55.秘密の地下室
その後、マーシャに連れられしばらく校内を進むと、学校棟一階の奥まった一角で彼女の足が止まった。
「間違いなくここのはずなんですが……壁しかないですね……」
マーシャはそう言いながら、困惑した表情でアイリスを見遣る。魔力探知能力に優れた彼女がここだと言うのなら、間違いはないはずだ。
「さっきルーカスが言ってた、隠し部屋がある、とか?」
「その線が高そうだ。ちょい待ち」
ルーイはそう言うと、何もない壁をじっくりと観察し始めた。
「ふーん、なるほど? どれどれ。これをこうして……」
何かわかったのか、ルーイは壁や床をベタベタと触りながらぶつぶつと呟いている。そして程なくして、壁の方からガコッという音がした。
「ほい! いっちょ上がり!」
ルーイの声と共に、ゴゴゴゴゴ、という音がしたかと思うと、壁の一部が動き出し地下に続く階段のようなものが現れた。
「秘密の地下室の入り口!!」
その光景に、アイリスは思わず興奮して声を上げた。マーシャも驚いたように目を丸くしながら言葉をこぼす。
「学校にこんなところがあるなんて……知っている人なんて、ほとんどいないんじゃないでしょうか」
すると、ひと仕事終えたルーイが、肩を回しながら意気揚々と言葉を放った。
「よっしゃ! とりあえず行ってみるか! 探検だ、お嬢さん!!」
「ええ! 無事見つけ出しましょ!」
そうやってルーイとアイリスが意気込んでいると、マーシャが申し訳無さそうに言ってきた。
「私も同行したいのは山々なんですが、戦闘はあまり得意では無くて……」
「では、僕が引率しましょう」
後ろから突然ヌッと現れた人物に、その場にいた三人は驚いて飛び上がった。
「ひゃあ!」
「うわあ!」
「きゃっ!」
後ろを振り返ると、そこにはアイリスがよく知る人物が、いつものようにニコニコと微笑みながら佇んでいた。
「マクラレン先生!!」
アイリスが驚いて彼の名前を叫ぶと、マクラレンは首に手を当て、少し苦笑しながら弁明した。
「ああ、すみません、驚かせてしまって。こんな朝早くからコソコソしてる人たちがいたんで、不審者かと思って魔力も足音も消して跡を付けてたんです。そしたら、気配を消しているのを忘れて、そのまま声かけちゃいました」
アイリスは人の気配にそこまで鈍感な方ではないのだが、マクラレンが後ろにいることに全く気が付かなかった。危うくもう少しで攻撃魔法を放つところだった。
流石のマーシャも完全に魔力を消されると気付けないようで、驚いた顔で固まっている。
「また王城の方が何人か来てますが、何か事件ですか? 相変わらずお忙しそうですね、アイビーさん。僕で良ければお手伝いしますよ」
「あ、ええと……」
そう言ってマクラレンがにこやかに申し出てくれたのだが、アイリスは思わず言葉に詰まってしまった。ローレンの『どんな相手でも勝てる自信があるか』という問いを思い出してしまったのだ。
(先生が何かの研究をしてるなんて聞いたことないし、犯人じゃないとは思うんだけど……万が一という可能性も……)
すると、逡巡するアイリスを見て、ルーイがこっそりと耳打ちしてきた。
「お嬢さん、この人は大丈夫だよ」
思わぬ言葉に、アイリスが目を見開いてルーイの方を見遣ると、彼はただただ微笑を浮かべていた。しかしその笑顔には、なぜかいつもの胡散臭さを感じなかった。
ルーイの言葉に冷静さを取り戻したアイリスは、今この場での最適解を考える。そして、マクラレンを見据えて口を開いた。
「でも先生、今日普通に授業ありますよね? 急に先生が休めば、犯人が不審がる可能性もあります。それは避けたいところです」
「ふむ、なるほど」
「ですので、マクラレン先生は生徒と教師に、マーシャさんは研究員に、制服のボタンが取れている人がいないか、それとなく確認していただけませんか?」
「ボタン、ですか?」
アイリスのお願いに、マクラレンは不思議そうな顔を浮かべた。事情を知らない彼に、アイリスは端的に説明を加える。
「はい。実は龍王の息子とドラゴンの子が行方不明になっていまして。攫った犯人はこのボタンの持ち主のはずなんです。魔力の残滓が薄くて、恐らくマーシャさんの力でも追跡は難しいので、一人ひとり確認するしかなくて」
そう言ってアイリスは、ドラゴンの番から受け取った、この学校の制服のボタンを見せた。するとマクラレンは、納得したように大きく頷いて言った。
「事情はわかりました。では、ルーカス君、アイビーさんのことは君に任せても?」
マクラレンがルーイを見据えながら真剣な表情でそう尋ねると、ルーイもルーイで真面目な顔で言葉を返す。
「ああ、もちろん。命に替えても守るよ」
(命に替えても、なんて、そんな大げさな……)
二人のやり取りを見ていたアイリスはそう思ったのだが、ルーイがいつになく真剣な表情をしていたので口をつぐんだ。
すると、マクラレンが穏やかな瞳でこちらを見つめ、言葉をかけてきた。
「アイビーさん。危なくなったら、転移魔法でもなんでも使って、必ず戻ってくること。いいですね?」
マクラレンの言葉に、アイリスは以前にも彼が自分を生徒として心配してくれた事を思い出した。
この人は、アイリスが何者であっても一人の生徒として扱ってくれる。そのことが、なんだかとても嬉しいのだ。
「……わかりました!」
アイリスは力強くマクラレンに返事をすると、ルーイとともに地下室への階段を降りていった。




