57.禁忌の研究
トラップまみれの部屋を抜け、またしばらく地下道を進むと、そこに鉄製の扉が現れた。
重たい扉を開け中に入ると、そこはどうやら実験室のようだった。しかし、どこか手術室のようにも見える。部屋の中には、様々な薬品が並べられた棚や、ビーカーなどの器具が乱雑に置かれた実験台に加え、手術台のようなものも置いてあったのだ。
警戒しながらしばらく辺りを見回していると、部屋の隅にいくつかの檻が置かれていることに気がついた。アイリスはルーイを呼び、一つの檻に駆け寄る。するとその中には、制服姿の男女二人がぐったりと横たわっていた。
檻の中を覗き込み二人の顔を確かめたルーイは、眉を顰めながら言葉を漏らした。
「行方不明になってた魔法師の二人だ……道理で見つからないわけだ」
ルーイが追っていた魔法師失踪事件は、思いがけずドラゴン誘拐事件にも繋がっていたようだ。アイリスが檻の鍵に手をかざし魔法で解錠すると、ルーイが急いで中に入り二人の安否を確認した。
「大丈夫。二人とも眠ってるだけだ」
ルーイが安堵の表情を浮かべながらそう言うと、アイリスも大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。
そしてアイリスは、残りの檻も一つひとつ確認していくことにした。すると、すぐに探し求めていた相手に巡り合うことが出来た。
「ルーイ、こっちにはドラゴンの子が! 隣りにいるのは、きっと龍王の子ね」
檻の中にはまだ小さなドラゴンと、龍王と同じ深緑色の髪をした少年が倒れていた。こちらの檻も鍵を開け、一人と一匹の口元に手を当て安否を確認する。手に温かい風を感じたアイリスは、どちらも無事生きていることに深く安堵した。
(良かった……!! これで龍王との約束を果たせるわ)
「お嬢さん、こっちにも何かいるよ!」
ルーイにそう呼ばれ別の檻に近づくと、その中には狼のような生き物が緩慢に瞼を動かしていた。起きてはいるものの声も上げずゆっくりと呼吸しており、相当弱っているように見える。
檻の中の謎の生き物を見ながら、ルーイが不思議そうに声を上げた。
「何だ? 魔物か? お嬢さんわかる?」
「……こんな魔物、見たことないわ」
幼い頃から魔物討伐を日課としてきたアイリスでも、目の前の獣は今までに見たことがない種族だった。
すると、獣はゆっくりと口をあけると、あろうことか言葉を発したのだ。
「タス……ケ……テ……」
(これは…………!)
この場で行われていた実験の内容を理解してしまったアイリスは、全身が酷く粟立つのを感じた。ショックのあまり心臓が早鐘を打ち、指先から体温が失われていくのを感じる。
するとその時、ガチャリと扉を開く音がした。どうやらこの部屋の奥にはさらに扉があったようで、そこから一人の青年が現れたのだ。
「人の研究室に勝手に入り込むなんて、随分と趣味が悪いな。研究成果を横取りにでも来たのか?」
よく知るその姿に、アイリスは絶望のあまり固まってしまった。色白で細身の、眼鏡をかけた青年――。
「ドミニク……」
まさかの人物に、アイリスは放心のあまり彼の名をこぼしていた。
そこにいたのは、アイリスのクラスメイトであり、コネリー伯爵の息子である、ドミニク・コネリーだった。彼の制服を見ると、ボタンが一つ取れている。
「これは、あなたが……?」
アイリスが声を震わせながらなんとか言葉を発すると、ドミニクは口角を薄く上げながら自慢げに答えた。
「ああ、そうだ。すごいだろう?」
「な、なんてことを……」
彼の実験、そしてそれを何の悪びれもなく話す彼の反応に、アイリスは思わず身震いした。
そして、二人の会話についていけていないルーイがアイリスに尋ねてくる。
「お嬢さん、この生き物は一体なんなんだい?」
「…………キメラよ。恐らく、人間と魔物を掛け合わせたものだわ」
「!!!」
アイリスの回答に、ルーイもショックを受けたように大きく目を見開いた。
キメラとは、異なる動物を融合させた生物のことである。その研究は、今は禁忌とされるものだった。
アイリスは、答えを聞くのが怖くてドミニクに質問するのを強くためらったが、事件の真相を確かめる必要があるため意を決して尋ねた。
「ドミニク。この子は、誰?」
「孤児院から連れてきた子供だ。魔法が使えない人間じゃ魔物の魔力量に耐えられなくてダメみたいでな。何人か失敗したんだが、そいつはたまたま魔法の素質があったみたいで成功したんだ」
ドミニクの言葉に、アイリスはイオールの街で聞いた噂を思い出した。街の孤児院で、何人か子供が行方不明になっているという噂――。
子供を攫った犯人は空飛ぶ魔物などではなく、眼の前にいるドミニクだったのだ。
アイリスは、自分の非道を自慢げに語る眼の前の青年が、全く別の誰かに見えた。多少気難しいところがあるとは言え、この学校の優秀な生徒だったはずだ。
そしてアイリスは、半ば叫びながら彼を強く非難した。
「自分の領地の孤児院の子でしょう!? どうしてそんなことができるの!?」
「何の役にも立たないガキを、僕の有益な実験の糧にしてやったんだ。むしろ感謝して欲しいくらいだ」
「…………っ! あなたはどうして……そんなに歪んでしまったの……!」
彼の心無い言葉に、アイリスは思わず顔を顰めた。そして、ドミニクの父親のことが脳裏に浮かぶ。あんなに嬉しそうに、自分の息子を自慢していたコネリー伯爵のことを。
父親からあんなにも愛されているのに、何が彼をそうさせたのか。今のアイリスには、到底理解できなかった。
アイリスは怒りともとれない感情に苛まれ、彼への非難の言葉を続けた。
「キメラの研究がどうして禁止されているか知ってる……? 過去に大勢の犠牲者を出したからよ……!!」
「だが僕は成功した!!」
アイリスの言葉をかき消すようにドミニクはそう叫ぶと、恍惚とした表情で語りだした。
「前々から研究を重ねて、ようやく成功したんだ。次は、ドラゴンと魔法師を掛け合わせようと思っていてな。貴重なドラゴンを捕まえられたのは本当に幸運だった! 全てはあの人のおかげだ!!」
ドミニクはそこまで話すと、急に表情が険しくなり、アイリスたちを強く睨みつけた。そしてとうとう、こちらに向かって杖を構えたのだ。
「だが、とんだ邪魔が入った」
ドミニクは完全に戦闘態勢に入っている。恐らく、ここでアイリスとルーイを始末するつもりだろう。
(これは、私が止めなきゃいけない……)
アイリスはそう強く思うと、こちらも杖を取り出しドミニクに構えた。そして、彼を睨み返しながら尋ねる。
「ドミニク、答えて。どうしてこんなことをしたの?」
「魔族に対抗できる人間を創り出すためだ」
「は……?」
ドミニクの回答が理解できず、アイリスは思わず眉を顰めた。すると、彼は顔を歪ませながら、魔族に対する嫌悪の言葉を撒き散らした。
「魔族なんてものは忌むべき存在だ。人間に害を成す、憎むべき相手だ! だから、魔族を殺せる力を持つ人間を創り出し、奴らを一匹残らず滅ぼすんだ……!」
そう言うドミニクの瞳には、強い憎悪の感情が宿っていた。確か彼は、幼い頃に母親を魔族に殺されたとコネリー伯爵が言っていた。その時の憎悪が、ここまで膨れ上がってしまったのだろうか。だが、たとえそうだとしても――。
「いくら魔族が憎いからといって、あなたの行いは決して許されるものではないわ。人の命をなんだと――」
「うるさい。正論なんてウンザリだ」
そう言ってアイリスの言葉を遮り、ドミニクはさらに続けた。
「国王が掲げている夢を知ってるか? 魔族との共存だぞ!? 吐き気がする! あんな王、さっさと殺して降ろすべきなんだ!!」
ドミニクの言葉に、アイリスは頭が沸騰しそうになるほどの怒りの感情に支配された。そして怒りのあまり、逆に落ち着いてくる自分がいた。
「……あなたは、彼の何を知ってるの?」
冷たい声でそう返したアイリスを無視し、ドミニクは仮面の魔法師への嫌悪も露わにする。
「魔族に師事していたお前のことも忌まわしい! 魔族の魔法が使えるからとチヤホヤされて。この学校に天才は僕一人で十分だ!!」
「あなたが天才……? 笑わせないで」
思い上がり甚だしいドミニクに、アイリスは思いっきり嘲笑を浴びせた。
「あなたは天才でもなんでもないわ。そういう寝言は、私の師匠を見てから言ってちょうだい」
アイリスの言葉に、ドミニクは顔を顰めて怒りに震えていた。しかし彼の反応には構わず、アイリスは杖を構え直す。
「あなたは……私がここで潰す」




