76.三人で
「んん……よく寝た……!!」
グランヴィルの襲撃があった日から二日後、アイリスはようやく目を覚ました。おかげで魔力はほぼ回復し、体のだるさもすっかり無くなっている。
今は既に昼過ぎのようで、随分と日が高く昇っていた。アイリスは自室に戻り手早く身支度を済ませると、まずはローレンに復活の報告をしに行くことにした。
自室の扉を開けると、そこにはレオンとサラが控えていてくれた。
「おはよう、二人とも」
アイリスが声をかけると、レオンは今にも泣きそうな顔で、サラは気遣わしげな顔でこちらを見つめてきた。
「アイリス様……良かった……このまま目を覚まさないかと……」
「おはよう、アイリス。もう大丈夫なの? 全然起きないから、男どもがかなり心配してたよ?」
二人の言葉に、アイリスは困ったように苦笑した。サラが言う『男ども』というのは、レオンとローレンのことだろうか。魔力を回復させるために随分と眠ってしまっていたので、皆に心配をかけてしまったようだ。
「心配かけてごめんね。おかげでもうすっかり元気よ」
アイリスがそう言葉をかけるも、レオンは眉根を寄せ悲痛な表情を浮かべたままだ。すると、サラがこっそりと耳打ちしてくる。
「レオンのフォローよろしく」
サラはそう言うと、スッと身を引きアイリスとレオンから少し距離を取った。二人で話せ、ということだろう。
アイリスは、レオンを酷く傷つけてしまったことを謝らなければならなかった。彼の気持ちを無視して、グランヴィルとの戦闘から逃がしたことを。
「レオン、今回は本当にごめ――」
「すみませんでしたっ!!」
アイリスが謝る前に、なぜかレオンが勢いよく頭を下げて謝ってきた。アイリスが驚いて目をパチクリしていると、彼は頭を上げ、神妙な面持ちでこう続ける。
「わかってます。アイリス様があの場から逃がしたのは、完全に俺の実力不足のせいだって。それなのに、アイリス様のこと、責めたりして……」
そう言うレオンは、わずかに俯きながら酷く悔しそうな表情を浮かべていた。自分が弱いことが許せない、守られる立場であることが情けない、そんな感情が滲み出ていた。
するとレオンは、キッと顔を上げると、強い意志の宿る瞳でアイリスを見つめた。
「俺……大魔族にも負けないくらい、強くなりますから。次は絶対、アイリス様を一人で戦わせるようなこと、させませんから……!!」
レオンの力強い言葉に、アイリスは思わず胸が熱くなるのを感じた。そしてアイリスも、彼の瞳を見据えながら自分の思いをぶつける。
「私も、レオンの気持ち、無視するようなことしてごめんなさい。でも、私のせいで誰かが死ぬのは絶対に嫌なの。それは、これからも変わらない」
アイリスの言葉に、レオンは少し苦しそうに顔を歪めた。そんな彼の両手を取って、アイリスは言葉を続ける。
「だから、私も強くなる。みんなと一緒に戦って、勝てるように。私とレオンとサラの三人で、どんな強い相手にも負けないくらい、強くなるの」
その言葉を聞いたレオンは、ハッとしたように目を見開きこちらを見つめ返してきた。そしてアイリスは、少し微笑みながら彼に心からのお願いをする。
「こんな私だけど、一緒に戦ってくれる?」
「……はい! もちろんです!!」
レオンはアイリスの手を握り返し、力強い返事をしてくれた。そんな彼に、アイリスは心の底から嬉しさが込み上げてくる。
すると、二人の様子を見守ってくれていたサラが、やれやれという風に口を開いた。
「やっとレオンの機嫌が直って良かったよ。アイリスが起きるまで、こいつビービー泣いてて大変だったんだから」
「泣いてねえ! 変な嘘つくな、サラ!!」
「ふふっ、そうなの? レオン」
「違いますよ、アイリス様!? 泣いてませんから! いや、めちゃくちゃ心配はしてましたけど!!」
三人でのいつものやり取りに、アイリスはようやく心から笑うことができた。
その後アイリスは、ローレンに復活の報告を済ませると、久方ぶりの食事を取った。
そして、北部地方での残りの滞在期間中は、また三人で魔物討伐へと繰り出すのだった。
***
アイリスがグランヴィルの襲撃により寝込んでいたその頃、学校では――。
「今日もアイビーはお休みですか」
「仕事で忙しいんでしょうね。仕方ないとはいえ、なかなか会えなくて寂しいわね」
その日エディとリザは、魔法物理学の授業のため、クラスの面々と共に屋外演習場に集まっていた。
「はーい、皆さーん! 授業始めますよ〜」
魔法物理学の担当であり担任でもあるマクラレンが授業の開始を告げると、クラスメイトたちはぞろぞろと彼の元に集まった。
白衣姿のマクラレンは、いつも通り癖っ毛なのか寝癖なのかよくわからないボサッとした頭をしている。長身で顔立ちも整っているのでもう少し身なりをちゃんとすればいいのに、とクラスの生徒全員から思われていることを彼は知らない。
すると、マクラレンがいつものようにニコニコと穏やかな表情で授業を開始した。
「えー、今日は、重力魔法の演習を行っていきたいと思います。前回の授業では、座学で重力魔法の理論について勉強しましたが、皆さんちゃんと覚えて――」
そこまで言ったところで、マクラレンは唐突に言葉を止めた。表情からにこやかさが消え、珍しく彼の瞳が見開かれている。
そしてその後、すぐに異変が起きた。
ピシッという音が鳴ったかと思うと、突然演習場にひとりの青年が現れたのだ。恐らく転移魔法を使ったのだろう。
その魔力量と彼の姿に、生徒たちは息を飲んだ。
人間では考えられないほどの魔力量、そして、頭に生えたツノ――。青年が魔族であると理解するには、十分な情報だった。




