良治と会った。そんなことは欠片も信じていない。

 こちらをからかうような、試すような視線に良治は思考を走らせる。何故ここで、このタイミングで良治の前に現れたのか。どんな意味があるのかと。


「……そうだな。現在新宿このまちで起きている行方不明事件について知っていることはあるか?」


 良治の口から出てきたのは、結局今回の事件に関することだった。

 それ以外のことも疑問に思うところはあるのだが、それを明確に言葉には出来なかった。


「や。あたしはこの件については関わってないので知らないにゃ。別にずっと東京にいるわけじゃないしにゃ」


 良治の質問は的外れだったようで、黒猫の瞳や態度から嘘を感じられない。ただ例え嘘だったとしても彼女はそれを上手く隠し通せるだろうが。


「ふむ。そうか」


 ――しくじったか。

 苦いものを感じたが、それを出さずに余裕を持った表情で考えるふりをする。精神的に相手を上回らせるような態度はしない方がいい。


「……まぁこんなところで会ったのも何かの縁。あたしの持ってる情報、少しくらいは伝えておくにゃ」

「それは有難い」


 このまま別れることになるかと思っていたので、彼女の気まぐれにも似た言葉は助かることだ。何もないまま立ち去られたら、それこそ疑問だけが残ってしまい余計なことを考えてしまいそうだ。


「そうだにゃー……じゃあ簡単に幾つか。質問は受け付けないけどそれでいいかにゃ」

「大丈夫。問題ない」


 そもそも彼女の言葉を鵜呑みにするつもりはない。

 良治は自分で見た、聞いたこと以外は『数多くある見方の一つ』というスタンスだ。見る者、角度によって意見は変わる。それに見間違えや聞き間違えは時折あるものだ。


「や。じゃあまずは名古屋支部でちょーっとごたごたが起こりそうな気配」


 その話は噂レベルだが聞いた気がする。実際に何が理由で、誰がということは知らないが。


「次にあのなだれさまの治める霊媒師同盟。なんとか纏まりつつあるみたいにゃ」


 あれから崩と連絡は取っていない。それが事実なら良いことだ。


「最後に、『あの』問題人物の宮森成孝なりたかが石川支部に左遷とばされたんだけど、石川支部そこでも相変わらずで荒れてるみたいにゃ」

「あの人は……」

「まぁあんな人だしにゃー」


 二人で溜め息を吐いて苦笑いを浮かべる。どうやら良治と黒猫の考える成孝の人物像はそう違いはないらしい。


(まぁ口だけで大したこと出来る実力も、大それたこと考えつく頭もないだろうしな)


 石川支部の者たちが可哀そうだが、あれはそういう人間だと思ってもらう他にない。


 良治個人としては、問題を更に起こしてそのまま引退してくれないかなという願望もある。それくらい良治にとっては邪魔な、余計なことしかしない人物だ。組織にとって有益な人物にも思えない。


「それじゃあ、またにゃ。次からはあんまり警戒しないでほしいんだけどにゃ」

「黒猫さんの胡散臭さがなくなったら警戒は解きますよ」

「や、それは無理かにゃー――おっと。じゃ、あたしはこれで」


 別れの挨拶と同時に背中を向けると、あの黒い数珠を取り出して挨拶を返す間もなく姿を消してしまう。


「――あれ、今誰かいた?」

「……なるほど」

「え?」

「いや」


 素早く撤退した理由は結那だ。良治は気付かなかったが彼女は気付き、姿を見られたくなかったのでそそくさと消えてしまったらしい。仕事柄出来るだけ目撃されたくはないのだろう。黒影流らしいとも言える。


「……もしかして、また女の子?」

「まぁ女の子と言えば女の子、かな。ただそういうんじゃないから。絶対に」

「ふーん、まぁいいけど。じゃ、漫画喫茶で休憩?」


 あまりよくなさそうな雰囲気だが、それを理由に仕事を停滞させたりはしたくないようで安心する。

 そうなれば良治も自分に非がないので言い返したくなってしまう。それが避けられただけで有難いことだ。


「ああ。じゃあ行こうか彼女さん」

「――うん、彼氏さん!」













 ――良治は以前、半年ほどだが新宿近辺に住んでいたことがある。


 そろそろほとぼりが冷めているだろうと思って、三年振りに気まぐれで戻って来た東京。その時もそれまでと同じように日雇いの仕事をしながら、休みの日には放浪生活中に趣味となった麻雀をする日々を過ごしていた。


 借りたマンスリーマンションから徒歩圏内に幾つもの雀荘がある新宿周辺は彼にとって良い環境だった。睡眠を取りたい時、昼夜問わず喧騒が聞こえるのも仕事が不規則な彼にとっては慣れたものでそこまで煩わしいものではない。総合的に見て、良治は新宿を悪くない街だと思っていた。


 彼が彼女に逢ったのは新宿に住み始めてから二週間後のことだった。

 ようやく安定して仕事が出来始め、周辺の雀荘の開拓を始めた頃。とある雀荘で店員をしている彼女と、出逢った。


 切っ掛けは良治の帰るタイミングと彼女のシフトの上がる時間が偶々合ってしまったことだった。なんとなく雀荘のある雑居ビルのエレベーターを一緒に降りて、歩いていく方向が同じだった。

 ただそれだけのことのはずだったのだが。


 横断歩道で信号待ちをした彼に、その彼女は『良かったらご飯とか、どう、ですか……?』と声をかけたこと。それから二人の関係は進んでいくことになり――ひと月後には付き合うことになっていた。


 良治はマンスリーマンションを解約し、一人暮らしをしていた彼女の家に転がり込み、放浪生活で初めての、唯一の幸せな時間を過ごすことになったのだが、それは長続きすることはなかった。


 付き合い始めて五か月後、彼と彼女は別れることになり、彼は再び東京を離れることになる。

 良治にとって新宿は良い思い出も悪い思い出も存在する、忘れられない街だ。


「――おはよ。そろそろ時間よ」

「……了解。ありがとう結那。あとおはよう」


 良治が昔の夢から目を覚ましたのは薄暗い漫画喫茶の一室だった。

 小声の結那に同じ声量で答え、良治は身体を起こす。髪の毛を触るが寝癖などはついていないようだ。


 彼女の横で寝ていたのに、昔の彼女の夢を見たことに罪悪感を覚える。今まで一度もそんなことはなかったというのに。

 これは新宿という街が見せたものなのか。


「……この事件終わったらまたデートでもするか」

「良治、それ死亡フラグっぽい……でも嬉しいからするけど」


 意図して言ったわけではないが、確かにそれっぽく聞こえて、良治は漫画やアニメの登場人物の気持ちが少しだけ理解出来た気がした。



【占い師】―うらないし―

色々な方法で運勢や未来などを視てアドバイスをする者の総称。占う方法は千差万別な為、嘘や適当なことを言っても雰囲気さえあればなんとかなることもあり、そういう自称占い師も巷には多い。

本当に占いが出来る者もいるが、明確に未来を探ることがその中でも一握り。

それが周囲に広まると良からぬことを考える者も出て来るため、噂にならないように目立つことを嫌う占い師も多い。

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