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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
第三章

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91.痛む心


「へ、陛下……私とオズウェルドに関係があると、今、そうおっしゃいましたか……?」


 アイリスが目を見開きながらそう尋ねると、ローレンは表情ひとつ変えず、なんてこと無いようにこう答えた。


「……お前が目を覚ます前に、ライラから聞いた」


 そう言ってローレンがライラを見遣ると、彼女はハッとしたように慌てて胸の前で手を合わせ、謝罪のポーズを取った。


「ごめんなさい、アイリス。まずかったかしら?」

「ううん。元はといえば、陛下にちゃんと説明してなかった私が悪いんだから」


 本当は秘密にしておいて欲しかったが、こうなっては仕方ない。アイリスは潔く諦めてローレンに謝罪することにした。


「陛下、黙っていて申し訳ありませんでした。休戦状態にあるとはいえ、この国と対立関係にあるオズウェルドと、この国の王妃が師弟関係にあるというのは、隠し通したほうが良いかと思いまして……」

「別にお前が謝ることではない」


 アイリスの言葉に、ローレンは変わらず無表情でそう返しただけだった。彼はこの話題には既に興味を失っているようだ。特に怒っている様子もないので、アイリスはひとまずホッとする。


 話の腰を折ってしまったので、アイリスは話題を戻しがてらライラに尋ねた。


「ライラ。私は今後、どうすれば良いのかしら。エリオットに利用されないために」

「そうね……困ったことに、エリオットが次に取る行動がわからない以上、対策の仕様がないわね。とにかく、彼の居場所の特定を急ぐわ」


 ライラが深刻な表情でそう答えると、眉根を寄せたローレンが口を開く。


「……アイリス。お前の自由を奪ってすまないが、しばらくは俺の目の届くところにいてくれ。極力王城の中で過ごすか、外に出るとしても学校くらいにしておいてくれると助かる」

「……わかりました」


 彼が酷く苦しそうな表情でそう言うものだから、アイリスも胸の奥が強く締め付けられる思いがした。そしてどうしても、こんなことを思ってしまう。


(結局私は、どこに行っても自由になんかなれないのかもしれない。そしてどこに行っても、居たら迷惑ないらない子なのかもしれない――)


 アイリスが思わず俯くと、ライラがそばに寄ってきてそのまま抱きしめてくれた。


「アイリス、大丈夫。みんなが絶対、あなたのことを守るから」

「ライラ……」

「それと、エリオットが言ってたことは、全部気にしなくていいからね。あいつはそうやって、人の心を弄ぶのよ」


 ライラのその言葉に、アイリスは心の中に刺さっていた棘が少し取れた気がした。

 自分では気にしていないつもりだったが、やはり心の奥底にはエリオットの言葉が引っかかっていたようだ。誰かに気にするなと、言って欲しかったのかもしれない。


 するとライラは、ゆっくりとアイリスから離れると、怒ったように眉根を寄せた。


「本当に嫌な奴だわ……次に見つけたら、絶対に殺してやるんだから」

「……ありがとう、ライラ」


 彼女がサラリと物騒なことを言ったのが少しおかしくて、アイリスはようやく表情を緩めることができた。


「じゃあね、二人とも。何かわかったらまた連絡するわ」


 ライラがそう言って手を振ると、アイリスが次に瞬きしたときにはいつもの寝台の上に戻っていた。隣を見ると、ローレンも同じく目を覚ましたようだ。どうやら夜明けが近いようで、部屋はうっすらと明るくなっている。


 アイリスは先ほどまでの会話を思い出しながら、ローレンの方に体を向けて口を開いた。

 

「陛下、すみません……私の存在が、ご迷惑に……」

「そんなこと、あるわけがない」


 アイリスの謝罪の言葉に、ローレンは少し怒った様子でそう返した。そして彼は、アイリスの頬に触れようと手を伸ばしてくる。しかしすぐに、ハッと気づいたようにその手を止めた。


 アイリスは、ローレンのその行動が、就寝前に自分が彼から顔を逸らせたせいだとすぐに悟った。そして、虚空で止まっていた彼の手を取り、そのまま自分の頬に当てる。


「寝る前は変な態度をとってしまって、すみませんでした。もう、大丈夫です」


 アイリスが微笑みながらそう言うと、ローレンは少し驚いたように目を見開いたが、すぐにとても苦しそうな表情になってしまった。何かまずいことを言ってしまっただろうかと焦ったところで、アイリスはローレンに突然抱き寄せられる。


「陛下、どうし――」

「アイリス、すまない…… 」

「どうか、されましたか……?」

「……お前の身を危険に晒してしまって、本当にすまない」


 そう言うローレンは、わずかに、ほんのわずかに震えている気がした。彼は、自分と結婚したばかりにアイリスが狙われてしまったと思っているのだろうか。


 アイリスは、今は見えない彼の苦しげな表情を脳裏に思い起こす。


(陛下が責任を感じることなんて、何ひとつとしてないのに……そんな苦しそうな顔、して欲しくないのに……)


 アイリスは、ローレンの苦しみを少しでも和らげたくて、彼の背中に手を回しギュッと抱きしめ返した。


「陛下。私に対して申し訳ない気持ちなど、どうか抱かないでください。私はこの国に来れただけで、とっても幸せなんです。陛下には、感謝の気持ちしかないんですから」


 しかし、ローレンはその言葉には答えず、抱きしめる力を強めてからこう言った。

 

「……離婚までの期日を早められるよう努力する」


 その言葉を聞いた途端、なぜか胸がズキリと痛むのを感じた。その痛みは、アイリスの心をじわじわと蝕んでいく。


(どうして……? 離婚できるのは、嬉しいことのはず……なのに……)


 その後、いつもの起床時刻まで散々考えても、アイリスは結局胸の痛みの原因がわからないままだった。


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