64.盛大な勘違い
ドラゴン誘拐事件の解決を期に、アイリスは慌ただしい日々を送っていた。
すべては、事件解決における仮面の魔法師の活躍を取り上げた新聞記事がきっかけだった。その記事を受け、仮面の魔法師の評判が国内で急激に高まったのだ。
大きく変わったのは、宮廷魔法師団に魔法の指導をするようになったことだ。新聞記事を読んだ団員たちから、ぜひにと言う声が多数上がったのだ。
生粋のアベル派閥である宮廷魔法師団長ギデオン・ランスは、国王のお抱えである仮面の魔法師の受け入れに難色を示していたが、団員からの声の多さに負け渋々了承したようだった。
また、ローレンから魔物討伐を少しずつ任されるようになったのも、最近の変化のうちの一つだ。仮面の魔法師として様々な討伐依頼を受けては、変装したレオンとサラを引き連れ各地方を飛び回った。
さらには、決壊した川の修繕や崩落したトンネルの補修作業など、魔法で解決できそうな依頼も次々にこなしていった。
そうした活動も相まって、もはやこの国で仮面の魔法師を知らない人間はいないくらいになっていた。
そして、季節がすっかり秋めいたこの日、アイリスは久々に学校へと赴いていた。
最近は仮面の魔法師としての活動が忙しく、学校へは週に一回も出席できなくなっている。そんなアイリスにとって、たまの学校は非常に楽しみな日であり、良い息抜きになっていた。
ドラゴン誘拐事件の後、学校では事件に関する内部調査が進められていたが、今はその調査も終了し、落ち着いた日常が流れている。ちなみに学校側へは、地下室の取り壊しと再発防止策制定の命が言い渡されたそうだ。
そしてアイリスは今、いつものようにリザとエディと共に食堂で昼食を取るところだった。席について早々、向かいに座るエディがクリクリとした可愛らしい瞳をこちらに向けながら話しかけてくる。
「それにしても、各所に引っ張りだこで大忙しですね、アイビー」
「そうね。おかげでなかなか学校に来れなくて、寂しいんだけどね」
苦笑しながらアイリスがそう答えると、今度は隣に座っているリザが目を眇めながら言葉をかけてきた。
「アイビーのこと、王城関係者とは聞いてたけど、まさか国王陛下お抱えの魔法師とはね〜。友人として鼻が高いわ」
「黙っててごめんね」
「いいの、いいの。流石に言えないよね」
アイリスたちがそんな話をしていると、後ろから声をかけてくる人物がいた。
「やあ、お嬢さん。久しぶり。元気かい?」
振り返ると、そこには黒い瞳を持つ整った顔立ちの青年が、いつもの胡散臭い笑みを浮かべながら手を振っていた。
アイリスは思わぬ人物の登場に驚き、思わず彼の本当の名前を言いそうになった。が、とっさに偽名の方を口にする。
「ルーカス!」
黒い瞳の彼――ルーイは、ローレンがアベルの元に送り込んでいる諜報員で、王城では主にアベルの側近として振る舞っている。そして彼は、学校でも「ルーカス」という名で諜報活動を行っているのだ。
アイリスがルーイと会うのは、ローレンの執務室で彼の正体を明かされた時以来だった。
「どうしたの、ルーカス? 何か急ぎの用事でも?」
学校で彼に堂々と話しかけられたのは初めてだったので、アイリスは目を丸くしながらそう尋ねた。するとルーイは、アイリスに近づき小声で耳打ちしてくる。
「今日の放課後、ちょっと時間あるかい? 頼まれてた件、調査完了したよ」
「もう……!? ありがとう。放課後、大丈夫よ」
ルーイの言葉に、アイリスは驚きながらも小声でそう返事をした。
頼まれていた件というのは、アイリスが彼にお願いしていた情報収集の話だろう。アトラス王家に自分が本物の『黒髪緋眼』であることが知られた場合、彼らがどういう反応を取りそうか調べてもらっていたのだ。
他国の調査にも関わらずたった二ヶ月足らずで完了させるとは、流石は国王お抱えの諜報員だ。
「じゃあ放課後に落ち合おう。教室で待ってて」
ルーイはそう言って一旦立ち去ろうとするも、何かを思い出したように声を上げた。
「あ! そうそう。これ、お嬢さんに似合うと思って。この前、街で見つけたんだ」
そう言ってルーイが手渡してきたのは、アイリスの瞳と同じ緋色をした可愛らしいリボンだった。
「え? ありがとう……。でも、どうしてこんなものを?」
「ん? 口説いてる」
困惑するアイリスに、ルーイは目を眇めながらそう言った。完全にからかっている表情の彼に、アイリスは半ば呆れ気味に言葉を返す。
「そういう冗談は、相手を選んだ方がいいと思うわ……」
「ハハッ! でも、俺と仲が良いって思わせとけば、学校で無駄に口説かれずに済むだろ? 今や仮面の魔法師様は、皆の憧れの的だからね」
「なるほど……。そういうことなら、受け取っておこうかな。ありがとう、ルーカス」
「うん、そうしてよ。もしよければ、学校の鞄とかに付けといてくれると、すごく嬉しい。じゃあ、また放課後」
ルーイは笑顔でそう言い残すと、さっさとどこかへ行ってしまった。
(本当に、気まぐれな猫みたいな人ね……)
嵐のように去っていったルーイにそんな事を思い、アイリスは思わず笑みをこぼした。すると、こちらのやり取りを見守っていたリザが、大きな瞳を爛々と輝かせながらアイリスに問い詰めてくる。
「ねえねえ! アイビーに一粒ダイヤのネックレスを贈った人って、もしかしてルーカス先輩!?」
「へ!?」
「『万年二年生のルーカス』先輩! あの甘いマスクに、誰にでも優しいフランクな性格! 女子生徒からかなりの人気なのよ?」
恋の話になると人一倍盛り上がるリザは、興奮気味にルーイの評判を語った。
確かにルーイは、顔立ちも整っており人当たりも良い。女子生徒からの人気が高いのも本当なのだろう。しかし、あらぬ誤解は解いておかなければならない。
「違う違う! それは誤解よ、リザ!」
盛大な勘違いをしているリザにアイリスが慌てて修正を入れると、今度はエディがこんな事を言い出す始末だ。
「リザ、そのくらいにしといてあげましょうよ。仮に付き合っていたとしても、アイビーは今や時の人です。流石に表立って公言は出来ないでしょう」
エディの言葉を聞いたリザは納得したように大きく頷くと、アイリスの手を取ってこう言った。
「それもそうね。アイビー、陰ながら応援するわ!」
「だから違うって!!」
その後も何を言っても二人の勘違いを修正できそうになく、困り果てるアイリスだった。




