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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
最終章

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125.初めての演説


 ローレンが臣下たちを説得した翌日、国民には号外が配られ同盟やクーデターの件がすぐに広まった。


 号外には「我が国が魔王オズウェルドの国と同盟を結び、オースティンが起こしたクーデターを魔王が阻止した」と書かれ、オズウェルドはクーデターから国を救った英雄として知れ渡ることになった。

 

 また、「クーデターで命の危機に瀕した国王を仮面の魔法師が見事に救った」ということも周知され、仮面の魔法師の人気は更なる高まりを見せていた。

 ローレンが死にかけたのは本当はアイリスを救うためだったのだが、アトラス王国と表立って争うことを避けるため、アイリスが攫われた事実は国民には伏せられた。


 そして号外には、仮面の魔法師の師匠がオズウェルドであることも記載されていた。そのため、国民の同盟への反応は悪くないものになっていた。

 もともと仮面の魔法師の活躍のおかげで、随分と魔族への偏見が減ってきているのも後押ししたようだ。しかし、中には不安を訴える者ももちろんいた。


 そんな中、クーデターから数日経ったある日、王城前広場にて同盟の記念式典が行われていた。


 仮面の魔法師の師匠であり魔族最強と謳われる魔王オズウェルドを一目見ようと、広場には大勢の国民達が集まっている。


 記念式典では、まず国王であるローレンと同盟相手のオズウェルドがバルコニーに登場し、国民たちに挨拶をしていた。


 一方のアイリスはというと、国民の歓声を聞きながら控室でソワソワと右往左往していた。緊張で手は氷のように冷たくなっており、気を抜くと足が震えてくる始末だ。何度も何度も頭の中で式典の流れや演説の内容を復唱するも、全く落ち着くことができずにいる。


 すると、見かねたサラとレオンが声をかけてきた。


「アイリス、一旦座りな? 深呼吸、深呼吸」

「アイリス様なら絶対大丈夫です! 自信持ってください!」


 二人にそう言われたアイリスは、若干涙目になりながら震える声で言葉を返す。


「だって……こんな大勢の前で話すのなんて初めてで……緊張するなって言うほうが無理よ……」


 サラに言われた通り、一度座って深呼吸したが、相変わらず心臓はバクバクうるさく音を立てている。自分から国民に正体を明かそうとローレンに提案しておきながら、なんとも情けない限りだ。


 すると、程なくして一人の臣下が声をかけてくる。


「アイリス王妃殿下。そろそろお時間です」

「はいっ!」


 アイリスはビクッと飛び上がるように椅子から立ち上がった。まだ震えているアイリスの背中を、専属護衛の二人が押してくれる。


「すぐそばには王様もオズウェルドもいるんだから、安心して皆に思いをぶつけてきな」

「俺らもちゃんと見守ってますから!」


 二人の優しい眼差しに、アイリスはようやく覚悟を決めることができた。手のひらでパチンと頬を叩き気合を入れてから、二人に大きくうなずき返す。


「うん、ありがとう! 行ってくる!」


 アイリスは、いつもの白い仮面と亜麻色のローブを身につける。

 ただし、今日は茶髪には染めず、黒髪のままで。

 ただし、今日は魔力の制限をすべて解いて。


 そして、ひとつ息を吐いてからバルコニーへと踏み出した。


 手すりの前まで出ると、広場を埋め尽くす大勢の国民が一斉にこちらに視線を向けるのがわかった。満を持した仮面の魔法師の登場に、国民からは大歓声が沸き起こる。アイリスが皆に手を振ると、さらに歓声が大きくなり、広場は熱気に包まれた。


 ひとしきり歓声が沸いた後、進行役の臣下が国民たちに向けて言葉を放つ。


「今から、オズウェルド様とアイビー様が共同で、王都全体に結界を施す儀式を行います」


 これは、アイリスがローレンに提案した催しだ。王都の結界の耐久年数があと数十年ということだったので、いい機会だと思ったのだ。それに、魔法を見せてから正体を明かさないと、ただ王妃が仮面を被っただけだと疑われるかもしれない。


 アイリスは杖を取り出し、オズウェルドの隣に並ぶ。そして、彼と視線で合図を交わし、共に詠唱を唱えた。


「「《光よ、民を守り、彼らに永久(とこしえ)の安寧を》」」


 天に向かってオズウェルドが腕を、アイリスが杖を振り上げた途端、光の天井がパアッと空一面に広がっていった。そして程なくして天井が見えなくなり、キラキラとした光の雨が降り注ぐ。


 幻想的な風景に、広場にいた国民たちは感嘆の溜息をついていた。そして、光の粒が消えると、火が付いたように一斉に歓声が沸き起こる。


「アイビー様〜!!」

「オズウェルド様〜!!」

「ありがと〜!!」

 

 歓声とともに、国民たちは思い思いの言葉を二人にかけてくれた。アイリスとオズウェルドは、その声に答えるようにしばらく手を振った。


 アイリスは手を振りながら、無事結界が完成したことに安堵していた。オズウェルドの力を借りられたおかげで、何千年と効力を発揮する強力な結界が出来上がったのだ。これで王都に魔物が入ってくることは、そうそうなくなるだろう。


 そして、歓声が落ち着いた後、アイリスは一歩前に出た。ここからが、アイリスにとっての一番の大仕事だ。


 国民の視線を一身に浴びたアイリスは、心臓が口から飛び出そうなくらい緊張していた。でも、右隣にはオズウェルドが、そして左隣にはローレンがいてくれる。


(大丈夫。二人がいてくれる。私はただ、思いを伝えるだけだ)


 ひとつ息を吐いてから、アイリスは意を決して仮面とローブを外した。


「え……?」

「ア、アイリス王妃殿下??」

「どういうこと!?」


 仮面の魔法師が突然ドレス姿の王妃になり、国民たちは混乱したようにざわめいていた。


「皆さん」


 アイリスが一言そう放つと、国民たちは示し合わせたように一斉に静まり返った。


「仮面の魔法師は、王妃である私、アイリス・バーネットです。今まで正体を隠していてすみませんでした。しかし今日は、王妃として皆さんにお伝えしたいことがあり、こうしてこの場に立っています」


 話し出すと、自然と緊張がほぐれていった。国民の一人ひとりの顔も、落ち着いて見られるようになってくる。


 期待に目を輝かせている人、興奮したように笑っている人、不安そうな顔をする人、不満げな表情を浮かべている人。いろんな人の反応が見えた。


「今回の同盟で、不安に思われている方も大勢いると思います。魔族に大切な人を奪われ、到底この同盟を受け入れられない方もいるでしょう」


 アイリスは、自らの言葉に思いを込める。


 どうか、皆の不安を少しでも拭えますように。

 どうか、皆の魔族に対する偏見が、少しでもなくなりますように。


「ですが、人間にも善人と悪人がいるように、魔族にも善い魔族と悪い魔族がいるということを、皆さんに知っていただきたいのです」


 アイリスは、イオールの街外れの泉で出会った、子煩悩な彼のことを思い出す。


「龍王ヘルシングは、私に盟友の証をくれました。困ったことがあればいつでも呼んでくれと言ってくれた、義理堅いドラゴンの王様です。一方で彼は、息子を溺愛する普通のお父さんでもあります」


 アイリスは、母の面差しをした可愛らしい少女のことを思い出す。


「大陸南部を治める恵みのライラは、以前私が殺されそうになったときに命を助けてくれた恩人です。皆さんご存知の通り、彼女はフリューゲル王国と共存関係にあり、人間と良好な関係を望んでいる魔族です」


 そして、隣にいるオズウェルドを見上げる。彼は小声で『がんばれ』と言って微笑んでくれた。そんな彼に、アイリスは大きく頷いてから再び国民に視線を戻す。


「隣にいるオズウェルドは、私の魔法の師匠です。そして、母国で虐げられていた私を救ってくれた、唯一の友でもありました。彼がいなければ、私の心は今頃死んでいたでしょう」


 オズウェルドがいたから、耐えられた。

 オズウェルドが守ってくれたから、今がある。

 彼には、感謝してもしきれない。


「そして彼は、これまでこの国を攻めようとした魔族を、何度も止めてくれていました。私たちはすでに、何度もオズウェルドに救われていたのです」


 その言葉に、国民たちはとても驚いたようにどよめいていた。不満げだった人たちも、みな目を見開いている。


 そしてアイリスは、ひとつ息を吐いてから自分の思いをこの場の全員にぶつけた。


「今まで争い合ってきた魔族との関係が急に変わるのは、怖いと思います。不安だと思います。ですが、一歩、ほんの一歩でいいので、私と共に踏み出してみてはもらえないでしょうか。ゆっくりでいいのです」


 国民たち一人ひとりの顔を、ゆっくりと見回す。皆、真剣な表情で聞いてくれていた。


「私は、魔族と手を取り合う未来を、みなさんと共に作っていきたいと思っています。そして、魔族との争いのない平和な世界を、次の世代に残したいと思っています」


(どうか、私の言葉がみんなに届きますように――)


「そのために、どうか、みなさんの力を貸してください」


 そう言い切ると、ただ静かにアイリスの訴えを聞いていた国民たちから、一つ、またひとつと拍手が沸き起こる。そしてその拍手は、瞬く間に広場全体へと広がっていった。割れんばかりの拍手と歓声は、耳が痛くなるほどだった。


 一人ひとりの顔をよく見ると、不安そうだった人は少し安堵したように笑っている。不満げだった人も、仕方ないなという風に口角を上げている。


 もちろん、全員の不安や不満を取り除けたわけではないだろう。でも――。


(少しは、みんなに思いを届けられたかな)


 国民からの声援を聞いてそう思ったアイリスは、ようやく肩の力を抜くことができた。左を向くと、ローレンが優しい眼差しを向けてくれている。そして、小声で『よくやった』と褒めてくれた。


 アイリスは彼に微笑み返すと、国民に向けて最後の言葉をかける。


「実は今、エリオットという悪い魔族が、この国を狙っています」


 その言葉に、国民たちは不安げにざわめき出す。しかしアイリスは、すぐさまこう言った。


「ですが、安心してください。オズウェルドと共に、必ず我が国の敵エリオットを倒してみせます!」


 アイリスがその言葉とともに杖を天に振りかざすと、再び国民たちから割れんばかりの歓声が沸き起こった。


「ローレン国王陛下、万歳! アイリス王妃殿下、万歳! オズウェルド皇帝陛下、万歳!」


 広場には、そうして暫くの間、凄まじい歓声と拍手が鳴り響いたのだった。


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