後日譚2ー4.懺悔
エマを呼び出した後、フレイヤは『ゆっくり話してね』と言ってすぐに部屋から出ていった。邪魔をしないよう、こちらを気遣ってくれたようだ。
そして今、オズウェルドはただただ呆然と立ち尽くしてエマを見つめている。また会えるなんて、本当に夢みたいだ。
「元気にしてたか? オズウェルド」
エマに穏やかな表情でそう言われ、オズウェルドはとうとう我慢できなくなって大粒の涙をこぼした。
「エマ、すまなかった……俺にもっと力があれば、お前を救えていたかもしれないのに……」
「泣くなよ。仮にも魔王だろ?」
泣きながら懺悔するオズウェルドに、エマは苦笑していた。しかし涙を止めたくても、再び会えた喜びと、救えなかった申し訳無さと後悔の念で、次から次へと涙が溢れてくる。
「……俺は、お前が死んでからずっと後悔していた。あの時、お前をグランヴィルの元へ行かせるべきではなかったと」
「後悔なんかするな。あれは私が自ら選択したことだ」
一向に涙が止まないオズウェルドを見て、エマは困ったように眉を下げた。せっかく会えたのに泣いてばかりではいけないと、手の甲で雑に涙を拭う。そして、ずっと聞きたかった問いを彼女にぶつけた。
「もしあの時、俺がお前を助けていたら、どうなってたんだ?」
考えない日はなかった。それほどに後悔していた。しかしいくら考えたところで、救えなかった命は戻ってこない。
こちらの問いに、エマは一度目を伏せた後、遠くを見つめながら口を開いた。
「グランヴィルの弔いだと言って、エリオットが反人族派の魔族たちを焚き付け、アトラス王国と戦争を起こしていた。その戦争で、結局私は命を落としていたよ」
その答えに、オズウェルドは思わず表情を暗くする。結局自分がどう動いたところで、彼女を助けることはできなかったのだ。
落ち込むオズウェルドを見て、エマはまた困ったように微笑む。
「そんな顔をするな。私はどうせ死ぬなら、グランヴィルに殺されたかったんだ。あいつの家族を救えなかった、せめてもの償いとしてな」
そう言うエマは、どこか寂しさと後悔が入り混じったような表情をしていた。
「お前は一体……どんな未来を視ていたんだ?」
気づけばそう尋ねていた。果たして彼女は、どんな未来の中から今あるこの未来を選び取ったのだろうか。
しかし、エマはその問いには答えず、逆にオズウェルドにこう尋ねてきた。
「その前に、私が死んだあとのことを聞かせてくれないか? 私が視る未来は絶対ではないんだ」
エマにそう言われ、オズウェルドはこれまでのことを全て話した。
アイリスの師匠となり、彼女を見守ってきたこと。ローレンと知り合い、バーネット王国と同盟を結んだこと。そして、アイリスがエリオットを倒したこと。
「お前にとって、この未来は満足いくものだったか?」
そう尋ねると、エマは満足そうにとびきりの笑顔を浮かべた。
「ああ、百点満点だろうよ。最高の未来だ」
そして彼女は、またどこか遠くを見つめながら、先程の問いに答えてくれた。
「私が視ていた未来はな、オズウェルド。一歩間違えれば、この世界が破滅するものばかりだったんだ」
それから彼女が教えてくれた未来の数々は、本当に救いのないものだった。
エマがアイリスの父に介入していなければ、アイリスは十歳で父を亡くし、黒髪緋眼として王になっていた。そして、後見人である叔父たちから執拗にいじめられた末、アイリスは精神を病みギフトが暴走。世界中の生物が絶滅していた。
アイリスに本当のギフトのことを隠していたのも、彼女にその力を使わせないためだった。もし彼女が幼少期から本当の力を知っていたら、どんな選択肢を取っても生物絶滅は避けられなかったらしい。
アイリスをアトラス王国から救うべく、オズウェルドとライラが早々に手を結んでいれば、魔族間で大陸を巻き込む大戦争が起きて、やはりほとんどの生物が滅んでいた。
エマがグランヴィルの家族を救えば、その間にエリオット率いる軍勢がアトラス王国に攻め込み、そこから人族と魔族の世界大戦に発展していった。
他にも色々と、救いようのない未来をいくつも教えてもらった。
「ほんと、何度未来を視たことか」
話し終わったエマは、やれやれと言うように苦笑していた。
どれもこれもが絶望的な未来の中で、希望ある未来を見つけ出すのは途方もない苦行だっただろう。視る未来のほぼすべてが悲惨なものなら、精神的に参ってしまいそうなものだ。それでも彼女は、この未来を見つけてくれた。見つけて、導いてくれた。
「今あるこの未来を選び取るために、私は人生の全てを懸けた。私があそこでグランヴィルに殺されるのが、一番良い未来を選択できたんだ。だから、お前が悔やむことなど何一つとしてないのさ、オズウェルド」
そう言われて、オズウェルドはようやく後悔の念を手放すことができた。あの時のことを後悔するということは、エマの選択を、人生を否定することと同義だ。彼女に向けるべきは、後悔ではなく、感謝の念だということにようやく気づけた。
「ありがとう、エマ。本当に、ありがとう」
心からの感謝を伝えると、エマは穏やかな表情で首を横に振った。
「礼を言うのはこちらの方だ。ありがとう、私の意思を継いでくれて」
そして彼女は、こう続けた。
「早めに魔族と人族の軋轢をなんとかしておかなければ、いずれ二者間での争いが頻発し、最後にはほとんどの生命が滅んでいた。だからどうしても、人と魔族の共存を実現させたかったんだ」
「そうだったのか……」
エマの野望の裏にそんな事情が隠されていたとは、今の今まで全く知らなかった。この話に驚くと同時に、なおさら気の引き締まる思いがする。どうやら今後の自分の行いが、未来の平和に直結するようだ。
「であれば俺は、人と魔族の関係をより良いものにするために、己の人生を捧げよう」
「それは心強いな」
エマはそう言うと、安心したような笑みを浮かべていた。
しかし程なくして、彼女は表情を暗くする。どうしたのかと不思議に思っていると、彼女は後悔の滲んだ顔で唐突に懺悔を始めた。
「……私は、この未来を選ぶために多くを切り捨てた。グランヴィルの家族より、その他大勢の命を選んだんだ。それが良いことだとは全く思ってない。この選択は、完全に私のエゴだ。グランヴィルからすれば、その他の命などどうでもよかっただろう」
エマがグランヴィルに対してこんなにも悔恨の念を抱いていたとは知らなかった。そう言えば最後に会ったときも、彼女はグランヴィルのことを気にかけていたなと思い出す。
「それに、アイリスの人生も随分と踏みにじった。あの子には悪いことをした」
「アイリスは憎んでなどいないよ」
オズウェルドがそう言うと、エマは少し表情を和らげていた。そして、彼女にこんな提案をしてみる。
「いずれグランヴィルやアイリスとも話してみるといい」
それを聞いた彼女は、穏やかに微笑む。
「そうするよ。フレイヤに感謝しなければ」
「ああ。俺の自慢の弟子だ」
オズウェルドが誇らしげにそう言うと、エマはニヤリといたずらっぽい笑顔を浮かべた。




