84.国王お抱え魔法師の実力
会場の中央には、既に決勝の相手であるトーマス・ランスの姿があった。
前回優勝者と仮面の魔法師との対決に、会場の興奮は最高潮に達している。
アイリスが会場中央に向かって歩きながらふと王家の観覧席に目をやると、自分そっくりのサラがローレンの隣に座っていた。ルーイの変装術に感心しつつ、上手く振る舞ってくれているサラに感謝する。
そして、アイリスがトーマスと対峙すると、彼は父親譲りの薄ら笑いを浮かべながらいつも通り嫌味を言ってきた。
「まさか本当に決勝戦まで来られるとは驚いたよ。まあ、せいぜい楽しませてくれ」
「私も、トーマス様がここまで勝ち上がってくださって安心いたしました。あなたとは、決勝の舞台で戦いたかったので」
トーマスの嫌味に、アイリスはにっこりと笑いながらそう答えた。試合開始前から激しく火花を散らす二人に、審判は戸惑いながら言葉をかける。
「そ、それでは、両者は自分の陣地へ移動してください」
睨み合いを続けていた二人は、審判に促され各々の陣地へと散って行った。
長方形の闘技場には、自陣と敵陣を分ける線が中央に引かれている。そしてそれぞれの陣地には、三角形を描くように三つの的が設置されていた。その的を先に全て射抜いた方の勝利だ。
アイリスはスタート位置につくと、杖を取り出して構えた。
(さて、始めましょうか……!)
すぐに試合を終わらせることもできるが、流石にそれでは会場の盛り上がりに欠けるだろう。アイリスはある程度試合を引き伸ばし、その後盛大に決着をつけるつもりだった。
そしてついに、審判が試合開始の鐘を鳴らした。
その音と同時に、アイリスは防御魔法で三つの的を守り、状況が把握しやすいよう浮遊魔法で上空まで飛んだ。
アイリスのように魔力量に余程の余裕があれば別だが、普通の魔法師では防御魔法を同時に三つも展開し続けるのは魔力消費が激しく現実的ではない。そのため今までの対戦相手は、攻撃魔法が放たれた時にのみ効率的に防御魔法を使用していた。
どうやらトーマスもその作戦らしく、彼は開始早々、防御魔法なしで攻撃を仕掛けて来た。しかし、すでにアイリスの的には防御魔法が張られていたため、トーマスの攻撃魔法はあっけなく消える。
「フッ。防御魔法を三つも展開するとは随分と非効率的だな。魔力の無駄遣いだ」
トーマスはそう言ってニヤリと笑うと、防御魔法を破るべく、三つの的に絶え間なく攻撃を当て続けている。トーマスはどうやら無詠唱魔法が使えるらしく、彼の攻撃魔法を無効化することは難しそうだった。魔法を解析するだけの時間がないからだ。
とはいえ、アイリスの防御魔法は強力だ。トーマスごときの攻撃では、全く破られる様子はない。その後もしばらくトーマスの攻撃は続いたが、一向に壊れる気配のない防御魔法に、彼にも焦りの色が見え始めていた。
(さて、と。もういいかしらね)
「そろそろ終わりにしましょう」
アイリスはそう呟くと、試合会場と観客を隔てるように巨大な防御魔法を展開した。これでアイリスの攻撃が観客に当たる心配はなくなる。
(本気を出すのは、グランヴィルと戦ったとき以来ね)
そして、アイリスは小さく息を吐くと、制限していたすべての魔力を開放した。
「…………は?」
その瞬間、トーマスはアイリスの膨大な魔力に目を見開いた。
彼はなぜ急にアイリスの魔力量が激増したのか理解できない様子で、困惑したように攻撃の手を止めている。会場の観客も、戸惑いと驚きでどよめいていた。
アイリスはトーマスに向かって杖を構えると、自陣の防御魔法を全て解いた。そして、呆然と立ち尽くしているトーマスに防御魔法をかけてやる。万が一アイリスの攻撃が当たれば、おそらく彼の防御魔法では対処しきれないからだ。
「さあ、これが国王お抱え魔法師の実力よ……!」
そして、凝縮した魔力の塊を三つ作ると、アイリスはそれぞれの的にめがけて杖を振り下ろした。その瞬間――
ドゴォォォン!!!
という凄まじい音と共に、三つの的が消し飛び、魔力の塊は勢い余って闘技場の地面を大きくえぐった。その衝撃で、わずかに地面が揺れたほどだ。
舞い上がった土埃が落ち着き視界が澄んでくると、そこには腰を抜かして座り込むトーマスの姿があった。
「こ、こんなの、魔族並みの魔力じゃないか……!!」
トーマスはそうつぶやきながら、ワナワナと震えていた。
会場の観客もしばらく呆気に取られていたが、審判が仮面の魔法師の勝利を告げた途端、割れんばかりの歓声が巻き起こった。至る所から仮面の魔法師を賞賛する声が湧き上がる。
アイリスはしばらく観客に手を振った後、トーマスの元に降り立ち手を差し伸べた。そして、以前彼に言われた嫌味を思い出しながら言葉をかける。
「これが国王陛下お抱えの魔法師の実力です。これでも、国の威厳に関わりますか?」
「え、いや……」
アイリスの言葉に、トーマスは顔を真っ青にしながら目を泳がせている。とんでもない奴に喧嘩を売ってしまったことにようやく気付いたようだ。
そんな彼に、アイリスはにこりと笑ってこう言った。
「であれば、あなたのお父君にも認識を改めていただくようお伝えください。ローレン陛下は、国王に相応しいお方です、と」
「は、はい……すみませんでした……」
そう謝罪するトーマスは、酷く怯えた様子を見せていた。
(そこまで怖がらせるつもりはなかったのだけれど……これで陛下への態度が改まるなら、まあいいか)
トーマスの謝罪の言葉に満足したアイリスは、彼の手を取り立ち上がらせるのだった。
その後、剣術大会の時と同様に表彰式が行われた。
湧き上がる歓声の中、アイリスは優勝した記念として、ローレンからはローブを、変装したサラからはトロフィーを受け取った。
そして記念品授与のとき、ローレンはアイリスに微笑みかけながらこう尋ねてきた。
「気は済んだか?」
「はい! これでランス師団長たちも大人しくなるでしょう!」
彼の問いに、アイリスは満面の笑みでそう答えたのだった。




