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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
第二章

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番外編2ー3.友

今から四年前、ローレンが十四歳の頃のお話です。


 その日、魔物討伐が難航し部隊からはぐれてしまったローレンは、ひとり森の中を彷徨(さまよ)っていた。


 魔物との戦闘で体力は既に尽き、歩くのもやっとだった。


 しかしそんな時、暗殺者の集団に囲まれた。


(流石にこれは……まずいな……)


 ローレンは暗殺者に必死に抵抗したものの、左肩に負った傷からはダラダラと血が流れ続けている。疲労と出血で、もはや目の前は霞んでよく見えなかった。この状態でまだ剣を握れているのは奇跡に近い。


 そして、暗殺者たちが一斉にトドメを刺しに来たその時――。


 どこからともなく魔法が放たれ、暗殺者たちに直撃した。


「お前、大丈夫か!? とりあえず逃げるぞ!!」


 その声とともに、ローレンは何者かに担がれたようだった。意識が朦朧とする中、暗殺者たちの怒声が遠ざかっていくのを耳の奥で聞いていた。



 ローレンが次に目覚めた時、そこはどこかの洞窟の中のようだった。状況を把握するため急いで起き上がろうとするも、左肩に鋭い痛みが走り思わず顔を歪める。


「ぐっ……」

「バカ! まだ起きるな。ひどい怪我だったんだぞ?」


 その言葉に、ローレンはこの場に自分以外の誰かがいることに気づき、声のした方へバッと振り向いた。

 するとそこには、青い髪に、獣のような耳と長い尻尾を持つ、一人の魔族がいた。


「魔族……!」


 その姿を見たローレンは、己の中に激しい憎悪が湧き上がり、近くにあった自分の剣に手を伸ばそうとした。しかし、体中がきしみ、思うように動くことが出来ない。


「おいおい、命を助けてやった恩人に、そりゃないんじゃないか?」


 その魔族は、苦笑しながらそう言った。


(魔族が俺を助けただと? 何が目的だ?)


 ローレンは、憎悪の感情を腹の中に抱えたまま、その魔族のことを激しく睨みつけて言った。

 

「……なぜ助けた?」

「なんでって……あんた、困ってそうだったから」

「……俺は人間だぞ」

「誰かを助けるのに、人間も魔族も関係ねえだろ」


 ローレンの問いにあっけらかんとそう答えた魔族は、こちらに近づきながら申し訳無さそうな顔をしてきた。


「ごめんな。俺、魔族のくせにあんまり魔法が得意じゃなくてさ。一応傷は塞いだんだけど、多分傷痕は残っちまうと思う」

「…………」


 ローレンは一瞬、目の前の魔族が何を言っているのか理解できなかった。


(人間を助け、傷を塞ぎ、うまく処置できずに謝罪をする魔族だと――?)


 ローレンは、目の前にいる魔族が自分の想像とあまりにもかけ離れており、激しく困惑した。魔族というものは皆、人間に敵意を持ち殺そうとしてくる奴らばかりだと思っていたからだ。


 目の前の魔族の意味がわからない言動に、ローレンは思わずポツリと言葉を漏らしていた。


「…………変なやつ」

「ハハッ! そりゃどうも。俺はウィル。お前は?」

「…………ローレンだ。ローレン・バーネット」


 ローレンが名乗ると、その魔族は興奮したように言葉を返してきた。


「バーネットって、もしかしてこの国の王様!? すげえな!!」

「フッ。見ての通り死にかけだがな」


 ウィルの言葉に、ローレンは嘲笑を浮かべながらそう返した。


(王と言っても、ただのお飾りだ。いくら実績を積んでも実権は叔父上にあり、常に暗殺者に狙われる身。昔に思い描いていた姿とは、程遠い)


 ローレンが心の内でそんな事を思っていると、ウィルがよくわからないことを言いだした。


「王様を無事に送り届けたら、人間と魔族の仲って良くなるかな?」

「は?」

「俺、夢があってさ。人族と魔族が笑いあって暮らせる、そんな世界を作りたいんだ」

「…………!」


 ウィルの言葉に、ローレンは開いた口が塞がらなかった。そんな世界、実現不可能に決まっている。


 呆れて何も返せずにいたローレンをよそに、ウィルは一人で何か納得したように言葉を続けた。


「よし、決まりだ! 俺はあんたを安全なところまで無事送り届ける。そしたら、王様のあんたと魔族の俺で、人族と魔族が共存できる世界を作る!」

「…………」

 

 勝手にとんでもないことを決められ鈍い頭痛を感じたものの、この傷では一人で無事に帰ることも難しそうだ。ローレンは、一旦はウィルの話に乗ることにした。


「わかった。俺を無事送り届けてくれたら考えよう」

「お、言ったな? 約束だからな!」


 ローレンの返事に、ウィルはニカッと笑った。屈託のない笑顔に釣られ、ローレンもわずかに微笑を漏らす。


「礼を言っていなかったな。助けてくれて感謝する、ウィル」

「良いってことよ! これからよろしくな、ローレン!」



 そうして二人は、近くの街を目指し森を進むことになった。


 街までは普通に歩けば三日という距離だったが、ローレンが負傷していることもあり、かなり速度を落として進んでいた。


 ウィルはとても気さくで気のいい魔族だった。

 ローレンは初めこそ冷たい態度を取っていたが、こんなひょうきんな相手に憎悪の念を抱くのが馬鹿らしく思えてきて、次第にウィルに心を開いていった。


 そんな旅の道中、ローレンはウィルと様々な話をした。


 お互い今までどんな日々を送ってきたのか。王城での暮らしや、この国のこと。魔族の習慣や風習。

 特にウィルから聞く旅の話は、国に縛られたローレンにとって、非常に心踊るものだった。


 相手が魔族だからだろうか。ローレンは、何のしがらみもなくウィルと話せるのが妙に心地よかった。誰が敵か味方かわからない王城では、こんなに何でも話せる相手はローレンにはいなかった。


 友というのは、こういうものなのだろうかとすら思った。


 そしてローレンは、ウィルと出会ってからずっと気になっていたことを口にした。


「なぜ人族と魔族との共存なんて夢を?」

「昔、惚れた人間の女がいてさ。でもそいつ、魔族との争いで死んじまったんだ」


 そう語るウィルは、どこか遠くを見つめながら酷く寂しそうな顔をしていた。心からその人のことを愛していたのだろう。


(魔族という種族は、全てが悪という訳ではないのかもしれない――)


 ウィルの横顔を見ながら、そんな考えがローレンの頭をよぎったのだった。



 その後も旅は順調に進んだが、最後までそう上手くはいかなかった。

 街まであと少しというところで、再び暗殺者の集団に囲まれたのだ。それも、かなりの数だった。


 雨が降りしきる中、ローレンは必死に戦った。ウィルの手当のおかげで体は随分と動けるまでに回復していたが、いかんせん敵の数が多すぎた。

 そして、ウィルは自分でも言っていた通り、魔族の中ではさほど強くはないようだった。しかしそれでも暗殺者たちよりは遥かに強く、ローレンはウィルに背中を預け、目の前の敵に集中することが出来た。


「ウィル! あまり無茶をするな!」

「大丈夫だって! 俺のことは気にせず、目の前の敵に集中しとけ!」


 初めはウィルのことも気に掛ける余裕があったのだが、次第にそれも難しくなっていった。

 徐々に手足が重くなっていくなか、ローレンは目の前に来る敵をひたすら倒し続けた。

 そのため、ウィルがどれほど自分を庇ってくれていたのか、気付けなかった。

 

「ハァ、ハァ……ウィル、終わったぞ……」


 ローレンが最後の敵を倒して振り向いた時、ウィルの体は限界を迎えていた。

 身体中に剣や矢が刺さり、立っているのが不思議なくらいな状態だったのだ。


「へへ……落ちこぼれの俺でも、誰かの役に立てるもんだな……」


 ウィルはそう言葉をこぼすと、ドサリと地面に倒れ込んだ。


「ウィル!!」


 ローレンは急いで回復魔法をかけようとするも、深い傷が何箇所もあり自分一人では対処できない状況だった。

 降りしきる雨とともに、ウィルの体から真っ赤な血が流れていく。


 どうしようもない状況にローレンは顔を歪めながら、行き場のない感情をウィルにぶつけた。


「なんで……俺なんかのために……助ける義理なんか、なかっただろうが……!」

「……俺達もう友達、だろ?」


 ローレンの言葉に、ウィルは笑いかけながらそう言った。そんな彼を見て、ローレンは言いようのない苦しさに苛まれ、さらに表情を歪めた。


 そしてウィルは、天を見上げながら、虚ろな目で話し始めた。


「俺、魔族のダチがいてさ……あいつ友達少なくて、寂しがり屋だから……お前が友達になってやってくれよ……」

「すぐに助けを呼んでくる! だからそれまで諦めるな!」


 ローレンが必死に声をかけるも、ウィルは聞こえていないのか、己の拳をローレンの胸に押し当てながらこう言った。


「ローレン。俺との約束、忘れるなよ……。俺の夢……お前が叶えてくれ……。託したからな」

「わかった。わかったから、もう喋るな!」


 ローレンは半ば叫びながらそう言ったが、やはりウィルには届いていないようだった。

 そしてウィルは、天を仰ぎ見ながら、最期にフッと笑った。


「ああ……綺麗だなあ、空」


 その言葉にローレンは空を見上げると、いつの間にか雨は止み、ハッとするような美しい青空が広がっていた。

 しかし次の瞬間、急にウィルの腕の重みをズシリと感じた。


 急いで視線をウィルに戻すと、彼は微笑みながら息絶えていた。ローレンはこの現実を受け止めきれず、思わず目の前に横たわる彼に声をかける。


「おい……ウィル……!!」


 当然ながら何の返事もない事実に、ローレンは激しく顔を歪めた。


「クソ……クソッ……! なんでお前が死ぬんだよ……!!」


 目から熱いものが溢れ出し、ローレンは苦しさのあまりしばらくその場から動けなかった。



 その後、ローレンは重い体を引きずりながらウィルを埋め、墓を建てた。

 そして別れ際、友に向けて、最後の言葉をかけた。


「おやすみ、ウィル。お前の夢は、必ず俺が叶える」


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