124.王からの頼み
「我々が彼らに提供するのは、文明だ」
「「「文明……???」」」
王の発言の意味が理解できず、みな口を揃えて首を傾げている。
「魔族たちは、今まで人間のように群れを作ってこなかった。その必要がないからな。だがそれ故に、農業や工業というものが発展してこなかった。食料調達は未だに狩りや採集が主だ。住居も簡易的なものが多い」
魔族たちの文化などを何も知らない臣下たちは、国王の説明をポカンと口を開けながら聞いている。
彼らは今まで魔族のことを知ろうともしてこなかった。知る必要がないと、切り捨ててきた。アベル同様、みな魔族への偏見で視野が著しく狭まっていたのだ。
「しかし、それに不満を持っている魔族も実は多くいる。彼らに我が国の料理を振る舞った際は、みな口を揃えて『こんな美味いものは食べたことがない』と感動していた。多くの魔族が、人間の文明を欲しているんだ」
その発言に、臣下たちはまたもや目を見張る。魔族に料理を振る舞うなど、そんなことをした人物が今までにいただろうか。そして、公務で多忙を極めるこの国王は、いつの間にそんなことをしていたのだろうか。
呆気に取られている臣下たちに、ローレンが告げる。
「食料や衣服、日用品などの貿易と、建築技術の提供。それが我が国がこの同盟で果たすべき条件だ」
国王の説明が終わっても、皆しばらく呆然とした様子で沈黙していた。
すると、反国王派の臣下がようやく口を開く。
「で、ですが、流石に魔族との同盟など国民が納得しませんぞ!」
「そうです。どう説明なさるおつもりですか!?」
もっともな問いに、他の臣下たちも国王の回答を見守った。国民からの理解が得られなければ、この同盟は失敗に終わるだろう。
「いま絶大な人気を誇っている仮面の魔法師は、オズウェルドと師弟関係にある。彼女には同盟の記念式典で国民に向けた演説をしてもらう予定だ」
「「仮面の魔法師の師匠が魔王オズウェルド!?」」
「それと同時に、彼女の正体を明かす。仮面の魔法師の正体は我が妻アイリスだ。素性がわかれば、国民もより安心できるだろう」
「「仮面の魔法師の正体がアイリス王妃殿下!?」」
寝耳に水の情報に、アベルを除く全員が驚いて声を上げた。
アイリスの正体については、まだ城内に広まっていなかった。昨日アベルと共にあの部屋に居合わせた騎士たちは知っているが、アベルが念の為口止めをしていたのだ。
「アイリスの活躍のおかげで魔族への偏見が減りつつあるものの、もちろんそれだけで国民全員が納得するとは思っていない。だがこの同盟で、すぐに一般市民と魔族が接触することはない。これから実績を積んで、徐々に国民の理解を得たいと考えている」
臣下たちは沈黙しつつも、互いに顔を見合わせあっていた。次は誰が発言するのかと、互いが互いの様子を伺っている。
すると、アベル陣営の一人が意を決したように声を上げた。
「ア、アベル殿下! 殿下は本当に陛下にご賛同なさるおつもりですか!?」
「はい。国益を鑑みれば、反対する理由がありません」
即答するアベルに、他の臣下たちもそれぞれ口を開く。
「ですが……! こんな同盟など、陛下の代で早々に終わりますぞ!」
「そうです。人族と魔族との軋轢がどれほど根深いかわかっておいでか! いくら陛下と魔王オズウェルドの関係が良好だからといって、今後も続くとは限りませんぞ!」
臣下たちの言葉に、アベルは厳しい表情で言葉を発した。
「あなた方は、これまでに魔族との関係を変えようとしたことはありましたか? 何百年にも渡る人族と魔族との争いを止めようとしたことは?」
「え……?」
「い、いえ……ございませんが……」
アベルの質問の意図が汲み取れず、臣下たちは顔を見合わせ困惑したように返事をした。
この場にいた全員が、そんなこと考えたことすらなかったのだ。魔族と争うのは当たり前のことで、その関係は変えられるものではない。それは無意識に刷り込まれた常識だった。しかし、ローレンだけは違った。
臣下からのわかりきった返答の数々に、アベルは眉根を寄せて続ける。
「我々は何もしてこなかった。そう、何もしてこなかったんですよ。最初からそんなことは無理だと決めつけて。しかし、陛下は家族を魔族に殺されてもなお、彼らと真正面から向き合った。そして、アイリス殿下も、魔族の偏見を無くそうと奔走されていた」
臣下たちは何も言えず、ただただアベルの言葉を聞いている。今までローレンの夢を散々馬鹿にしてきたアベル派閥の臣下たちは、気まずそうに俯いていた。
「何百年と変わらなかった魔族との関係を変えようとなさったお二人の努力を、ここで無駄にするわけにはいきません。陛下がオズウェルド殿と個人間の盟約ではなく国同士の同盟を結ばれたのは、次世代に平和な世を残そうとなさったからです。陛下の意思を、次の世代、また次の世代へと受け継げるような体制を作り上げるのが、我々の仕事ではないのですか?」
アベルにピシャリとそう言われ、反対していた臣下たちは揃って口をつぐんでしまった。
その様子にローレンは心の中で苦笑しつつ、少し表情を緩めてアベルに礼を言った。
「ありがとう、叔父上」
そしてローレンは、臣下たちに向けて再び言葉をかける。
「叔父上が言った通り、わざわざオズウェルドに立国してもらい国同士の同盟にしたのは、俺が死んだ後も魔族との争いのない世を後世に残すためだ。俺はこの命が尽きるまで、人間と魔族の関係修復に全力を尽くすつもりだ。だが、一人では力が及ばないところも出てくるかもしれない」
ローレンはそこで一度言葉を切ると、力強い眼差しを臣下たちに向ける。
「だから、平和な未来を実現するために、お前たちの力を貸して欲しい」
国王からかけられた言葉に、多くの臣下たちが胸を打たれた。孤高であるこの王が、臣下たちに力を貸してくれと直々に願い出たことなど、今まで一度もなかったからだ。
こんなことを言われてしまったら、支えたいと思ってしまうのが臣下の性だ。そして、臣下たちにそう思わせるローレンのカリスマ性もあった。
しばらくの沈黙が続いた後、ルーズヴェルト公爵が全体に短く問いかける。
「反対する者は?」
そこで手を挙げる者は一人もいなかった。
みな魔族への恐怖よりも、これから起こる変化に期待する気持ちの方が勝ったのだ。
「満場一致ですな」
ルーズヴェルト公爵がニコリと笑ってそう言うと、ローレンはようやく少し肩の力を抜くことができた。この場では満点の結果だろう。
心の中でアイリスやアベルたちに感謝した後、ローレンは気を引き締め直してから告げた。
「最後に伝達事項だ。今この国は、道化のエリオットという魔族に狙われている。奴はオースティンと共謀し、姑息な手で我が国を陥れようと画策していた」
その言葉に、臣下たちは一斉に不安そうに騒ぎ出した。しかし、ローレンはニヤリと口角を上げ、こう言い放つ。
「だが、我々には魔族最強であるオズウェルドが味方についている。我が国の敵エリオットは、オズウェルドと共に必ず倒してみせる。その時は、みなで祝杯を上げよう」
臣下たちは一転、みな安心したように顔をほころばせた。自分たちの国が最強の存在に守られているという実感が湧いたようだ。なかには拍手を送る臣下もいた。
そこで、ローレンはやりきったようにひとつ息を吐くと、この場を締めた。
「以上。解散」




