127.作戦会議(1)
この日、王城のとある一室では作戦会議が行われていた。道化のエリオットをどう倒すかについての会議だ。
その後のエリオットの動向はというと、目立って大きい動きはないが、オズウェルドに小さな嫌がらせを続けているようだった。一方で、この国の被害は今のところ確認されていない。恐らく、エリオットも今は次の作戦を練っているところなのだろう。
とはいえ、エリオットの目的は人間を滅ぼし、オズウェルドを亡き者にして魔族の頂点に君臨することだ。この国にもいつ仕掛けてくるかわからない。あまり悠長にしている時間はないだろう。
作戦会議の場には、ローレンとアイリス、オズウェルドの他に、もう一人の人物が集っていた。
「アイリス、久しぶり!」
「久しぶり! ライラ!」
そう。もう一人の人物とは、恵みのライラだ。
クーデターの一件が落ち着いた後、エリオットを倒すのに協力させてほしいと彼女から直々に打診があったのだ。
挨拶を済ませると、彼女は申し訳無さそうに謝罪を述べてきた。
「ごめんなさい。エリオットのこと調べると言っておきながら、全然役に立てなくて。どうやらエリオットは私の情報網を相当警戒してたらしくて、全然情報を掴ませてくれなかったの」
しゅん、と項垂れるライラに、アイリスは優しく言葉をかける。
「ううん、いいの。エリオットの討伐に協力してくれるだけで、十分ありがたいわ」
その言葉に、ライラは少し表情を和らげた。しかし、すぐさまオズウェルドが文句を垂れる。
「お前がアイリスを見守っているともっと早くに言ってくれていれば、黒幕の調査も少しは捗ったものを。何度連絡しても返事を寄越さないし」
オズウェルドはローレンから依頼され、一連の事件に絡んでいる魔族の調査を進めていた。だが、ライラも独自で調査をしていたとはつゆ知らず、グランヴィル襲撃事件の際に『ライラが接触してきた』とローレンから聞かされて初めて、彼女がアイリスを見守っていたことを知ったのだ。
すると、オズウェルドの文句に、ライラはむう、と唇を尖らせる。
「仕方ないじゃない。同盟締結前にあなたと協力したら、魔族の間で大戦争が起こるからやめておけって、エマに言われてたんだもの」
ライラもオズウェルドと協力したい気持ちは山々だったが、同盟が締結されるまでは不用意に接触するなとエマに言われていたのだ。もし二人が協力していたら、オズウェルド、ライラ派閥と、その他の魔族の間で大陸中を巻き込む大戦争が起きていたらしい。
ライラの説明に、オズウェルドは盛大に溜息をついた。
「はあぁ……。全く……本当にあいつは、肝心なことを何も言わない」
オズウェルドがやれやれというようにそう言うと、ライラは揶揄うような笑みを浮かべる。
「ふふっ。あなたってよく衝動的に動くから、エマに信用されてなかったんじゃない?」
その言葉を聞いたオズウェルドは、不機嫌そうに眉根を寄せていた。
「そろそろ本題に入ろう」
話が脱線し始めたので、ローレンが本筋に戻す。
「ライラ、エリオットの居場所は掴めそうか?」
ローレンのその問いに、ライラは酷く渋い顔をした。
「それなんだけど、多分完璧な位置までは特定できないと思うわ。北の大地にいるところまでは掴めたんだけど……。もう少し範囲を狭められるよう、調査を続けるわね」
ライラは一連の事件にエリオットが関わっているとわかってから、ずっと彼の居場所を探っていた。しかし、用心深いエリオットは、なかなか尻尾を出さなかったのだ。
すると、ライラの言葉にオズウェルドが反応する。
「お前で無理なら他の誰にも奴の居場所は掴めんだろう。得られるだけの情報でなんとかするしかない。エリオットがいそうな場所を、全て焼け野原にすれば済む話だ」
「あら、乱暴ね。でもそういうやり方、嫌いじゃないわ」
ライラはクスクスと笑いながらそう言った後、すぐにまた難しい顔に戻り言葉を続けた。
「問題は、誰がエリオットを倒すかね。普通に考えれば私かオズウェルドだけど、グランヴィルや他の反人族派の魔族を抑えておく必要もあるわ。どうする?」
北の大地はグランヴィルの治める土地だ。そこを焼け野原にしようとすれば、彼が黙ってないだろう。
ライラの言葉にオズウェルドはすぐには答えず、何やら考え込んでいた。
てっきりオズウェルドが長年の宿敵であるエリオットを倒すのだろうと思っていたので、何か懸念があるのかとアイリスは首を傾げながら彼を見つめた。すると、しばらくしてからオズウェルドが口を開く。
「……エマが言っていたんだ。黒幕を倒すのは、次の黒髪緋眼だと」
「「「!!!」」」
オズウェルドの言葉に、その場の全員が目を見開いた。そして、すぐさまアイリスが反応する。
「私、やるわ。私のことは操れないってエリオットが言ってたんでしょう? だったら、勝負の相性は良いはずよ」
アイリスが力強く宣言すると、オズウェルドは真剣な表情で頷いた。すると、ライラがフッと笑いを漏らす。
「ふふっ。王様はとっても嫌そうな顔をしてるわね」
ライラにそう言われローレンの方を見ると、確かに彼は眉根を寄せて渋面になっていた。
「アイリスひとりに戦わせるつもりか?」
ローレンも自国軍を投入したい気持ちは山々だったが、魔力量の劣る人間ではエリオットにすぐ操られてしまい、同士討ちになる可能性が非常に高かった。それはあまりにも愚策である。とは言え、アイリスが一人で戦うのも見過ごせない。ローレンの心の内には、このような葛藤があったのだ。
「安心しろ。エリオットは精神操作魔法においては他の追随を許さないほど長けているが、攻撃魔法はそれほどだ。奴がアイリスを操れない限り、負けることはない」
オズウェルドの評価に、アイリスは思わず顔を綻ばせる。自分の師匠に『お前なら負けることはない』と言われて、嬉しくない弟子はいない。
しかし、オズウェルドは『だが』と言って言葉を続けた。
「問題は、アイリスがどうやってエリオットを倒すか、だ。正直いまのアイリスでは、エリオットを倒し切る前に逃げられてしまう可能性がある」
オズウェルドがそう言うのなら、その評価は正しいのだろう。アイリスが少し自信を無くしていると、ライラも彼の言葉に同意する。
「エリオットもアイリスを消したい気持ちはあるから戦いには応じるとして、確かに負けそうになったらすぐに逃げ出しそうよね、彼」
そしてライラは、しばらく難しそうな顔で考え込んだ後、真面目な表情でオズウェルドに問いかけた。
「……ねえ、オズウェルド。エマからアイリスの力のことは聞いてる?」
「ああ。俺もお前と同じことを考えていた」
二人の会話に、アイリスは頭の上にハテナを浮かべる。
「私の力……?」
アイリスが首を傾げてそう尋ねると、オズウェルドとライラは顔を見合わせて何かを決心したように頷いた。それから、オズウェルドが真剣な眼差しをこちらに向けてくる。
「アイリス。お前のギフトは『あらゆる生命と対話する力』ではない」
「え!? どういうこと??」
自分のギフトのことは幼い頃に父から聞かされていたが、その説明が嘘だと疑ったことはこれまで一度もなかった。父の説明通り、実際に人間以外の生物と会話ができているからだ。それが嘘だと言うのなら、一体何が本当のギフトだと言うのだろうか。
アイリスが驚いて言葉を失っていると、オズウェルドが説明を続ける。
「お前の本当のギフトは『魔力への干渉』だ」
「魔力への、干渉……?」
それだけではどういう力かわからず、アイリスはさらに首を傾げた。
「お前の父は、エマに指示されお前に嘘のギフトを教えた。……いや、正確に言えば、本当の力のほんの一部しか教えなかったんだ」
その説明に、ライラが補足を入れる。
「そしてエマからは、その力が必要になった時に初めてあなたに伝えていいって言われていたの」
「そうだったの……。でも、どうして隠す必要があったの?」
アイリスは驚きつつも、率直な疑問を口にした。すると、ライラが少し表情を険しくしながら答えてくれた。




