番外編2ー1.レオンという男
その日、サラは久しぶりに休暇をもらっていた。
アイリスは王妃としての公務に出ており、そういう日はローレンの護衛が彼女についているため、王妃専属護衛の数少ない休みの日なのだ。
サラが王城をフラフラと歩きながら今日は何をしようかと考えていると、聞き慣れた声に呼び止められた。
「サラ! 手合わせしようぜ!」
そこにいたのは、同じ専属護衛であるレオンだった。くるくると丸い瞳を輝かせながらこちらを見る様は、まるで尻尾を振る犬のようだ。
サラは特段やることもなかったので、レオンの提案に乗ることにした。
「ああ、いいよ」
そうして二人は、王城の中庭へと向かった。
するとその道中、いつものように様々な人物がレオンに声をかけてきた。サラにとっては、もう見慣れた光景だ。
手始めは騎士仲間から。
「レオン! 今晩飲みに行こうぜ!」
「あー、わりぃ! 今日は無理だ! また今度な!」
お次は業者の親父。
「おう、レオン! この前は荷物運んでくれてありがとな! 礼にこれやるよ!」
「おっ、サンキュー、おっちゃん! もう歳なんだから、体に気をつけてな!」
さらには侍女からも。
「あの、レオン様。先日は助けていただき、ありがとうございました……! これ、御礼です。よかったら召し上がってください」
「ええっ!? そんなのいいのに! でも、ありがとう。せっかくだし受け取るよ」
ひと月ほどこの男と過ごして、わかったことがある。
この男は、主君であるローレンやアイリスの敵には激しく牙を剥くが、それ以外には基本的に誰に対しても人当たりがよく、万人に好かれるタイプの人間だ。そのため、王城での知り合いが尋常じゃなく多い。
そしてこの男は、女からの好意に異様に鈍かった。
王城ですれ違うメイドや侍女たちは、レオンを見ると揃って頬を染め黄色い声を上げるのだが、本人は全く気がつく様子がない。中には勇気を出して話しかけてくる者もいるが、レオンがその気持ちに気づくことは一切なかった。傍から見ていて可哀想になるくらいだ。
そんなレオンを横目で見ながら、サラは思ったことを素直に口にした。
「あんたって、王城関係者全員と知り合いなの?」
「は? んなわけねえだろ。何人いると思ってんだ」
サラの問いかけにレオンは眉を顰めながら、何言ってんだこいつ、と言わんばかりにそう答えたのだった。
そして、王城の中庭まで来ると、早速二人は手合わせを始めた。
レオンは、暇さえあればサラに手合わせを申し込んでくる。初めて会った時に勝てなかったのが、余程悔しかったのだろう。
しかし、レオンの剣の才能には目を見張るものがあった。初見でサラの剣を受け止めたのもそうだが、手合わせを重ねるにつれ、レオンは日に日にこちらの動きに付いてこれるようになってきたのだ。
「はー! やっぱ強いなあ、お前!」
ひとしきり打ち合った後、レオンは中庭に座り込み息を整えながらそう言った。
「まあね。でも、あんたも確実に強くなってるよ」
「まじ!? よっしゃ! じゃあ、もう一本!」
「……あんた、本当に体力バカだね」
褒められたのが余程嬉しかったのか、レオンは飛び跳ねるように立ち上がり、既に剣を構えている。体力の尽きないこの男に半ば呆れながら、サラは仕方なくもう一本付き合うことにした。
しばらく打ち合っていると、流石に魔力切れが近づいてきたので、サラはさっさと手合わせを終わらせることにした。連打を浴びせレオンを池の淵まで追いやると、彼の足をサッと払う。
「うおっ!?」
すると、バランスを崩したレオンが、バシャン! と水しぶきを上げながら池に落ち、尻もちをついた。池といっても水深はそれほど深くないので、腰辺りまで浸かっている程度だ。
「……お前、わざとだな?」
「ん? 何が?」
レオンがジトリとした視線をこちらに向けてくるが、サラは微笑を浮かべながら素知らぬ顔をする。
すると、レオンがこちらに向かって手を差し出してきた。
「サラ」
「何?」
サラが目を眇めて聞き返すと、レオンはさらに手を伸ばしてくる。
「ん」
お前がこけさせたんだから、手を掴んで起こせということだろうか。サラはひとつ溜息をついてから、レオンに言葉を返した。
「自分で立ちなよ」
「ん!」
レオンが折れる様子を全く見せないので、サラは面倒くさい奴だと思いつつ、彼に手を差し伸べた。
「全く……ほら」
すると、レオンはサラの手を取った瞬間、思いっきいりその手を引っ張ったのだ。
「ちょっ……!」
サラはバランスを保とうとしたが、魔力がほぼ切れていたので踏ん張りが効かず、あえなく池に落下した。レオンが受け止めてくれたので全く痛みはなかったが、おかげで全身びしょ濡れだ。
「あんたね……」
サラがじとりとレオンを睨みつけると、彼は笑顔を浮かべながらあっけらかんとこう言った。
「アハハ! 引っかかった!! でも今日暑いし、気持ちいいだろ?」
彼の屈託のない笑顔になんとも毒気を抜かれてしまい、サラは怒る気も失せてしまった。
そして、レオンと共に池から上がると、二人して中庭の芝生にゴロンと寝転んだ。
残暑が厳しいこの時期は、まだまだ強い日差しが降り注いでいる。この分だと、濡れた服もすぐに乾きそうだ。
「お前って、本当にきれいな顔してるよな」
隣に寝転んでいたレオンが唐突にそんなことを言うものだから、サラは呆れて開いた口が塞がらなかった。
彼の言葉は、何の他意もない、心からの「感想」なのだろう。しかし、聞く人が聞けば、それこそこの男に懸想している侍女やメイドが聞けば、卒倒してしまう程の言葉だ。それを何も考えずに言ってしまうあたりが、何とも罪深い。
「あんたね……そういうこと、誰彼構わず言っちゃダメだよ」
「は? 言う訳ねえだろ。俺はお世辞とか言わねえ主義なの」
サラの言葉に、レオンはまた眉を顰めながら、何言ってんだこいつ、と言わんばかりにそう答えた。
こちらの言わんとしていることが全く伝わってなさそうなことに、大きな溜息をつくサラなのだった。




