30.告白
「い、一年ほど前……私の研究室に一人の男性がいらっしゃって……魔族に結界を張られてしまい、大事な秘宝が取り出せなくなったから、結界を解いて欲しい、と依頼があったのです」
マーシャはアイリスを見つめながら、震える声でなんとか言葉を紡いでいる。
「……ちょうどその頃、魔法の無効化について研究成果が出始めていたのもあり、私はその依頼をお引き受けしました。随分と困っていらっしゃるようでしたし、私の研究が役に立つのならと……」
「今の部分は嘘だ。マーシャ嬢、ここでは真実を話せ」
ローレンは、書類から顔も上げずにピシャリとそう言い放った。彼のギフトは『嘘を見抜く力』だ。同席してもらったのは、その力を借りるためだった。
ローレンに厳しく指摘されたマーシャは、今にも泣き出しそうな顔をしている。しばらくの沈黙の後、マーシャは俯きながらようやく口を開いた。
「…………その男性に、『自分の主人は王城の高官で、もし今回の依頼が成功したら、宮廷魔法師になれるよう口利きしてやる』と言われて……。自分の欲に目がくらんでしまいました……も、申し訳ございません……」
そう言うマーシャの瞳からは、ポロポロと涙が溢れていた。
彼女の言葉に、アイリスは以前リザから聞いた、『マーシャは宮廷魔法師を目指しているが、女性という理由で正当に評価されず学校に留まっている』という話を思い出す。
「どうしても、宮廷魔法師になりたかったんですね」
アイリスがマーシャに優しくそう声をかけると、彼女はつらそうに顔を歪めながらポツリポツリと言葉を紡いでいった。
「私は、小さい頃から魔法が好きで、研究に没頭してきました。でも、父はずっとそのことに反対していて……魔法の研究なんかやめて、さっさと結婚しろと……。どうしても研究を続けたかった私は、宮廷魔法師になって父に認めてもらおうと考えました。でも、一向に依頼主から宮廷魔法師のお話が来なかったので、てっきり失敗したのだとばかり……」
嗚咽を漏らしながら話すマーシャに、アイリスはハンカチを手渡した。
彼女の様子に、アイリスは依頼主に対する怒りが込み上げていた。人の弱みにつけ込んでマーシャを利用した人物を、許すわけにはいかない。
「あなたに依頼をしたその男性は、どんな方でしたか?」
「……最初にお会いした方は、背の低い初老の男性でした。どうやら依頼主の伝令役の方だったらしく、依頼主の方には一度もお会いしたことはありません。その後、私に何か連絡がある場合にはいつも違う伝令役の方がいらっしゃって、同じ人に二度お会いしたことはないのです」
「依頼主の情報は?」
その問いに、マーシャはふるふると首を振るのみだった。
(やはり、依頼主の正体はマーシャさんも知らされていないのね……)
アイリスはマーシャの論文を見つけてから、ローレンに協力を仰ぎ周辺調査を行っていた。
調べてみると、一年ほど前から数回に渡って、マーシャの元に学校関係者でない男性らが訪れていたことがわかった。そして、学校の訪問者記録を見ると、その男たちが記した名前や連絡先などの情報は、全てでたらめであることもわかっている。
これらの事実から、マーシャが依頼主の正体を知らされていないことは、ある程度予想がついていた。彼女にこれ以上聞いても、依頼主に繋がる手掛かりは出てこないだろう。
アイリスは潔く諦め、質問を変えることにした。
「この件について調査をしていて、一つわからないことがありました。学校の研究室から、どうやって王城の結界を解析したのですか? 普通は距離が離れすぎていて、正確に解析することはなかなかに難しいと思うのですが」
「私は、魔力探知能力が他の人よりも優れているようで、座標さえわかれば魔法の解析が可能なのです」
「……! あなたのギフトでしたか……!」
あの距離でどうやって結界の解析をやってのけたのか謎だったが、ギフトの力であれば納得だ。しかし、座標がわかれば解析できてしまうとは、ずば抜けた魔力探知能力の持ち主だ。
「その能力のことをご存じの方は?」
「学校関係者の方は、大体ご存知かと思います」
「では、マーシャさんの研究内容についてご存知だった方は?」
「基本的に一人で研究を進めていたので、何とも……たまに他の方に相談することはあったので、研究員の方ならご存知の可能性もありますが……」
(依頼主はマーシャさんの研究内容とギフトの力のことを知っていた人物……やはり学校関係者の可能性が高いということ? 一体何者なのよ)
一向に犯人像が見えず、アイリスは思わず小さな溜息をついてしまった。
しかし、悲観していても仕方がないので、アイリスは気を取り直して質問を続ける。
「あなたが結界の解除を行ったのは、一ヶ月前の一回と、半年前の二回、計三回ですか?」
「そ、それは違います! 私が依頼を受けたのは、一ヶ月前と半年前の一回ずつです」
それを聞いたアイリスがローレンの方をチラリと見遣ると、すぐに返事が返ってきた。
「嘘はついていない」
ローレンの言葉に、マーシャは安堵の表情を浮かべている。
相変わらず書類から顔を上げずにいるローレンを見て、一体どうやって嘘かどうか判別しているんだろうと、アイリスは疑問に思った。
しかし、今は話が逸れてしまうので、この質問は一旦お預けだ。
そしてアイリスは、マーシャに向き直り最後の質問をした。
「半年前、最初に結界が破られてから再び破られるまで、たった十日間しか空いていませんでした。一度目がマーシャさんとして、二度目はいったいどうやって破られたのかわかっていません。研究員としてのあなたの意見を伺えませんか。ちなみに、破られた結界はどちらも同じ魔法師が施しています」
アイリスの問いに、マーシャは少し考え込む仕草をしてから、すぐに淀みなく話し始めた。
「そうですね……研究をしていて気づいたのですが、同じ人物が同じ魔法を使っても、その構造には多少のブレが生じます。ですので、私が結界を解いた後、張り直された結界を再度誰かが解析し無効化した、ということになります。それをたった十日間で、というのは人間離れした所業です。できる可能性があるとすれば、魔族くらいかと」
(やはり、そういう結論になるわよね……)
一番聞きたくなかった言葉に、アイリスは頭を抱えた。
どうしてもローレンの夢のことが思い出される。魔族との共存を掲げるローレンにとって、暗殺未遂事件の黒幕が魔族と繋がっているかもしれないというのは、非常に都合が悪い話だ。
(魔族本人が黒幕なら、わざわざマーシャさんに結界の解除を依頼したりしないはず。ということは、やはり黒幕は人間……)
しかし、今ある情報でいくら考えても、答えは出そうになかった。黒幕については後で考えることにして、アイリスはマーシャに向き直った。
「わかりました。ありがとうございます。私からお聞きしたかったのは以上です。陛下からは何かございますか?」
「いや、十分だ」
二人の会話を聞いたマーシャの表情が、わずかに強張る。そして彼女は、声と手を震わせながら二人に尋ねてきた。
「私の処遇は……やはり極刑、でしょうか」
「その話の前に、この場にお呼びしたい方がいます」
アイリスがそう言って壁際に視線を遣ると、カーテンで仕切られていた小部屋から一人の男性が現れた。




