惜別の調べ
西田秋水は砂嵐のような旋風の中心に向かって、辛うじて進んでいた。南守山中学校の校門前は瓦礫の山と化し、大災害を思わせる……正にカオス状態であった。
「ティケ――――――!!」
「秋水殿、もうこれ以上近付くのは危険だ」
カゲマルでも突風に目を開けていられない状況なのに、秋水では視界ゼロに等しい。
「カゲマル、ありがとう……。もうここまでで十分だ。忍者の君なら脱出できるだろう」
「……なんだ水くさいな~。一緒にやってきた仲じゃないか。最後まで俺はつき合うぜ!」
ワイバーンが暴れていた場所には、不透明な巨大シャボン玉が空中に浮かんでおり、台風の目のようになっていた。
「あれは、一体何だろう?」
「多分、結界魔法の一種だろうな。ワイバーンの囲い込みにティケ殿は成功したのか」
視界が悪くてはっきりとはしなかったが、有り得ない場所――新校舎の屋上に制服姿の人影が見えた。ドラゴンメイスは持っていないが、彼女に間違いない。
「ティケ! あんな所に」
「ヤバい、ヤバすぎるぜ、これは……。聞いた事もない最終奥義的な、呪禁系の魔法を詠唱する流れだ……」
「何? 呪禁系……?」
ティケは常人には発音すらできない言語で、古代の闇魔法を完成させようとしていたのだ。
渦巻く風と多彩な光の流れが、魔法使いの胸の前にできた不可視な焦点に向かって凝縮されてゆく。
全ての時間が止まったかのように、魂が凍てつく一瞬が訪れた。
女性らしい姿からは似つかわしくもない、絞り出すような絶叫。
「――我が身と心よ、すべからく引き替えとすべし!! 極大爆裂魔法…………Царь-бомба!!」
筆舌に尽くしがたい衝撃と振動。それに先立つ身を焦がすようなフラッシュ光!
球体の結界内で大爆発が発生し、ワイバーンが超高熱に炙られて炭化してゆくのが影絵のように透視できた。
だが核兵器並みのエネルギー量に結界は保たず、編目の亀裂に覆われたメロン状となってゆく。
同時に魔法使いによって瞬間移動の魔法がかけられた。全ての事象が歪み、輝きを伴いながら収束と消滅の兆候を見せる。
西田秋水はもう見るに耐えられなくなり、背のカゲマルを振り切ると、地響きの震源に向かって飛び出してしまった。
彼方に見える女性の人影は、輪郭のシルエットだけを残して徐々にフェードアウトしていくよう。
「秋水殿! よせ!」
「行くなあああ! ティケ!」
彼は狂ったように新校舎に向けて駆け出す。
どれほど必死に走り続けたのだろう。
気付けば竜巻レベルの烈風が、人間の体をゴミと同じに吹き飛ばす。
まるで吸い込まれるように空中に投げ出された秋水は、己の限界まで手を伸ばした。
何と彼女まで、あとほんの僅か数メートル。
「――秋水!!」
ティケも声のする方へと振り返ると、細腕を彼に向けて差し伸べてきた。
スカートの裾は、解れんばかりにはためき、銀髪が流線型に風の流れをトレースする。
2人の視線は何とか合った。
お互いの眼は大きく潤んで、ほんのりと輝きを増すのが感じられた。
何という劇的な笑顔に満たされた瞬間なのだろう。
指先が……、手が触れるまで、あと僅か数センチ……。
だが残酷な運命は、容赦なく男女を引き裂いた。
ティケはまだ爆発の頂点を越したばかりの球状結界ごと、キラキラと輝く粒子を帯びながら、街から瞬間移動してしまった。
「……うわあああ!?」
悔しさと絶望の思いの中、西田秋水も飲み込まれるようにブラックホール状の虚無へと吸い込まれてゆく。




