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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
第二章

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番外編2ー2.魔王の師匠


 魔王オズウェルドがアイリスと出会う、二百年ほど前のこと――。



 この頃のオズウェルドは、自らの力を持て余し、生きる目的もなくただ漫然と日々を過ごしていた。


 彼は魔族の中でも群を抜いて強く、若干三百歳という若さで魔族の頂点に君臨していた。その強さゆえに崇拝され、そして恐れられている彼には、付き従う者はいても、友と呼べる者はいなかった。

 


 そんなある日のことだった。彼女に出会ったのは。



 森の木陰に座っていたオズウェルドは、唐突に現れた女に声をかけられた。


「よう、坊主。お前、随分とつまらない顔をしているな。いつ死んでも構わないって顔だ」


 女は、艷やかな黒髪に、燃えるような緋色の瞳をしていた。美しい容貌の彼女は、切れ長の瞳をこちらに向けながらわずかに微笑んでいる。


 人間に声をかけられたことなど今まで一度もなかったオズウェルドは、少し驚きつつも、不機嫌そうな声で言葉を返した。


「……失せろ。さもなくば殺す」

「へえ。私のことを殺せるつもりでいるのか」


 オズウェルドが睨みつけて威嚇したものの、女は一切(ひる)む様子を見せなかった。それどころか、こちらを挑発してくる始末だ。


 無駄な殺生を避けたかったオズウェルドは、彼女の予想外の反応に大きく溜息をついた。さっさと逃げれば殺さないでやるものを。


「自分の力量も見極められないとは、哀れな奴だ。もう一度言う、失せろ。次はない」

「ハハッ。随分と虫の居所が悪いな。いいよ、坊主。少し遊んでやろう」


 わざわざ再度忠告してやったのに、女はあろうことか笑いながらそう答えたのだ。


 彼女は、確かに人間の中ではかなりの魔力量の持ち主のようだ。だが、魔族最強と言われるオズウェルドには、遠く及ばない。


 流石のオズウェルドも相手をするのが面倒になったため、目の前の女をさっさと殺すことにした。

 

「そうか。ではここで死ね」


 オズウェルドはそう言うと、女に向かって手をかざし、人間であれば即死級の魔法を無詠唱で放った。


 ――しかし、何も起こらない。そもそも、魔法が発動しなかった。


 何が起きているのか理解できず、オズウェルドは目を丸くして思わず言葉を漏らしていた。

 

「なんだと……?」

「自分の力量を見極められてない奴はどっちだろうな?」


 驚くオズウェルドを見ながら、女はケラケラと笑っている。そんな彼女の様子にさらに苛立ちを覚えながら、オズウェルドはもう一度魔法を放った。しかし、やはり何も起きない。


「何度やっても無駄だぞ?」

「どういうカラクリだ。一体何をした」

「魔法を無効化しただけだ」


 女の回答に、オズウェルドは眉を顰める。無詠唱の攻撃魔法を無効化するなんて芸当、魔族にだってできる者はいないだろう。魔法を解析する暇がないからだ。

 そもそも、魔法の無効化など人族に扱えるものではないはずだ。


「こんなわずかな時間で、無効化できるわけがないだろう」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、無効化なんて余裕だろ?」


 女の言っていることが理解できず、オズウェルドは眉間の皺をさらに深くする。


「は?」

「私には未来が視えるんだ」

「……未来視の力だと?」


 彼女の言葉に驚いたオズウェルドは、女の容貌を見てふと思い当たる節があった。確か人族の中に、強大な魔力の証『黒髪緋眼』を持って生まれてくる人間がいると聞いたことがある。もしかしたら、未来視という特別な力を持つというのも、あながち嘘ではないのかもしれない。


「人族には魔法の無効化は扱えないと思っていた」

「ああ、お前の認識は正しいよ。だが、私は天才だからな。自分で編み出した」


 得意げにそう答える女に、オズウェルドは怪訝そうな表情を浮かべて尋ねた。


「……なぜ人族にその技術を広めない?」

「それは今じゃないんだ」


 その回答が理解できず眉を顰めていると、目の前の女はこちらに向かってまさかの提案をしてきた。


「お前、私の弟子になれ」

「……なんだと?」

「お前に魔法を教えてやる。お前はその膨大な魔力量で力押ししているだけで、基礎が全くなってない。はっきり言って、()()だ」 


 女の発言に、オズウェルドは開いた口が塞がらなかった。

 魔族最強のオズウェルドに向かって、この女は『下の下』と言ったのだ。


(――面白い。こんな感情は久しぶりだ)


 オズウェルドは、思わずニヤリと口角を上げていた。この女との出会いによって、今までの退屈な日々がほんの少しだけ変わるかもしれない。そんな気がしてならなかった。


 すると、彼女は自らの手をこちらに差し出してきた。


「私はエマ。エマ・アトラス。アトラス王国の国王だ」

「俺は、オズウェルドだ」

「よろしく、オズウェルド」


 そうして二人は握手を交わし、師匠と弟子という関係になったのだった。



***



「違う! そうじゃない!」


 エマの怒声が森に響き渡る。


「お前は自分の魔力量に頼り過ぎなんだ。もう少し魔力操作を覚えろ!」


 彼女の指導はなんともスパルタだった。

 しかも、国王という立場なのに、頻繁にオズウェルドの元にやって来ては魔法の指導を付けている。


 そして、彼女の魔法の技術は、オズウェルドがこれまでに会ったどの魔族よりも優れていた。自分で自分のことを天才と言うだけのことはある。


「魔族のことが怖くはないのか?」


 休憩がてら木陰に座っていたオズウェルドは、純粋に気になっていたことをエマに尋ねた。


「ああ、全く。……私はな、人族と魔族との争いを終わらせたいんだ。このどうしようもなくくだらない、だが、どうしようもなく止められない争いをな」


 隣に座るエマは、どこか遠くを見据えながら淡々とそう答えた。彼女にしか視えない、遠い未来を視ているのかもしれない。


 そして彼女は、緋色の瞳を燃やしながら、力強い視線をこちらに向けてくる。


「私は王として、そして『黒髪緋眼』として、持てる力全てを使って、人族と魔族との共存を実現させてみせる」


 彼女の瞳に、思わず目を奪われた。堂々たる王の瞳だった。


 オズウェルドは、この女には自分がずっと抱えてきた葛藤が伝わるのではないかと思い、誰にも言ったことがない気持ちをいつの間にか吐露していた。


「……俺は、自分が何故こんなにも強大な力を持って生まれたのか、ずっと疑問に思ってきた。自分には、この力で何か成すべきことがあるのではないか、と。でも一向に答えは見つからず、自分の力の使い所が、ずっとわからないままだ」


 その言葉を聞いた彼女は、とても穏やかな表情をこちらに向け、自らの弟子に助言した。


「お前のその力は、何かを奪うのではなく、何かを守るために使え。そうすれば、人生少しだけ楽しいものになるはずだ。自ずと生きる理由も見つかるさ」


 未来が視えるエマは、オズウェルドがこの話をするとわかっていたのかもしれない。そう思えるほど、彼女は澱みなく答えたのだ。


「……それは、俺の未来を視て言ったのか?」

「さあな」


 エマはニヤリと笑いながらそう言うと、立ち上がって伸びをした。そして、こちらを振り返りながら、とある提案をしてくる。


「やるべき事が見つからないのなら、私の野望を一緒に叶えてくれないか?」

「……人族と魔族との共存を?」

「ああ。……そうだな、手始めに大陸西部の統一でもしてくれないか? あそこは魔族たちが領有権を争っていて、いざこざが絶えない。そのせいで、人族にも少なからず被害が出ているんだ。それに、誰か(おさ)がいてくれたほうが、いずれ人族との交流もしやすくなるはずだ」

「……面白そうだな。いいだろう。お前の口車に乗ってやる」


 エマの提案に、オズウェルドはその瞳を爛々と輝かせながら、ニヤリと笑ってそう答えた。これは面白くなる、という確信めいた予感があったのだ。



 その後オズウェルドは、エマとの約束通り、本格的に大陸西部の統一を始めた。


 それからの日々は、毎日が刺激的で、楽しくて仕方がなかった。今まで生きる目的もなくただ漫然と過ごすだけだった日々が、彼女と出会ってから大きく変わったのだ。


 彼女と過ごす時間が、長い長い人生の、ほんの一瞬だとしても。

 オズウェルドにとっては、かけがえのない一瞬だった。


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