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血縁関係

「さすが死霊術師ということでしょうかね」

「死んでも化けて出るとかホント恨み買ってるな……」


 石造りの地下室で良治は志摩なだれと二人で瘴気の塊から悪霊となった真鍋と対峙していた。

 真鍋の死体は近くにあるが、瘴気に触れたせいか既にどす黒く変色している。あまり見たくはないし邪魔なのだが、今はそれどころではない。


「かなり強力な悪霊ですね。自分が死んだ時のことを考えて何らかの処置を施していたのでしょうか」

「その可能性は低いんじゃないかと。あいつが自分が死んだ後のことなんて考えてたわけないと思いますよ」

「確かに。出来るだけ生に執着する方が合ってますね」


 少し皮肉交じりに笑う崩。こうして見ると確かに年相応に思える。

 初対面で感じた、高めに見積もって高校生という認識を改めることにした。


「さて、来ますね。崩さまは出来るだけ距離を取ってください。瘴気アレに触れたらただじゃ済みません」


 並の悪霊なら触れても大した影響は受けない。気分が悪くなったり体調を崩す程度だろう。しかし目の前のあれは瘴気の密度が段違いだ。魔界に住む悪霊と同レベルの瘴気を感じる。物理的にもダメージを負うだろうし、身体が瘴気に侵されれば致命傷だ。


 お世辞にも崩は戦闘向きには見えない。実戦もしたことがあるかどうかといったレベルに見える。周囲がそんな危険な真似を許すとも思えない。


 ここで彼女を失うわけにはいかない。それが登坂との約束だからだ。


(こんなにきっつい状況になるとは思わなかったけどな)


 まさか自分一人の働きで全てが決まるような、そんな追い詰められた状況に笑えてくる。

 ここでの結果によって今後の霊媒師同盟の命運が決まる。登坂やバスを手配してくれた鮭延、この地下室まで誘導してくれた女性も含めてだ。


 じりじりと少しずつ横に移動をする。悪霊の意識が良治の方に向いていることを確認して、悪霊と崩の距離を離していく。

 崩を守りながら戦うのは難しい。ならば悪霊の攻撃範囲から引き離した場所で一対一に持ち込んだ方が勝率が上がる。


 悪霊の大きさは良治の倍くらいある。それでいて瘴気の密度もかなりのものだ。

 半魔族化している良治とはいえ、普通の斬撃では決定打になり得ないだろう。

 詠唱術ならそれなりのダメージは見込めるが、さすがに戦闘するには狭い室内では難しい。攻撃を避けながら詠唱するには集中力が散漫になってしまう。


(――ああもう、半魔族化だけでも奥の手だってのに)


 良治は奥の手を幾つも用意していたいと思っている。

 

 退魔士としての奥の手は、近接型なのに使える『詠唱術』だったり、メイン武装の刀以外にも高水準で扱える他の武器だったり、そして使用すれば身体に反動が来る『半魔族化』だったりする。

 他にもあるが、今良治が考えていることはある友人が最も得意としていたものだ。


「――ッ」


 悪霊の腕が黒い錐のように尖り、良治の立っていた場所に穴を開ける。

 防御障壁でも防げるかは五分五分か。大きく避けながら思考を調整していく。

 今度は両腕が同時に、狙いを微妙に変化させて地面に突き刺さる。

 後ろに下がって躱すと悪霊が一気に突っ込んできた。


「っとぉ!」


 悪霊がスピードを緩めずそのままの勢いで壁に激突。だが――


「ッ!」


 ぶつかったのを見て足を止めた良治に瓦礫の隙間から黒い錐が伸び、左足のふくらはぎに突き刺さった。


(まずった……!)


 すぐに錐は引っ込んで本体に戻る。良治も力を足に集中して血を止めるが、機動力が大きく損なわれたことは確かだった。

 血を止め痛みを堪えても、そこに穴が開いていることは変わらない。筋肉や神経にダメージを負った事実は変えられない。


 こちらが不利だ。このままだと錐だけならともかく本体が突っ込んできたら次の攻撃を躱せない。


(仕方ないな)


 本体ごと突っ込んで来い。そう良治は願った。

 それなら動かなくても間合いに入って来てくれる。そこを奥の手で迎撃すれば相討ちに持っていけるはずだ。

 足はまだ動くが、それほど持つわけでもない。全力で走れば一回か二回が限度だ。


 悪霊が突っ込んでくる選択をするまで待ってくれればいい。


「――?」


 そう覚悟を決めた良治の視界に入ったのは壁際の悪霊ではない。

 少し離れた場所からゆっくりとこちらに歩いてくる、霊媒師同盟の盟主の姿だった。

 悪霊も近付いてくる気配に気付いたのかその狙いを彼女に変更し、腕を錐にして伸ばした。


 だがそれを彼女は意に介さなかった。

 周囲の空気が塗り替えられるような荘厳な雰囲気を纏った彼女は、胸の前で合わせた手を悪霊に向かって静かに広げた。


「止まった……ッ!?」


 悪霊から崩に放たれようとしていた錐が途中で止まる。

 だがそれはギリギリの拮抗状態のものだとすぐに理解した。ほんの僅かだが、少しずつ崩に近づいていく。

 崩は手を広げた体勢のまま動かない。動けないのかもしれない。


 それなら良治のやることは一つしかない。

 まだ足は動くのだから。


「はあぁぁぁぁぁッ!」


 風を纏った左右の小太刀が一撃ずつ交互に悪霊身体を切り裂いた。

 十字を刻まれた悪霊の身体が段々と薄くなっていく。


和弥あいつには負けるが、俺にも一瞬なら出来るんだよ――!」


 それは、今は京都にいる友人の最も得意な、言わば必殺技だ。

 『退魔剣』と呼ばれる、武器に術を上乗せさせるという誰もが考えそうで、一握りの退魔士にしか出来ない高等技術。しかも発動中常に大量の力を消費し続けるという難物だ。

 何よりもセンスを求められる退魔剣。和弥はこれを戦闘中ずっと維持できるという類稀なセンスと底なしの力の量を併せ持つ、本物の『英雄』だ。


 良治には彼のようなセンスも大量の力も持ってはいない。

 だが、それでも和弥に負けたままでいいと思ったことはなかった。

 ほんの数秒、だが本当に必要な数秒具現できればいいのだ。


 霧散していく瘴気。その中に微かに核のようなものを感じ取って、良治はそれを無感情に薙いだ。


 そして、残っていた瘴気は完全に消え、地下室には静寂が取り戻された。


「……終わりましたね」


 少しだけ呼吸の乱れた崩がいつの間にか傍に来ていた。

 良治は半魔族化を解いて彼女の方へ顔を向ける。これ以上変化していては命に関わる。解くと同時に大きな虚脱感が襲うがまだ倒れるわけにはいかない。


「それにしても悪霊を縛る術があるなんて。さすがですね」


 崩の術は見たことがないものだ。良治の知識の中にもないということは霊媒師同盟特有のものかもしれない。


「これでも霊媒師同盟の盟主ですから。でもそれを言うならあなたもでしょう、《黒衣の騎士》さん。噂に違わぬ実力でした」

「その呼び方は勘弁してください。昔は気にならなかったんですが、今はもう恥ずかしいので」


 昔はちょっとかっこいいかなとも思っていたが、一般の世界に混じってから冷静に考えてみると恥ずかしい気がした。

 退魔士の世界ではいわゆる本物の武器や魔法に分類されることが日常的なので、そこまでおかしい表現ではないのだが。


「私も《天界の代弁者》なんて大仰な呼び方されてちょっと恥ずかしいんですよね。お互い呼ばないということならいいですよ」

「ではそれで……っ」

「柊さまっ!」


 他愛のない話で笑い合う。少しは仲良くなれた気がした。そう少し気が緩んだ瞬間、体力を使い果たしたせいか口から血が漏れ出る。

 久し振りの感覚に一瞬動揺するが、それ以上におろおろする崩を見て落ち着く。誰かが自分よりも動揺していると何故か冷静になれた。


「ああ、大丈夫です。ちょっと疲れただけですから。それより救助を呼んでくれませんか。俺がやるより効果があると思うんで。あともう戦う必要はないと」

「……わかりました。柊さまは休んでいてください」

「さまはちょっと……」


 最後の言葉が届いたのかわからないが、崩は石瓦礫の積まれた階段の方へとてとてと小走りで向かうと大きな声を出して呼びかけた。


「真鍋は倒れましたぁ、今すぐに戦闘をやめなさいと伝えてくださいぃ!」


 大きな声といってもそんなに大きくない。小柄な女性ということを考えれば妥当なところだろう。

 良治は指先から力を風を起こし、声が向こう側に届くように少しだけ手を貸した。今の良治ではこれが精一杯だ。


「……ありがとうございますぅ!」


 どうやら向こう側に届いたらしい。向こう側も向こう側でこちらを気にしてくれていたようだ。

 よく考えてみたらこちらにはトップである志摩崩が閉じ込められているので当たり前だ。そこに行きつくまで時間がかかるほど良治は疲弊していた。


 壁に背を預けポケットから携帯電話を取り出す。期待はしていなかったがやはり圏外になっている。結界の影響か地下室だからなのかはわからない。どっちが原因にしろあまり変わらないが。


「……あの、唐突に申し訳ないのですが……失礼します」

「え、あの……?」


 胸元に触れる志摩崩。しばらくすると良治の顔を見上げる。長いまつげが揺れるのが見えた。

 幼く見えるが美少女に見つめられると緊張する。最近こんなことが多い気がするが慣れるものではない。


「あの唐突で本当に申し訳ないのですが、たぶん……柊さまは私の従兄妹なのではないでしょうか」

「え?」


 目の前の美少女は何を言っているのだろうか。

 今良治が疲れて思考が回らないことを差し引いてもよくわからないことを彼女は言った。


 従兄妹。これはわかる。父か母の兄弟の子供だ。一般常識と言っていい。

 だが崩と良治が従兄妹。これが理解できない。


「こう、魂の感触が私や母と似ている気がして。勿論魔族としての以外のことですが……私の伯母、つまり母の姉は魔族との子を設けたと聞いたことがあるんです」

「……それで俺がその子だと? 言っては何ですが、少々安直かと」


 確かに良治の父は魔族だ。だがそれを彼女に言ってはいない。彼女に繋がるような人物にもだ。

 先ほど半魔族化したことが魔族との混血だと判断したということなのだろう。しかしこれだけでは親のどちらかが魔族かはわからない。彼女の当てずっぽうがたまたま当たっただけかもしれない。


 ここに来るまでに、登坂や鮭延に言われたことを思い出す。

 良治の目が志摩崩に似ていると。それは即ち二人に血縁関係があったからではないか。


(可能性はある……どころか高いな。でも)


 簡単には認められない。認めることはとても危険な予感がする。


 良治の昔の記憶、とても小さい頃の記憶の一つに雪景色がある。 

 矛盾はない。良治が志摩崩の従兄妹だということに。

 だが立場上認めていいのだろうか。今後のことを考えたら素直に認めることは危険が気がする。

 そもそも証拠がない。良治は突っぱねることにした。危ない橋は渡れない。


「ではあともう一つ。柊さま、お母上の名前はご存知ですよね。それを言えたら信じてください」

「……わかりました」


 突っぱねたいが今の良治は身動きが取れない。

 だがそれとは別に、ここで本当に答えられたなら自分の出自が判明することになる。それは抗いがたい誘惑だった。


「私の母の姉、つまり伯母さまの名前は――『志摩夕海ゆみ』。間違いありませんね?」


 初めて母の名を聞くのがこんな場面だとは。

 それも血の繋がりのある人から聞けるとは。

 良治は泣きだしそうになる。

 自分の生まれた場所がわかることが、母の名を聞くことがこんなにも嬉しいことなんて知らなかった。

 その響きだけで全て投げ出して泣き崩れそうだった。


「……認めましょう。俺の母の名は確かに夕海で間違いありません。でも崩さま、それを公式に認めてしまうと色々と問題が起こる可能性がありますので。今、崩さまと二人だけだから言ったこととご理解ください」


 泣き出すわけにはいかない。今後の霊媒師同盟との関係がまだ残っている。

 とてもとても嬉しくて叫び出したいくらいだが、それとこれとは別の問題だ。


「特にあるとは思いませんが……」

「あるかもしれないからやめておきましょう、というお話です」


 弱味は今出さない方がいい。それこそ良治が完全に白神会に戻る材料にもされかねないのだ。踏み止まることが懸命な判断だ。


「……では今ここには誰もいないので、お兄さまと」

「……何故に」


 また思考が止まりそうになったが今度はすぐに戻る。

 お兄さまなんて呼ばれたことはない。養子を引き受けてくれた柊家に義理の妹はいたが彼女は別の呼び方をしていた。


「従兄妹、つまりは柊さまは兄のような位置になりますので」

「いやいやいや。というか柊さまはやめてください」

「では良治さまで?」

「さまが変わってませんよ崩さま。そういうのはダメです。……っと」


 これ以上会話を続けても崩が折れる気がしない。

 身体を離して立ち上がろうとするが、すぐに眩暈がしてうずくまる。まだ全然ダメージが回復していない。数分座っていただけなので当然だ。


「無理をしないでください。ほら、横になって」

「く、すいません……ってちょっとっ」


 この展開は知っている。つい昨日同じことを天音にされたばかりのことだ。

 つまり、膝枕。


 起きようと抵抗してみるが力が入らない。

 ここでこれ以上じたばたしてもどうしようもないなと諦めて、良治は大人しくされるがままになることにした。誰が見ている訳でもない。瓦礫がなくなる前に起きればいいのだ。問題ない。


「まだ助けが来るまで時間がかかりそうですし、ゆっくりしていてください。辛いのでしょう?」

「……すいません、少し休みます。もし眠ってしまったら誰かが来る前に起こしてください。お願いします」


 もし誰かに見られたら何があるかわからない。霊媒師同盟のメンバーに見られたらそのまま殺されそうだ。ここでようやく登坂の言っていた彼女の人気という言葉が理解できた。

 小柄で可愛い黒髪の少女。男女問わずに人気が出るに決まっていた。


「はい、おやすみなさい」


 その言葉を聞いて良治は目を閉じる。

 ――意識だけは保っておこうと思っていたが、彼の意識は容易く暗闇に落ちていった。








「――!?」


 殺気。これは殺気だ。それも強力で強大な、すぐに飛び起きなければ命を奪われかねないほどの――


「……あれ?」


 跳ね起きて両脇に納刀してあった二本の小太刀を抜こうとした良治はそこに小太刀がないことに焦った後、目の前でまるで仁王のように立つ勅使河原結那の姿に戦慄した。


「――ねぇ良治……人をこんなに心配させて、頑張って助けに来てみれば知らない女の子の膝枕ぁ……?」


 まずい。これはまずい。さっき感じた殺気が冗談じゃ済まない雰囲気だ。背景に『ゴゴゴゴゴ』という擬音が見える気がする。


「いやいやいや。本当に体力尽きてたんだって。助けてくれてありがとう結那。本当に助かった」

「え、あ、ちょっと……うん。どういたしまして……」


 軽く抱きしめて頭を撫でる。それだけで結那の怒気が消えていくのがわかる。

 命拾いしてほっとした良治だったが、視線の先にむっとしている崩の姿を見てこっちはどうしようかと悩む。だが正直何も出来そうにないのでそのままスルーすることに決めた。


「――初めまして、霊媒師同盟・盟主の志摩崩です。貴方は柊さまの恋人ですか?」

「違います」

「そんなに即答しなくても」


 結那が答える前に口を挟む。

 面倒なことは出来るだけ回避したい。例えそれが無理なことだとしても努力はしたい。


「違うから問題ないだろうに。さて、後始末をしないとな。

 ……崩さま、霊媒師同盟の皆さんを何処か広い場所に集めてください。結那、こっちも同じ場所に集めてくれ。ああ、怪我人は治療を最優先で」

「はい。では大広間に集めましょう。いろは、指示は貴女に任せます」


 地下室には結那の他に何人もの人が来ていた。

 白神会は結那だけで、残りは霊媒師同盟、瑠璃のメンバーだろう。全てが女性だ。その中に一人だけ知った顔を見つけて良治は安堵した。


「はい、かしこまりました。……すいません、全ての作業を中止して全員を大広間にお願いします」

「じゃあ私も行ってくるわね」

「あ、ごめん、結那。ちょっと待って。いろはさん、申し訳ないのですが白神会のメンバーにも同じことを伝えてください。もし従わなかったら無理強いはしなくていいですので」

「了解致しました」


 いろはは手近に居た女性に追加の指示を出して皆を散開させる。この地下室に残ったのは良治と結那、崩といろはの四人だけだ。

 目をやると確かに石の残骸は人が通れるくらいの隙間が出来ている。


「先程はサポートありがとうございました」

「いえ、お力になれたようでなによりです」


 まずはここに来る前に言い忘れた礼をいろはに伝える。彼女のお陰でここまで来れたようなものだ。利害は一致していたとはいえ感謝の言葉は必要だ。


「知り合い?」

「侵入したときに世話になってな。まぁそれよりもこれからどうするか……電話って通じます? 結界とか」


 真鍋を倒したあと脱出しようとして圏外だったことを思い出して確認する。


「結界はしばらく前に消えてるわよ」

「この場所は電波が入り難いので、ここを出てからの方が良いかと」


 どうやら圏外だった理由は両方だったようだ。無理なはずだ。


「じゃあ出ましょう。結那、隼人さんか綾華さんの番号わかるか」

「綾華さんならわかるわよ」

「悪いがケータイ貸してくれ。結那の番号からの方がいいだろう」

「そうね。はい」

「さんきゅ」


 仕事が終わってまずすべきことは上司への連絡だ。厳密には違うが、責任者というか組織の上の人間には連絡すべきだ。後々問題になっても怖い。


 地下室を出て大きく深呼吸をしてから電話をかける。

 建物内には血の匂いがしない。それだけでなんとなくほっとできた。


「――はい、結那さん?」

「お久し振りです、柊です」


 コール一回で出た辺り、そろそろ終わるかと予想を付けていたのだろうか。頭の切れる綾華ならあり得る話だ。


「ああ、良治さん。お久し振りです。ここで貴方から連絡ということは、もう終わったんですか?」

「はい。黒幕は元黒影流の真鍋、討ち取って幽閉されていた志摩崩さまを助けたとこです。あとは誰に任せればいいですか」


 簡単に説明をする。ここで自分の仕事は終わりだ。

 事後処理は組織同士の話し合いも含まれるので、どうしても良治には無理だ。これ以上関わると深みに嵌りそうだと思っているのもある。


「そうですね……ですが良治さんが一番適任なのでは?」

「それは……どうですかね。長い間離れていたので判断できませんので」

「わかりました。では良治さんお願いします」


 綾華は引く気がない。『わかりました』と『お願いします』が明らかに繋がっていない。

 ここまで来たんだから最後まで全部、ということらしい。

 押しが強くなったのは組織の上の方に行ったことが理由かもしれない。


「……はい、わかりました。それで霊媒師同盟とか志摩崩さまはどうしたら? 特に何もないなら俺が勝手に纏めちゃいますけど」


 もうどうにでもなれ。そんな気持ちになりつつある良治は、自分に投げるなら勝手に色々決めちゃいますけど、とそんなニュアンスを含めて綾華に投げ返す。


「ちょっと待ってくださいね……はい、それでいいです」

「え、本当に?」


 だが返ってきたのは更に予想以上のものだった。


「はい、兄さんと和弥の許可は取りましたから。お任せします」

「ほんっとに、さすがにどうかと思いますが……まぁいいです、わかりました。あ、近々京都に行くと和弥に伝えておいてください」

「わかりました。食事とお酒を用意して待ってますね。それでは後始末お願いします」


 そして電話が切れる。ツーツーという電子音が酷く虚しさを感じさせた。


 この組織はどうしてこんなにも適当なのだろうか。悪い意味で。

 綾華がしっかり運営していると思っていたが、今回のことに限って言えば特に何もしていない気がする。良治の報告を聞いて現場の判断に任せただけだ。

 その方が現場としては気は楽だが、最初から言って貰えないとストレスが溜まる。そもそも良治は部外者なので早く組織側にやって欲しかった。


 綾華は上に行って変わったと思ったが、もしかしたら違うかもしれない。単純に人の使い方を覚えただけ。そうかもしれないが良治的に負担は変わらない。


 良治は大きく溜め息を吐いた。


「……さて、何故か俺が後始末をすることになったわけだが」

「何故かもなにもないでしょうに。良治以上に出来る人材がいないのよ」

「あれから五年も経って、なんで育ってないんだよ人材」

「それは和弥も綾華さんも言ってたわよ。とりあえず今回はお願いね」

「はいはい」


 人材不足は各支部の状況を見てきてわかってはいたがここまでとは。何らかの対処は必要だ。今回の件の報告と一緒に投げておこうと決めた。


 大広間方へ歩きながら頭を巡らす。この件の落としどころは何処だろうかと。


「それで、霊媒師同盟はどうなるのでしょうかお兄さま」

「……お兄さま?」


 崩の言葉にピクリと反応する女性が一人。消えていた殺気がまた揺らめき立つ。この問題を忘れていた。


「あの、崩さまそれは」

「ここは公式の場ではないですし」

「ね、良治。どういうこと?」


 こっちを見る結那の視線から殺気が収まっていて安心したが、今度は真顔で淡々とした口調が怖い。


「あー、あんまり時間ないからざっくりな。たぶんだけど、崩さまの母親が俺の母親の妹だと思われる。つまりは従兄妹だ。それでそんな呼び方をされている」

「従兄妹? ほんとに?」

「あくまでたぶん。証拠があるわけじゃない」


 そう、あくまで状況証拠しかない。

 彼女が良治の母親の名前を言い当てたことしかない。


「証拠は柊さまのお母上の名前を知っていたことがあるじゃないですか。それはどう説明なさるのですか?」

「……まぁ、そういうことだ」


 逆に違うという証明も出来ない。その証明は無理だ。良治自身が自分の出自を知らないのだから。


「なんか、もやもやするけど。まぁいいわ。で、どうするの」

「どうするかね。もう戦争になって、それに負けた霊媒師同盟と崩さまをどうするか。悩ましい」

「落としどころに迷うわね」


 本当に難しいことだ。組織同士の抗争など良治たちが高校生の頃以来のことだ。

 あの時は相手組織のトップを討つことで収束したが、あの時とは違って霊媒師同盟には平たく言えば領地があり、盟主の志摩崩が生き残っている。こうなるとこの東北地方をどうするかという問題からは逃れられない。


「……いっそのこと俺が崩さまに婿入りして裏から支配して――いや嘘だから。冗談だから結那」

「……ふんっ」


 なんとなく思いついたことを口にするが結那の顔を見て止める。

 毎回殺気を向けられて喜ぶ趣味はない。


「え、冗談なのですか? 私はそれでも」

「さて、そろそろ急ぎましょうか。――崩さま、命だけは守りますがそれ以外のことは覚悟なさってください」

「――はい」


 崩の言葉を聞こえない振りをして、これから話さなければならない現実的で残酷な覚悟を迫る。

 話を無視されて少しばかり不満そうな崩だったが、これから起こることに思考がいったのか表情が引き締まった。これが霊媒師同盟の盟主としての顔なのだろう。


 良治はゆっくりとその扉を開いた――


【天界の代弁者】―てんかいのだいべんしゃ―

代々霊媒師同盟盟主・志摩崩が継承する二つ名。

他の霊媒師たちとは一線を画すその技量、技術故に幼くても尊敬に値することが多い。

実際にこの二つ名で呼ばれることはほとんどないのは、本人は呼ばれるのがとても恥ずかしいからという話もある。

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