128.作戦会議(2)
「それはあなたの力が、使い方によってはとても危険なものだからよ」
ライラの言葉に、アイリスは思わず息を呑んだ。ドクンと心臓が跳ね、冷や汗が噴き出てくる。すると、オズウェルドが「本当の力」について詳しく説明をしてくれた。
「お前は魔力そのものに干渉する力を持っている。例えば、魔抗石のように魔力を分散させて、魔法を打ち消すようなことができる」
(それは危険じゃないのでは……? むしろとても便利な力だわ)
その説明を聞いてアイリスは素直にそう思った。しかし、続く彼の説明に、その考えが浅はかだったことを思い知る。
「そして、魔力の吸収も可能だ。他の生命の魔力を強制的に吸い取ることで、お前は実質的に無限の魔力を手にすることができる。エマが危険視したのはおそらくこの力のためだ」
アイリスはハッとして、ついこの前のことを思い出した。アトラス王国との国境沿いで、騎士に殺されそうになった時のことだ。
あの時、自分を殺そうとした騎士が突然倒れたかと思うと、なぜか自分の魔力が回復していたのだ。当時は何が起きたか全く理解できなかったが、おそらく無意識のうちに「本当の力」が働いてしまったのだろう。
その力の恐ろしさに、アイリスから血の気が引いていった。無意識で命を奪ってしまう力なんて、危険極まりないではないか。
アイリスが何も言えずに顔を青くしていると、ライラが優しく声をかけてくれる。
「大丈夫よ。使いこなせるように練習すればいいだけだから」
「練習したら、制御できるようになる……?」
「ええ。あなたなら、きっとすぐにできるわ」
ニコリと微笑むライラにそう言われ、アイリスはようやく落ち着きを取り戻すことができた。
そして、オズウェルドも力強い言葉をかけてきてくれる。
「俺が修行に付き合おう。お前がその力を習得すれば、エリオットを倒すことなど造作もない。奴がいそうな場所に行って、その場にある魔力を根こそぎ吸い取ればいい」
その言葉に、アイリスは身の引き締まる思いがした。エリオットを倒せるかどうかは、どうやら自分が力を習得できるかどうかにかかっているようだ。彼がいつ仕掛けてくるかわからない今、習得にあまり時間をかけてもいられない。
「陛下、私、がんばりますね!」
アイリスが意気込みながらそう言うと、ローレンは眉を下げながら言葉を返す。
「あまり無茶はするなよ」
彼から言われたのはそれだけで、特に反対意見は出なかった。アイリスをひとりで戦わせることに難色を示していた彼も、魔族最強であるオズウェルドの言葉を信じることにしたようだ。
すると、ライラが手をパン、と叩いて仕切り直す。
「さて、あと決めるべきは、グランヴィルと他の反人族派の魔族の相手ね」
その言葉に、オズウェルドがすぐに反応する。
「雑魚どもの相手は、俺の国の者たちにさせよう。取り漏らしがあれば、ライラ、お前に任せたい。お前なら自然を操って広範囲に対処できるだろう?」
「ええ、問題ないわ。大陸北部に住む魔族たちの避難誘導も任せて。アイリスが一帯の魔力を吸収したら、彼らも倒れちゃうから」
「助かる。グランヴィルの相手は俺に任せろ」
(た、頼もしすぎる……)
スルスルと作戦を決めていくオズウェルドとライラを見て、アイリスは心の底からそう思った。そして、四大魔族が二人も味方についてくれている幸運を改めて噛みしめる。それもこれも、二人をここまで導いてくれたエマ・アトラスのおかげだ。
そんなことを考えていると、アイリスはふと黒ローブの魔族のことを思い出した。
「ねえ、不死身のランゲルドのことは考えなくて大丈夫? 私、あの人に邪魔されたら勝てる自信ないんだけど……」
不死身のランゲルドは、アイリスが学校で出くわした魔族だ。あのときは担任のマクラレンがハッタリを効かせて追い返してくれたが、何千、何万という命を持つランゲルドに勝てるイメージがアイリスには持てなかった。
「あら、すっかり忘れていたわ」
「あいつはあいつで厄介だな……」
そう言うと、ライラもグランヴィルも苦い顔でしばらく考え込んだ。彼らにとっても、不死身のランゲルドはなかなかに面倒な相手らしい。他の魔族の相手もしつつ対処しなければならないので、尚更なのだろう。
すると、ライラが妙案を思いついたように声を上げた。
「あ! ヘルシングを呼びましょう! アイリス、彼からもらった鱗、持ってたわよね」
「確かに。どうせこの時期はあいつも暇してるだろう。アイリス、鱗に魔力を込めればあいつを呼べるはずだ」
ライラとオズウェルドにそう言われ、アイリスは急いで盟友の証を取りに行った。普段は自室の金庫で大切に保管しているのだ。
そしてまた急いで会議室に戻ると、アイリスはきれいな鱗に自分の魔力を込めた。すると、ピシッという音と共に鱗が光ったかと思うと、すぐにその場に龍王ヘルシングが姿を現した。
「おう、アイリス。どした? ……って、何だこの面子は」
深緑色の髪の彼は、相変わらずの鋭い目つきで会議室にいる面々を見遣った。
「四大魔族が半分も揃ってんじゃねえか。一体何事だ?」
怪訝そうに尋ねる彼に、アイリスは苦笑して答える。
「久しぶり、ヘルシング。実は力を貸してほしいことがあって……」
そして、アイリスは諸々の事情をヘルシングに説明した。すると彼は、思いっきり顔を顰めて声を上げた。
「俺がランゲルドの相手ぇ!? あいつ殺しても死なねえだろ!」
「時間稼ぎしてくれるだけでいい。お前ならできるだろ?」
オズウェルドがそう言うと、ヘルシングは頭を掻きながら仕方ないというように言葉を返した。
「それなら別に構わねえが……」
渋々ながらもヘルシングが了承してくれたことに、アイリスは心から安堵する。これでエリオットとの戦闘に集中できるだろう。あとは「本当の力」を使いこなせるよう、修行あるのみだ。
「ありがとう、ヘルシング!」
「まあ、お前には息子を助けてもらった恩もある。それに、俺んとこのドラゴンに手ぇ出したエリオットを倒すとありゃあ、協力するしかねえ。一肌脱ぐわ」
ヘルシングは微笑を漏らしてそう言った後、ふと思い出したように尋ねてきた。
「ってか、風神雷神兄弟は誰か相手しなくていいのか? あいつらもエリオット側だろ」
「ああ、あの二人なら気にしなくていいわ。ダリオンの領地でやらかして、彼にしごかれてるところよ」
ライラがさらりとそう答えると、ヘルシングは思いっきり顔を引き攣らせた。
「うわあ……かわいそ。あいつらのことまあまあ嫌いだけど、流石に同情するわ。ダリオンの旦那は容赦ねえからなあ」
大陸東部を治める「豪傑のダリオン」は、四大魔族の中でも最年長で、三千年以上も生きているという。彼は非常に豪快かつ気まぐれな人物で、気に入った人物はとことん可愛がるが、気に入らなかった相手はとことん嫌うらしい。東の国の繁栄と衰退は、国王がダリオンに気に入られるかどうかで決まるとすら言われるほどだ。
「というか、エマはダリオンの旦那には何か託してなかったのか?」
ヘルシングがそう問うと、ライラが呆れたように言葉を返す。
「あの気まぐれ親父がエマから言われた事をきちんと実行すると思う?」
「確かに。それもそうか」
そんなやり取りを見ていて、アイリスは思わず笑みをこぼした。
「ふふっ」
「どうした?」
隣にいたローレンがこちらの顔を覗き込んでくる。そんな彼に、アイリスは満面の笑みを返した。
「陛下の夢、まるでもう完全に叶ったみたいで、なんだか嬉しくなってしまって」
大魔族が三人も王城にいて、普通に話している。その光景を見ていたら、人間と魔族の垣根なんてもうなくなったように感じたのだ。本当はまだまだ道半ばだが、それでも、随分と大きく前進しているのは間違いない。
「そうだな」
ローレンに愛おしげに微笑み返され、アイリスは少し照れて俯く。するとちょうどその時、ライラから声がかかった。
「そこの二人、イチャイチャしてるとこ悪いんだけど、最後に重要なことを話すわね」
「し、してない、してない!」
アイリスが顔を真っ赤にしながら否定すると、ライラはクスクスと笑っていた。完全にからかわれているようだ。
そして、ライラは笑いを収めると、真面目な表情でこう言った。
「いくらエリオットがアイリスを操れないからと言っても、記憶を消すくらいはやってくると思うの」
「記憶……」
ライラの言葉に、アイリスは思わずローレンを見た。せっかく彼と想いが通じたのに、その気持ちを忘れてしまうなんて耐えられない。
そして、エリオットに記憶を消され、廃人同然になってしまった「魅惑のゾーイ」のことを思い出す。自分も彼女のようになる可能性があるのかと思うと、心の底からゾッとした。
すると、アイリスの不安を見透かしたように、ライラが優しく声をかけてくる。
「相性の問題もあるし、ゾーイほど完全に消されることはないと思うわ。でも、対策は考えておきましょう」
ライラの言葉に続き、オズウェルドが声を上げる。
「そこで、作戦なんだが……」
それから、オズウェルドが一連の作戦を説明してくれた。
説明をすべて聞き終えたアイリスは、覚悟を決めたように力強く言葉を発する。
「うん、わかったわ。絶対に成功させてみせる」
***
その後、ライラがエリオットの居場所を絞り込むまでの間、アイリスは自分の真のギフトを使いこなすべく修行を重ねた。
時間が限られているため、魔力の「吸収」に絞っての特訓だ。オズウェルドに協力してもらい、ひたすら彼の魔力を吸収する練習をした。彼の魔力が無尽蔵なおかげで、アイリスは思う存分修行をすることができた。
そしてとうとう、アイリスたちは決戦の日を迎えたのだった。




