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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
最終章

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126.最後の会話


 記念式典後のこと。


 アイリスの演説の効果もあり、国民たちは思った以上に快く同盟を受け入れてくれた。


 同盟を結んだからといって、すぐに一般市民と魔族が接点を持つわけではないので、街には普段と変わらない穏やかな日常が流れている。


 一方王城では、今回のクーデターに関わった罪人への処罰が決定された。


 首謀者であるオースティン、並びに国王と王妃を殺害しようとしたオースティンの手駒の騎士たちには、死刑が言い渡された。


 しかし、王城でクーデターに加担していた騎士たちは、そのほとんどがオースティンに良いように騙されていただけで、みな自分がクーデターに関わっていることすら認識していなかった。そのため、人的損失を避ける目的もあり、彼らには騎士号の剥奪と罰金のみが与えられた。


 オースティン公爵家は取り壊しとなり、もちろんアベルの娘エリーと、オースティンの息子リドリーの婚約は破棄された。


 また、アイリス誘拐の件については、アトラス王国と賠償に関する話し合いが内々に進められていた。

 

 バーネット王国からは「王妃誘拐は断じて許されることではない」として、アトラス王国へ多額の賠償金と国境沿い一帯の土地の譲渡を要求している。

 オズウェルドが後ろ盾に付いた今、彼らがバーネット王国側の要求を断る可能性は極めて低い。アトラス王国から了承の返事が来るのは時間の問題だろう。




 そして後日、ローレンは王城にある牢獄へと足を運んでいた。


「久しいな、オースティン」


 牢の中の人物に声を掛けると、彼は重たそうな頭を持ち上げこちらに視線を向けた。オースティンの顔には無精髭が生えており、以前の覇気は随分と失われている。

 

「……おや。これはこれは、陛下ではありませんか。こんなところに何のご用です?」

「お前と話がしたくてな」


 ローレンは、これまで自分を支えてくれた部下と、最後に話がしておきたかったのだ。一つだけ聞いておきたいこともあった。


 すると、オースティンはフッと乾いた笑いを漏らす。


「こんな罪人と、一体何を話すと言うのですか?」


 オースティンの表情や態度には、人生を諦めたような雰囲気が漂っていた。


「なぜ王位の簒奪(さんだつ)など企てたのか、お前の口から直接聞いておきたかったんだ」

「自分より劣っている人間が上に立つなど耐えられなかった。取り調べでそう答えたはずですが」


 面倒くさそうに答えるオースティンに、ローレンは苦笑する。


「お前がそんな単純な理由でクーデターなんて起こすと思うか?」

「……どうしてそう思うのです?」

「お前と何年の付き合いになると思ってる。わかるさ」


 その言葉を聞いたオースティンは、わずかに目を見開いた。


 彼はローレンが即位した頃から長年仕えてくれた。もう、十年来の関係だ。彼の人柄も考え方も、ローレンはよく理解していた。


 すると、オースティンは諦めたようにひとつ息を吐いてから口を開く。


「…………私の父を、覚えていますか?」

「ああ。もちろんだ」


 オースティンの父は、彼に劣らず魔法にも剣技にも抜きん出ており、非常に優秀な忠臣だった。しかし、オースティン程は出世しなかった。一言で言うなら、世渡りがさほど上手くなかったのだ。


「私の父は非常に優秀でしたが、とにかく欲がなくお人好しな人でした。王に仕えるのを何よりも自分の使命だと疑わず、周りからも良いように利用されていた。そんな父を、私は理解できなかった。そして最後は、あなたの父を暗殺者の凶刃から庇いあっけなく死にました」


 そう語るオースティンは、昔を思い出しているように遠い目をしていた。


「そして、あなたが即位された日に思ったんです。自分はこの幼い王を庇って死ぬのか、と。そう思った途端に、誰かに仕えるということが心底馬鹿馬鹿しくなったんですよ」


 オースティンの本心を聞いたローレンは、ほんの少し顔を歪めた。


「……そうか。俺が未熟なせいで、お前を不安にさせてしまっていたんだな。すまなかった」

「自分を殺そうとした相手に、随分と甘いですね」


 呆れ顔でそう言うオースティンに、ローレンは苦笑を返す。そういえば、昔から彼には甘い甘いと言われ続けていたなと思い出す。


「お前には、いつも甘いと言われていたな」

「事実ですから」


 オースティンはそう言いながら、わずかに表情を緩ませた。そして、こう言葉を続ける。


「最後に質問させてください、陛下。私は魔法で自己暗示をかけ、本心を偽っていました。私の言葉は、ちゃんと(まこと)に聞こえていましたか?」

「ああ。お前の言葉からは一度たりとも嘘の音がしなかった。俺の能力もそれを見抜けるほど万能ではない」

「では、何がきっかけで私を疑い始めたのです?」


 オースティンの問いに、ローレンは昔の自分を思い出す。大きくて閉ざされたこの城で、孤立無援だった頃の自分。誰も信じられなかった頃の自分。


 そしてローレンは思わず嘲笑を浮かべた。これはオースティンへ向けたものではなく、自分へ向けた嘲笑だ。


「別にきっかけなんてない。お前に限らず、周囲の者全員を敵だと思うようにしていたんだ。状況的に考えて俺が死んで得しそうな奴を、すべて容疑者に入れていただけだ」


 その言葉にオースティンは目を見開いた後、すぐに顔を歪めて笑った。


「寂しいお方だ……結局のところ、あなたは誰のことも信じてはいらっしゃらない……!」

「そうだな。いや、()()()()()な。昔は誰が味方かもわからなくて、誰のことも信じられなかった」


 そこでローレンは思い浮かべる。自分を命がけで守ってくれた友、自分についてきてくれる信頼できる仲間たち、そして、どんなときも自分の味方でいてくれる、愛する人。


「でも、今はそうでもないんだ」


 そう言ってローレンは穏やかに笑った。


 その表情に、オースティンは目を見張る。この王がこんな顔で笑ったところなど、これまでに一度も見たことがなかった。

 オースティンが今まで見てきた王の顔は、いつも気難しいものばかりだった。彼を変えたのはきっと、あの黒髪の少女なのだろうと、オースティンは心のなかでそう確信していた。


 するとローレンは、少し悲しそうに笑いながらオースティンに言葉をかける。


「お前が黒幕だと確信した時、俺は少なからずショックを受けたぞ」

「……いつ確信されたのですか? ヘマをした覚えはなかったのですが」

「ああ。お前は完璧だったよ。あのルーイにどれだけ探らせても、決定的な証拠が抑えられなかったんだからな」


 しかし、ローレンはそこまで言うと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「だがお前、俺がアイリスと結婚してから相当焦っていただろう。完璧だったお前が、一度だけミスを犯したことがあった。コネリー伯爵邸で襲撃を仕掛けてきたときのことだ」


 その言葉に、オースティンは眉を顰めた。自分の中では、ミスを犯したつもりなど全く無かったからだ。

 

 すると、その疑問に答えるようにローレンが続きを話す。


「お前はあのとき、『地下室に逃げろ』と言った。そんなことをしたら、屋敷の中に攻め込まれたとき退路がなくなる。それに火をつけられたら終わりだ。お前ほど優秀なやつが、そんな愚策を提案してくるなんてあり得ない」

「たった……それだけで……?」


 オースティンは理解できないというように目を見開いている。そんな彼に、ローレンは優しく笑いかけた。


「言っただろ。お前とはもう十年も一緒にいるんだ。俺にとっては、十分すぎる情報だった」


 そして、こう続けた。


「だが、お前が臣下にいてくれて良かった。ただでさえ自分の陣営が貧弱な中、お前がいなければ俺の心はとっくに折れていただろう。今まで支えてくれたこと、心から感謝する」


 その言葉は、決して嘘偽りではなかった。オースティンは、普段は完璧な忠臣だったのだ。それが周囲を欺くためのものだったとしても、彼がいなければローレンはここまで来られなかった。


 オースティンは王からの言葉に胸の奥底から何かがこみ上げ、思わずローレンの元へ駆け寄った。勢いのまま牢の格子を掴むと、ガシャリ、と金属音が響く。


「私は……私はっ……! 処刑された後もあの世でしかと見ていますぞ! あなたがこれからどんな王になられるのか。この国を破滅に導くのか、それとも本当にあの馬鹿げた夢を叶え真の王となられるのか!」


 かつての臣下の手厳しい言葉に、ローレンは思わず苦笑を漏らす。 


「フッ。それは気が抜けないな。心しておく」


 そして、力強い視線をオースティンに向ける。


「だが、お前に恥じない王になってみせるさ」

「………………」

 

 オースティンは何も言葉を返さなかった。ただ、威厳に溢れる王の瞳を見つめ返すだけだった。

 しばらくの沈黙が流れた後、ローレンが寂しそうな笑顔で最後の挨拶をする。


「さらばだ、オースティン」


 そうしてローレンは、踵を返して牢を後にした。


 一方のオースティンは、次第に遠ざかっていく王の足音をただただ聞いていた。そして段々と笑いがこみ上げてきて、オースティンはとうとう笑い出した。


「フッ……ハハハ……ハハハハハハ!!!」


 オースティンは今さら気づいてしまったのだ。自分には王の素質がなかったことに。そして思ってしまった。この人に仕えたいと。しかも皮肉なことに、ローレンとの最後の会話で。


 これまで散々甘いと言ってきたが、そうではなかった。彼のそれは甘さなどではなく、すべてを包み込む懐の深さ、王としての器の広さだったのだ。自分はそんなもの、全くと言っていいほど持ち合わせてはいなかった。


 その後も牢獄の中には、しばらく壊れたような笑い声が鳴り響いていた。


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