67.宮廷魔法師団
「そこ! もう少し魔力操作を丁寧に! 荒いですよ!」
この日アイリスは、仮面の魔法師として宮廷魔法師団に魔法の指導をつけていた。王城の訓練場に定期的に顔を出しては、こうして団員に檄を飛ばしているのだ。
ちなみに指導の日は、一応レオンとサラが陰から護衛をしてくれている。
宮廷魔法師団への指導の内容は、基本的に魔法の訓練を見せてもらいながら各個人に改善点を教えるというのが主だった。
もちろんその他にも、団員からの質問に答えたり。
「アイビー様。どうしても他人に回復魔法をかけるのが苦手で……何かアドバイスいただけませんか?」
「回復魔法のコツは、相手の魔力の流れを感じ取ることです。自分の魔力を相手の魔力に沿わせて、負傷部位に魔力を注ぎ込むイメージでやってみてください」
あとは、師匠の話を聞かせたり。
「アイビー様のお師匠様のこと教えてください! どんな魔法が使える方だったんですか?」
「そうですね……師匠には基本的に使えない魔法はありませんでしたが、強いて言うなら魔法の無効化を得意としていましたね。あと、魔力操作がずば抜けて上手な方でした」
『仮面の魔法師』が指導に入ってから、若手団員の魔法の技術がメキメキ向上しているようで、アイリスにとっては非常にやりがいのある仕事の一つだった。
宮廷魔法師団はアベル派閥の人間が多く、初めは仮面の魔法師を敬遠する者もチラホラいた。しかし、指導を始めてから二ヶ月ほど経った今、アイリスは随分と団員の面々と打ち解けられていた。
「アイビーさん、いつもご指導いただきありがとうございます」
「アレクサンダー侯爵」
アイリスに声をかけて来たのは、クラスメイトであるエディの父、ジョージ・アレクサンダーだった。金髪金眼の彼は、エディに似た整った顔立ちで、大きな瞳が印象的だ。
「いえ、私も他の魔法師の方たちと関われて、いい刺激になっています」
「それは何よりです」
そうにこやかに話すアレクサンダーは、魔法師団の中でもとりわけ親しみやすい人物だ。アイリスが早々に団員と馴染めたのは、彼のおかげでもある。
そんなアレクサンダーに、アイリスは苦笑しながら最近の悩みを打ち明けた。
「でも、相変わらずランス師団長には渋い顔をされてしまいます……」
宮廷魔法師団長のギデオン・ランスはアベル派閥の筆頭だ。それ故に、ローレンお抱えである仮面の魔法師のことを、どこか目の敵にしている節があったのだ。
アイリスの言葉に、アレクサンダーも苦笑しながら言葉を返してくる。
「ああ、あの人は極度のアベル殿下贔屓ですから……あまりお気になさらないでください。私は実力があれば、誰の派閥に付いてようが関係ないと思っています」
アレクサンダーはアベルに仕える立場ではあるものの、ランス師団長ほど過激なアベル派というわけではないようだ。
アイリスは宮廷魔法師団に出入りするようになってから、アベル陣営についての情報を少しずつ集めていた。魔法師団はアベル派に偏っていると聞いていたのだが、調べてみるとどうやら一枚岩ではなく、師団長に釣られてなんとなくアベル派についている人も多いようだった。
「精が出ますね」
そう声をかけられ振り返ると、そこには軍部の最高司令官であるヒュー・オースティンがいた。アレクサンダーが小柄なのも相まって、オースティンの長身が際立っている。最高司令官の登場に気づいた団員たちは、みな緊張した面持ちを浮かべていた。
すると、アレクサンダーがにこやかに言葉を返す。
「これはこれは、オースティン公爵閣下。訓練に顔を出していただきありがとうございます」
「アイビー殿が指導に入られてから、いかがですか?」
「彼女のお陰で、若手の実力が随分と伸びていて助かっています。我々が持たない知識や技術もたくさん持っていらっしゃいますし、このまま魔法師団に入っていただきたいくらいです」
「それはそれは。やはりアイビー殿は素晴らしい人材ですね」
二人の会話を聞いていたアイリスは少し恥ずかしくなってしまい、照れ笑いをしながら一言だけ返した。
「お褒めに預かり光栄です」
すると、アレクサンダーと話していたオースティンがアイリスの方に向き直った。かなり長身な彼に見下ろされると、なんとも威圧感がすごい。
アイリスがオースティンを見上げていると、彼は少し渋い顔をしながらこう言った。
「しかし、アイビー殿にひとつだけ物申したいことがありましてね。魔族をあたかも善人のように吹聴するのは、止めていただけないだろうか」
思いがけないオースティンの言葉に、アイリスは目を見開き、一瞬言葉に詰まってしまった。
「……師匠の話ですか?」
「ええ」
「私はそんなつもりはなく、ただ自分の師匠のことについて語っていただけなのですが……。しかし、なぜでしょうか? 陛下の夢の実現にとっては、魔族への偏見を取り払えるのは良いことではありませんか? それに、魔族が全て善人だと誤解させるような話し方はしていないつもりです」
実際、アイリスは宮廷魔法師団の面々に師匠の話ができるのはチャンスだと思っていた。魔族との共存というローレンの夢の実現のためには、魔族への偏見を少しずつでも無くしていく必要があるからだ。
すると、アイリスの言葉を聞いたオースティンは、渋面のままこう答えた。
「私は陛下の夢には反対なのです」
彼の言葉に、アイリスは驚きを隠せなかった。
オースティンは数少ないローレン陣営のうちの一人だ。だからてっきりローレンの夢も応援する立場にあると思っていた。しかし、どうやらそれは思い違いのようだ。
そしてオースティンは、眉間の皺をさらに深くしながら続ける。
「……陛下は甘い。魔族と共存するのではなく、我々は奴らを利用し、支配する立場にならなければ」
(随分と過激な思想の持ち主なのね……)
アイリスがオースティンの発言に驚きつつそんなことを思っていると、アレクサンダーがこの場を収めようとしてくれた。
「まあまあ、そう言わないであげてください。率先して聞きたがっているのは、団員の方なのですから」
「それは……困ったものですね」
オースティンは溜息をつきながらそう言うと、その後の会話もそこそこにその場を後にした。




