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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
第三章

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86.仇


 闘技大会が終わって慌ただしく日々が過ぎていき、ひと月ほど経った頃。季節はすっかり冬になっていた。


 この日アイリスは、レオンとサラと共に、北部地方の山奥で魔物討伐の仕事をこなしていた。この時期の北部地方は冷え込みが激しく、辺り一面には雪が積もっている。


「流石にこの季節の北部地方は寒いですね……ぶえっくし!!」


 レオンは腕をさすりながらそう言うと、盛大にくしゃみをした。すると、彼の意見にサラが同意する。


「ほんとそれ。上着もう一枚着てきたらよかった。アイリスは寒くないの?」

「私の母国は北国だったから、冬の寒さには慣れてるのよ」


 サラの問いに、アイリスは平気そうにそう答えた。


 アトラス王国の冬はこの地方と同じく厳しい寒さに見舞われ、国中が雪に覆われる。子供の頃は雪の時期でも魔物討伐に出かけていたため、足場の悪い戦闘にも慣れていた。


 寒そうに身を縮めている二人を見て、アイリスは苦笑しながら提案する。


「魔物討伐も終わったし、早く帰って温まりましょうか」

「賛成」

「賛成です! ぶえっくし!!」


 二人から即答されて、アイリスはまた苦笑した。

 しかし、転移魔法で王城に帰ろうとしたその時、アイリスは二つの強大な魔力反応を確認した。


「待って。何か来る」


 アイリスはその方向に向けて咄嗟に杖を構える。サラとレオンも同時に気付いたようで、すでに剣を抜き構えていた。


 そして程なくして、魔力の主たちが姿を現した。


「あ、やっと見つけた〜! ねーねー、ギルバート。アイリスって、あのふざけた仮面を被った子?」

「そうみたいだね。さっさと終わらせて帰ろう、ゾーイ」


 現れたのは、小柄な少女と、美しい顔立ちの青年だった。


 ゾーイと呼ばれた少女の方は、紫色の髪をツインテールにしており、頭には二本のツノが生えている。


 そしてギルバートという青年の方は、燃えるような赤い髪にオレンジ色の瞳をしており、こんなに寒い中でも半袖の服を身に纏っていた。鱗に覆われた腕の先には鋭い爪を持っており、トカゲのような尻尾も生えている。


(魅惑のゾーイと、業火のギルバート……)


 アイリスはこの二人の名前に聞き覚えがあった。ドラゴンを転移させた犯人候補として、龍王ヘルシングが挙げていた大魔族の名だ。この二人は反人族派の中でも過激派で、アイリスは師匠からもよく彼らの話を聞かされていた。


 特に業火のギルバートの方は、剣神グランヴィルほどではないものの、かなりの魔力量の持ち主のようだ。レオンとサラの表情にも、緊張の色が見える。


 一方のアイリスは、険しい視線を少女の魔族に向けていた。


(魅惑のゾーイの容貌……)


 この場に大魔族が二人も現れたことよりも、そしてやはり仮面の魔法師の正体が彼らにバレていることよりも、アイリスには気がかりなことがあった。ゾーイの見た目が、以前アベルから聞かされた先王一家殺害の犯人の特徴と一致していたのだ。


 まさかこんな所でローレンの仇かもしれない人物と出くわすとは思わず、アイリスは早まる鼓動を感じながらぎゅっと杖を握り直した。


 すると、ゾーイがアイリスの方を見ながら不満顔で口を開く。


「なんだか随分と弱そうな子ね。あいつも何を焦っているのか知らないけど、自分で捕まえに来ればいいのに」


 仮面の魔法師として闘技大会で本気を見せた後も、アイリスは変わらず魔力の制限を継続していた。魔族並みの魔力量を持つ人物がそこらを歩いていたら驚かれるからだ。そんなアイリスを見て、ゾーイはこちらを格下だと判断したのだろう。


 するとゾーイの言葉に、ギルバートはにこやかな笑顔を浮かべた。


「臆病だからね、彼は。まあいいじゃないか。僕は人間を殺せるなら何でもいいよ。ゾーイは仮面の子を捕まえておいて。僕は残りの二人と遊んでおくから」

「りょうかーい」


 ゾーイとギルバートの会話から察するに、二人は「彼」から依頼され、アイリスを捕まえに来たらしい。

 

 こちらを捕えようとする目的はわからないが、一連の事件に関わっている魔族が裏にいる気がしてならなかった。仮面の魔法師の正体を二人に教えたのが「彼」だとしたら、剣神グランヴィルにアイリスの情報を流した犯人と同一人物かもしれない。


 すると、アイリスを守るように前に立っていたレオンが、振り返らずに言葉をかけてきた。


「アイリス様。今回は俺らだけ逃がすようなこと、しないでくださいね」

「うん。三人で対処しよう。勝てない相手じゃないわ」


 グランヴィルに負けて以降、アイリスたちは三人で特訓を続けていた。アイリスはレオンとサラ相手に近接戦の練習をし、逆に二人はアイリスと手合わせをすることで対魔族戦の練習をしていたのだ。皆が前よりも強くなった今、この大魔族二人を相手にしても、あまり負ける気がしなかった。


 そして、「魅惑のゾーイ」と「業火のギルバート」の戦い方に関しては、師匠である魔王オズウェルドからよくよく聞かされていた。こちらにはそのアドバンテージもある。


 アイリスがレオンとサラに彼らの情報を伝えようと口を開いた時、ギルバートが目を眇めながら唐突にこんなことを言い出した。


「んー? あの銀髪の子が首から下げてる蜂の額当て、なーんか見覚えあるなあ」


 その言葉に、サラがわずかに強張った。


 ギルバートは顎をつまみながら虚空を見つめ、必死に何かを思い出そうとしている。そして程なくして、彼はパッと目を見開くと、なんとも嬉しそうな表情を浮かべた。


「ああ、思い出した! 何年か前に俺が潰した里の奴らが、同じ物を付けてたな! 全員燃やしたと思ってたけど、君は生き残りかな? どこに隠れてたんだろ?」


(業火のギルバートが、サラの仇……!?)


 ギルバートの言葉に、アイリスとレオンは一斉にサラの方を向いた。しかし彼女は、特に取り乱す様子もなく、至って冷静な様子だ。


「そうか、なるほどね。道理でいくら暗殺者を潰して回っても、仇に巡り会わないわけだ。まさか魔族の仕業だったとはね」


 サラはポツリとそうつぶやくと、なんの感情もこもっていない表情でギルバートに尋ねる。


「なぜ里の者を殺した?」

「なんでって……その額当てを付けた男が、俺の前を横切ったんだよ。人間のくせに俺の前を通るなんて、万死に値するだろ? だから、里ごと滅ぼしたんだ」


 ギルバートは笑顔を浮かべながら、殺した理由がさも真っ当なものであるかのようにそう答えた。


 彼の言葉と態度に、アイリスは激しく顔を顰めた。いくら人間が嫌いだろうと、そんなことで人の命を奪っていいわけがない。


 するとレオンも、あまりに酷い理由に怒りを露わにした。


「そんなことで……こいつの里を潰したってか……? ふざけんなよ、てめぇ……!!」


 今にも飛び掛かろうとするレオンをアイリスが制止しようとしたその時、サラが突然笑い出した。


「フッ、フフッ……アハハッ、アハハハハッ!」

「サラ……?」


 腹を抱えて笑うサラに、アイリスもレオンも驚いた視線を向ける。ゾーイとギルバートも、訝しげな表情を浮かべていた。


 そして、程なくしてサラの笑いが収まると、彼女は笑いすぎて目からこぼれた涙を指で拭いながら、こう言ったのだ。


「ああ、良かった。仇に会って、なんの感情も湧かなかったらどうしようかと思ってたんだ。でも、杞憂だった」


 サラはそこで言葉を区切ると、ひとつ息を吐き、わずかに口角を上げながらギルバートに鋭い視線を向けた。


「……ちゃんと殺意が湧いたよ」


 サラがそう言った瞬間、アイリスは全身が酷く粟立つのを感じた。彼女から放たれた殺気が凄まじかったからだ。


 恐らくサラは、暗殺者として、いついかなる時でも殺気を消すよう訓練を受けてきたのだろう。そのため彼女は、今までどんな相手だろうと全く殺気を発してこなかった。

 そんなサラが、今は全身から激しい殺気を放っている。


「いいね、面白くなってきた! 君、強そうだし、少しは楽しめそうだ」


 殺気立ったサラを見て、ギルバートは嬉しそうに笑っている。

 一方のサラは、徐にアイリスの方を振り返ってこう尋ねてきた。


「アイリス。こいつ、殺しても良い?」


 そう言うサラの瞳はとても冷たく、刺すような鋭さを帯びていた。味方でさえ、思わずドキリとしてしまうほどだ。これまでずっと仇を探し続けてきた彼女に、生かして捕らえろとは到底言えなかった。


「……ええ。もうひとりの方を捕らえるから、問題ないわ」


 アイリスがサラにそう答えると、ギルバートが嘲笑混じりにこう言った。


「へえ……? 僕を殺せるつもりでいるんだ。面白い冗談を言うんだね、君。人間の分際で」


 そう言うギルバートの方を見ると、彼の目は全く笑っていなかった。どうやら相当癪に障ったらしい。

 しかし、そんな彼には構わず、サラはレオンに言葉をかける。


「レオン。アイリスをよろしく」

「……ああ。絶対に死ぬなよ」


 変わらず強烈な殺気を放つサラに、レオンは眉根を寄せながらそう返した。レオンの言葉にサラはこくりと頷くと、ギルバートに向かって剣を構える。


(サラ……無事でいて……)


 彼女を一人にさせることに不安を感じつつも、アイリスは一度この場を離れることにした。


 そしてアイリスは、サラの背に向けて小声でギルバートの戦法を伝えてから、転移魔法でレオンと共にゾーイを少し離れた地点まで飛ばしたのだった。


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