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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
後日譚

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後日譚1ー2.星空の下で


「はー、食った食った!」


 試合後、再集合した二人は、レオン行きつけの店でたらふくご飯を食べた。もちろん、敗者であるサラの奢りで。これまでこの男の前で一度も開いたことのない財布を開ける日が来るとは、何とも感慨深い。


 しかし、今日はいつもと異なり互いに酒を飲まなかった。レオンが『こんなめでたい日に酒で記憶を無くしたくない』と言ったので、サラもそれに付き合った形だ。彼はさほど酒に強くなく、飲みすぎるとすぐに記憶を無くすのだ。


 店を出ると、夜風が頬を撫でて気持ちが良かった。夏が近いとは言え、夜はまだ涼しく随分と過ごしやすい。


「サラ、ちょっと寄り道していかねえ? 俺、いま最高に気分が良い」


 いつもはこのまま帰るのだが、珍しくレオンがそう言ってきたので少し驚いた。見上げると、彼は穏やかに笑っている。


 まだ時間も早いし、もう少し彼と話していたかったので、サラはその提案に乗ることにした。それに、勝者の言うことを断るわけにもいかない。


「良いけど、どこ行くの?」

「それは着いてからのお楽しみだ!」


 レオンはニカッと笑ってそう言うと、サラを連れて城下街を進み始めた。こんな時間に二人で街を歩くのは初めてで、なんだか新鮮だった。


 そして目的地に着くと、サラはその美しい光景に目を奪われた。


「うわあ……満天の星空だね……すごくきれいだ」

「へへっ。お前に見せてやりたくてさ」


 そこは、城下街の外れにある小高い丘の上だった。空を見上げると、数多の星々が自らの存在を主張するように煌々と輝いている。まるで夜空に宝石が散りばめられたようだ。


「よくこんなとこ知ってたね」

「いいだろ、ここ。アイリス様に教えてもらった」


 レオンは自慢げにそう言うと、遠くを見つめて感慨深そうに言葉を続けた。


「お前と出会ってもう二年かあ。早えな」

「そうだね。いろいろあった」

「出会った頃は、しょっちゅう口喧嘩してたよな」


 レオンが昔を思い出したように苦笑するので、サラも釣られて笑みをこぼす。


「ふふっ、懐かしい。レオンとは絶対気が合わないと思ってたのに、今や相棒になってるんだから、不思議なもんだよね」


 そんな風にしばらく他愛のない話をしていると、急にレオンが黙ってしまったタイミングがあった。いつもよく喋る彼が黙るのは珍しい。


「どうかした?」


 サラが怪訝そうに尋ねると、レオンは頭をくしゃくしゃと掻いて少し気恥ずかしそうに口を開いた。


「ええと、あのさ……こういう時どうすればいいかよく知らないから、もし変だったらごめんなんだけど」

「?」


 彼の言わんとしていることがわからなくて、サラは首を傾げた。すると彼は、突然サラの目の前で跪き、あろうことかその手を取ったのだ。そしてサラは、彼の力強い視線に射抜かれた。


「サラ、俺と結婚してくれないか?」

「………………」


 何が起きたのか理解できなくて、サラはその場で固まってしまった。脳の処理が全く追いつかない。


「『はい』でも『いいえ』でも、正直に答えてくれていいぞ」


 レオンに続けてそう言われ、ハッと我に返る。ようやく現状が理解できたサラは、一気に顔に熱が上るのを感じた。


「きゅっ、急に何言って……!!」

「だから、お前と結婚したいって言った」

「いろいろ飛ばしすぎだ!!」


 レオンの言葉に、サラは思わずツッコミを入れてしまった。


 レオンとは唯一無二の相棒同士ではあるけれど、彼はこちらに対してそれ以上の感情を絶対に抱いていないと思っていた。それなのに恋人を通り越して結婚だなんて言われても、頭が追いつかない。


「やっぱり恋人期間とか設けたほうが良いのか? こういうのって。でも、もうお互いのこと知り尽くしてるしなあ。それに、少しでも早く家族になって、お前と一緒にいたかったんだよ」


 曇りのない真っ直ぐな瞳でそう言われ、サラはもう何も言えなくなった。

 この男は歯に衣着せずストレートに思いを伝えてくる奴だということをすっかり忘れていた。自分の顔は火照ったように熱く、もはや真っ赤になっていることだろう。今が夜で良かったとつくづく思う。


「で、答えは? 断ったら気まずくなるとか、そんなことは考えなくていいからな」


 真剣な表情のままのレオンにそう問われ、サラは恥ずかしさのあまり半ばヤケになって答えた。


「――……はい、に決まってる!」

「ほんとか?!」


 サラが答えた途端、レオンは瞳を大きく見開き爛々と輝かせた。そしてサラの脇腹を掴んだかと思うと、そのままひょいと持ち上げてくるくると回り始めたのだ。


「わっ、ちょっ、レオン!!」

「ハハッ! すっげえ嬉しい!!」


 そう言うレオンは、満面の笑顔を浮かべて笑っていた。そしてサラを下ろすと、そのまま抱きしめてくる。


「ぜってえ幸せにする!!」

「……ありがとう、レオン」


 彼から想いを伝えられなければ、自分からは絶対にこの関係を変えられなかった。そんな勇気がなかったのだ。

 でもレオンは、関係が壊れるとかそんなことを恐れもせず、真っ直ぐに想いを伝えてくれた。そのことに、深く感謝する。それに、仮にここで断っていたとしても、レオンなら気まずさなんて感じさせない気がした。


 ルーイが『二人は両思いだ』と言っていたのは嘘ではなかったようだが、一体いつからこの男は自分のことを好いていてくれたのだろうか。それがどうにも気になって、サラは思わず彼に尋ねていた。


「でも、いつから? これまで侍女やらメイドやらに告白された時、『今はアイリスや王様に仕えることしか考えられない』って言って断ってたんでしょ? それが、何で急に……」


 その問いに、レオンは怪訝そうに眉根を寄せる。


「いつの話だよ、それ」

「え?」

「だいぶん前から、好きな子がいるから無理って言って断ってたぞ? というか最近、告白自体されてねえし」


 彼の答えに、サラは唖然としてぽかんと口を開いた。


 耳を強化して会話を聞こうと思えば聞けたが、人の告白を盗み聞きするほど悪趣味ではない。だからそんなこと、全く知らなかったのだ。


 こんなことならこっそり盗み聞きしておけばよかったとも思ったが、レオンに好きな子がいると知れば、それはそれで想いを伝える勇気が出なかったと思う。好きな子が自分だと都合よく思えるほど、前向きな性格はしていない。


「いつの間にか惚れてたから、いつからってのは言えないけど、お前が『自分より強い相手が良い』って言ってたのを聞いて、お前に真剣勝負で勝ったら告白しようと思ってたんだよ」

「えっ……」


 見ず知らずの相手からひっきりなしに告白されるのが面倒になって適当に放った言葉が、ここに来て自分の首を締めていたとは思いもよらなかった。サラは自分の言動に激しく後悔し、思わず両手で顔を覆う。


「ごめん、レオン。あれは別に本心じゃなくて、告白を断る方便だったんだ……」

「なんだ、そうだったのか。お互いめちゃくちゃ勘違いしてたな」


 レオンはそう言うと、ケラケラと笑っていた。


 自分のせいで随分と遠回りをしてしまったなと思う。彼にも申し訳ないことをしてしまった。

 一方で、自分に想いを伝えるために強くなってくれたんだと思うと、この上なく嬉しかった。その努力をする価値があると思ってくれている事実が、彼の愛情が嘘ではないとわからせてくれた。


「でもまあ結果的には良かったか。俺がお前より強くないと、いざという時にお前を守れないからな」


 ニッと笑ってそう言うレオンに、サラは言葉に詰まり何も言い返せなかった。そして、この男はまるで日常会話のように愛に溢れた言葉を放ってくるということがよくわかった。早くこれに慣れないと、心臓が保ちそうにない。


「これ、お前に」


 レオンはそう言って、サラの左手を取った。そして、薬指にするりと指輪を通す。


 レオンが付けてくれたのは、一粒のダイヤがついた指輪だった。思わず空に向かって手をかざすと、それはひとつの星となってキラキラと輝く。夜空に浮かぶどの星々よりも、ずっとずっと輝いて見えた。


「きれい……」

「普段は剣握るから付けられないと思うけど、まあ、二人でいる時とかに付けてくれると、すげえ嬉しい」

「ありがとう、大切にするよ。普段は鎖に通してネックレスとして身につけておく」


 サラがそう言うと、レオンはニカッと笑って頭を撫でてくれた。それが何とも気恥ずかしくて、思わず俯いてしまう。今までも距離感の近い男だったが、想いが通じ合ってそれに拍車がかかった気がする。


 すると、レオンがこちらの頬に触れたかと思うと、優しく上を向かせられた。穏やかな笑みを浮かべた彼と目が合う。


「サラ。お前の人生、俺がすげえ楽しいもんにしてやる。そんで、絶対に自分のこと好きだって思わせてやる」


 その言葉に、サラは昔彼から言われたことを思い出した。


『仇討ちが終わって前に進めるようになったから、次は、お前が自分のことを好きだと思えるようになったらいいなって、思ってる』


 レオンは昔からサラのことをとてもよく考えてくれる奴だった。そして、それは今も変わらない。


 そのことが堪らなく嬉しくて、サラは思わず笑みをこぼす。


「ありがとう。それはもう思ってるよ。レオンの隣にいるときは、自分のこと、不思議と嫌いじゃなくなるんだ」


 そう言うと、レオンは嬉しそうにニカッと笑った。


「そっか! じゃあ、ずっとお前の隣にいるな!」


 こうして二人は、満天に輝く星空の下で、互いの気持ちを通じ合わせたのだった。


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