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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
第三章

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69.一族の掟


「私の一族では、男はみんな暗殺者として育てられるんだけど、女は子供を生む道具として扱われるんだ。そして、一家に二人目の女児が生まれると、口減らしとして殺される風習があった」


 サラの話の内容に、アイリスは思わず眉を顰めた。

 そんな里に女として生まれたサラは、つらい幼少期を過ごしたのではないだろうか。この後に続く話があまりいいものでないことは、容易に想像ができた。


 すると、感情のこもらない瞳で淡々と語るサラに、レオンが顔を顰めながら言葉を挟んだ。


「なんだよ、それ?」


 半ば怒っているようにも見えるレオンに、サラは苦笑しながら返事をする。


「そういう掟だったんだよ。いま考えてみれば、相当おかしいよね。で、私が生まれたときには既に姉がいてね。でも、私を死なせまいとした母親が、私を男として育てたんだ」


 そう語るサラは、家族を思い出しているかのように、どこか遠い目をしていた。


「その後、私は暗殺者として育てられ、そして里一番の剣の使い手になった。身軽な方が身体強化のギフトを使いこなしやすかったみたいで、結果的に女の私の方が男より強くなれるっていう、なんとも皮肉な話だよ」


 サラは酷く乾いた笑いを漏らしながらそう語った。

 魔力による身体強化の仕組みを考えると、確かに体重の軽い女性のほうが適した能力なのかもしれない。


 そして彼女は、感情の読めない表情で続きを話した。


「でもある日、とうとう里の人間に私が女であることがバレてしまってね。任務から家に帰ると、そのことを隠していた母親と姉が……殺されていたんだ」

「…………!」


 サラの壮絶な過去に、アイリスとレオンは揃って悲痛の表情を浮かべた。アイリスは彼女になんとか言葉をかけたかったが、何を言っても不正解な気がして、結局口をつぐんでしまった。


「それで私は……この狂った里を滅ぼしてやろうと思った。男たちを全員殺して、女と子供を解放しようと」


 サラはなんの感情も浮かべず、ただ静かに語っている。一方のレオンは、隣で悲惨な過去を語る彼女をただただ見つめていた。


「里の女子供が戦いに巻き込まれないよう、私は一旦里から少し離れたところまで逃げた。そして、追ってきた男たちを一人残らず殺していった」


 そこでサラは、一度静かに目を閉じた。脳裏に浮かぶ何かを、思い起こしているようだった。そして彼女はゆっくりと目を開けると、遠くをぼんやり見つめながら続けた。


「追ってきた男たち全員を倒してから里に戻ると、全てが燃えていた。皆、燃えてたんだ」

「燃えてた……?」


 サラの言葉に、レオンが怪訝そうな顔で聞き返した。


「ああ。みんなに刺し傷は一つもなくて、ただ燃えていた。だから正直、同業者の仕業じゃない可能性もあるとは思ってる」

「じゃあ、暗殺者を潰して回ってるのはなんでなんだ?」


 レオンの問いに、サラはわずかに顔を歪めた。嫌なことを思い出したような、苦々しい表情だった。そして彼女は、吐き捨てるようにこう言った。


「……私は、人を殺して得た金に喜んでた里の男たちが、心底嫌いだったんだ。暗殺者なんか、ろくなもんじゃない。だから、暗殺者集団を片っ端から潰していった」


 サラはそこで言葉を切ると、思いっきり嘲笑を浮かべた。


「まあ、私も暗殺業に関わってたから、自分のことも大嫌いなんだけどね。私の両手は、もう真っ赤な血で染まってしまってるんだよ」


 サラはそう言うと、自分の手のひらをじっと眺めていた。彼女はそうしてしばらく押し黙った後、ひとつ息を吐いてから顔を上げた。


「だから言ったでしょ。仇討ちなんて良いもんじゃないって」


 自分の過去を話し終わったサラは、少し清々しい様子さえ見せながら、真っ青な空を仰ぎ見ていた。そして、少し目を細めて言葉を続ける。


「……里を滅ぼした相手に対して、男たちを殺してくれたことに感謝すべきなのか、守りたかった女子供を殺されて怒るべきなのか、自分にも何が正しい反応なのか、今でもわからないんだ。あの時から、私の時間は止まったままなのかもしれないね」


 サラがそう語り終わると、ずっと真剣な表情で話を聞いていたレオンが、唐突に彼女の頭をポンと軽く撫でた。思いがけないレオンの行動に、サラは思いっきり眉を顰める。

 

「……なに?」

「話してくれてありがとな。言いにくいこと聞いて悪かった。お前とはなんだか長い付き合いになりそうだったから、ちゃんと知っておきたかったんだ」


 レオンはサラの瞳をしっかりと見据えてそう告げた。


 アイリスはレオンが無神経にサラの過去を暴こうとしているのではないかと心配していたが、彼なりに意図のある行動だったようだ。背中を預ける者をよく知っておきたいというのは、騎士にとっては自然な感情なのかもしれない。


 するとサラは、目を眇めながら半ば不満げな表情でレオンを見遣る。


「そう言う割に、私はあんたのこと、そんなに知らないんだけど」

「お? 何でも聞いてくれ! 俺の輝かしい活躍の数々を教えてやる!」


 サラから上がった抗議の声に、レオンは拳を胸に当てながら自慢気にそう言った。するとサラは、レオンをからかうような表情を浮かべながら即答する。


「いや、遠慮しとく」

「なんでだよ!」


 アイリスはいつも通りのやり取りに戻った二人を見て、思わず安堵の笑みをこぼした。


(良かった。この二人なら、大丈夫そうね)


 二人が出会ったばかりの頃は、頻繁に言い合いをしていて仲良くできるか気を揉むこともあったが、そんな心配はもう不要みたいだ。


 すると、レオンが優しい眼差しでサラを見つめながら言葉をかけた。


「でもさ、いつか前に進めるといいな。んで、自分のこと、好きになれるといいな」


 レオンのその言葉に、サラは驚いたように大きく目を見開いていた。彼女の瞳の奥が、わずかに動いたような気がした。


「そう……だね……」


 サラがつぶやくようにそう返すと、レオンはニッと笑いながら彼女の頭をクシャクシャと撫でた。


「よし、決めた! 俺もお前の仇討ちに協力する。さっさとぶっ倒して、スッキリして前に進もうぜ、サラ!」


 屈託なく笑うレオンに、サラはしばらく何も言えずに彼のことを見つめ返していた。そして彼女は微笑を浮かべると、一言だけこう返した。


「……ありがとう、レオン」


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