後日譚1ー1.拗らせた想い
同盟が締結され、二年が経った頃。
サラは依然としてアイリスの護衛を務めていた。
やりたいことが見つからないからではなく、今は自ら進んでここにいる。ずっといたいと思えるほど、この場所は居心地がいいのだ。
レオンも結局、ローレンの専属護衛に戻ること無くアイリスの元にいる。これも、本人たっての希望だった。
そして、夏が近づくある日のこと。久しぶりの休暇をもらったサラは、たまたま王城の外廊下で会ったルーイと立ち話をしていた。
「ねえ、サラ嬢」
ルーイは廊下の壁にもたれかかりながら、呆れたようにこう尋ねてくる。
「まーだくっついてないの? レオン君と」
「うるさい」
サラはじとりとした視線をルーイに向ける。
「別にあいつとどうこうなりたいわけじゃないから」
「拗らせてんねー」
ルーイがまた呆れたようにそう言うので、サラもサラで軽く彼を睨みつける。すると彼は、半ば憐れむような目をこちらに向けてきた。
「でも、サラ嬢。レオン君が他の女の子とくっついても大丈夫なのかい? 隣にいられなくなっても?」
「別にどうってこと……」
そこまで口にして止まってしまった。
レオンが隣から消えて、ひとりで生きていくことを想像してしまったのだ。そうした途端、心の中が酷く虚しくなった。
そんな自分が嫌になり、サラは両手で顔を覆う。
「……大丈夫じゃないかもしれない」
「拗らせてんねー。素直に気持ちを伝えてみなよ」
「簡単に言ってくれる……」
サラはレオンへの想いを自覚してからも、その気持ちを打ち明けることは絶対にしなかった。彼の答えがわかりきっているからだ。それならば、想いを心の内に隠して彼の隣にいたほうがずっといい。
「今の関係が壊れるのが怖いんだよ」
「あー、よく聞くやつだ、それ」
そしてルーイは、困ったようにひとつ息を吐いてから続けた。
「サラ嬢、俺はね、そう言って他の奴に想い人を取られて泣き寝入りしていった哀れな人間をたくさん見てきたよ」
「…………」
自分でもわかっている。ずっとこのままの関係が続くなんてあり得ないことを。でも、だからといって自分にはどうすることもできなかった。相手の気持ちを操ることなどできないのだから。
ルーイの言葉に何も返せないでいると、彼は優しげな表情でこう尋ねてきた。
「サラ嬢はレオン君とどうなりたいんだい?」
「別にくっつきたいとかそういうんじゃなくて……隣にいられるだけで良いんだ」
サラのその答えに、ルーイは腕組みをして大きく頷く。
「なるほど、なるほど。家族になりたい、と」
完全にからかわれたと思ったサラは、彼をまた軽く睨みつける。
「何でそうなる」
「え、どう考えたってそうでしょ」
そう言うルーイは、その答えが至極当然だと言わんばかりの顔をしていた。サラがやれやれと盛大な溜息をつくと、彼は優しい笑顔を向けてくる。
「まあでも、二人がくっつくのは時間の問題だと俺は思ってるよ。この城で君たちが両思いだと思ってないの、当事者くらいだから」
ルーイにそう言われ、思わず眉を顰める。どうせまたいつものように適当なことを言っているのだろうと思い、サラはその言葉を真に受けなかった。
その後、待ち合わせの時間になったのでサラは中庭へと向かった。いつものように、レオンと手合わせの約束をしていたのだ。
中庭に行くと、そこには既にレオンの姿があった。サラの存在に気づいた彼は、こちらに向かって笑顔で手を振ってくる。そんな彼に、サラも微笑を浮かべて手を振り返した。
「ごめん、待った?」
「いや、いま来たとこ」
そしてレオンは、ニッと笑ってこう続けた。
「なあサラ、久しぶりに本気で試合しねえ?」
「いいよ」
サラとレオンはこうしてたまに本気の試合をすることがある。始めはサラから提案したのだが、いつしかそれが習慣のようになっていた。敗者は勝者にご飯を奢るという条件付きで。
もちろん毎回サラが勝利するので、そのたびにレオン行きつけの店でご馳走になっている。
しかし、最近は辛勝が増えてきた。レオンの腕がこの二年で格段に上がったのだ。そして、ここに来てまだ伸びしろがあるのが、この男の何とも末恐ろしいところだ。
サラとレオンは、早速向かい合って剣を構えた。この時だけは、唯一敵同士だ。レオンからも普段の朗らかな雰囲気が消え、瞳に鋭さが宿っている。
サラは自分の内に神経を集中させた。己に巡る魔力を感じ取り、それを丁寧に操っていく。
(今日はこっちから仕掛けるか)
そう思い、サラは一気に間合いを詰めた。そのまま剣を振るうも、レオンに難なく受け止められる。今まで何百回と手合わせをしてきたので、もうお互いの手の内はわかりきっているのだ。
今度はレオンが仕掛けてくる。彼は出会った頃よりも随分と剣速が速くなったものの、身体強化のギフトを使ったサラにとってはどうと言うこともない。軽くいなしてそのまま斬りかかると、レオンにわずかに隙が生じた。
(いける――)
サラはすかさずその隙を攻める。が、あと一歩のところでレオンの剣に止められた。いつもなら決まっていた攻撃が通らなかったことに、サラは驚きを隠せなかった。
そしてその後も、そんなことが何回も続いた。
(だめだ……あと少しが通らない……)
普段なら既に決着がついている頃合いだったが、勝負はまだ続いている。サラはいつもと違うレオンの剣技に、焦りを感じていた。
するとレオンが、一度間合いを取って剣を構え直す。そして大きく息を吐いた後、一気に距離を詰めてきた。
(いつもの攻撃……!)
見慣れた攻め方に、サラはレオンの攻撃を受け止めるべく剣を構える。しかし彼の剣は、こちらの予想に反した動きをした。
(何、その動き、知らな――)
剣を絡め取られたかと思うと、気づいたときには握っていたはずの剣が宙を舞っていた。そしてそのまま、地面へと突き刺さる。
(負けた……魔力切れとかじゃなく、普通に……)
サラが呆然と立ち尽くしていると、目の前にいるレオンがポツリとこぼした。
「…………勝った」
本人もまだ信じられないといった様子で目を見開いている。そしてじわじわと勝利を実感したのか、興奮したようにサラに詰め寄ってきた。
「勝ち……だよな? 俺、勝ったよな?!」
認めざるを得ない。これは、非の打ち所のない見事な勝利だ。
もちろん非常に悔しいのだが、不思議と嬉しさも感じていた。彼の成長を、ずっと隣で見てきたからだろう。
サラは微笑を浮かべながら。レオンに称賛の言葉をかける。
「ああ、あんたの勝ちだよ。強かった」
「っしゃああぁぁぁあ!!」
勝利の雄叫びを上げたレオンは、力強く拳を握りガッツポーズをしていた。そして彼は、その興奮のままサラの手を取る。
「サラ、飯行くぞ!」
「今から?! ちょっと待って、せめて汗流させて!」
本気で試合をしたので全身汗だくだ。流石にこれで店に行くのは気が引ける。それに、夕飯にはまだ少し早い時間だ。
するとレオンは手を離し、ニッと笑って朗々と声を上げた。
「わかった! じゃあ、夕方五時に裏門集合な!」
レオンはそれだけ言うと、さっさと城に戻っていってしまった。
「全く……慌ただしい奴」
彼の背中を見送りながら、サラは微笑をこぼすのだった。




