123.説得
翌日、王城のとある会議室では、凄まじい怒号が飛び交っていた。
「陛下! この度はなんと勝手なことを!!」
「どういうことか説明してください、陛下!」
この場にはアベルを始め、財務大臣や外務大臣といった各大臣たち、騎士団長や宮廷魔法師団長といった軍部の人間など、城中の重役たちが集まっている。しかし、軍部最高司令官であるオースティンが座るべき席だけは空いていた。
アベル派閥の人間は、この機を逃すまいとばかりにローレンに向かって非難の言葉を浴びせている。一方の国王派閥の人間も、今回は庇いきれないというように沈黙する者が多かった。
実際、昨日のクーデター騒ぎと魔王オズウェルドとの同盟締結を受け、臣下の間では『オースティン公爵に裏切られた陛下は終わりだ』という声や、『アベル殿下を王にすげ替えるべきだ』という声も上がっているようだった。
「皆さん落ち着いてください。まずは陛下のお言葉を聞きましょう」
そう声をかけたのは、マーシャが関わった事件を機に国王派閥に加入したルーズヴェルト公爵だ。国内でも有数の権力者である彼の発言に、みな一旦は口を閉じた。
そして、その場にいた全員が国王に注目する。
「同盟の件については、皆に説明しないまま進めて悪かった。不安に思っている者がほとんどだろうが、今から話す内容を聞けば、みな納得してくれると信じている」
ローレンが続きを話そうとしたとき、どこからともなくボソリと声が上がった。
「どうせ、陛下が掲げているおかしな夢を実現するためだけに結んだものなのでしょう?」
「俺が私情でこの同盟を結んだと?」
声がした方にローレンがすかさず牽制を入れると、発言した本人はバツが悪そうに黙り込んだ。すると今度は、別の臣下が口を開く。
「みな申しております。陛下は魔族に命を助けられたために、魔族に対して特別な恩情を抱いていらっしゃると」
「魔族に命を助けられたことは事実だ。だが、俺はこの国の利益にならないことは絶対にしない」
ローレンのその発言に、臣下たちが再び騒ぎ出す。
「利益ですと? 一体この同盟がどう我が国の利益になると言うのです!?」
「魔族との同盟など、損失にしかなりませぬ!」
「即刻同盟を破棄なさいませ!」
臣下たちが口々に非難の言葉を放っていると、一人の男が声を上げた。
「皆さん」
鋭く響いたその声に、みな一斉に静まり返る。
その声の主は、アベルだった。
いつもは温厚な彼が、今は酷く不機嫌そうに眉根を寄せている。
「少し静かに。陛下の説明を聞きましょう」
アベル派閥の臣下たちは、揃って苦々しい表情を浮かべていた。アベルがローレンの味方に付くという話を、すでに耳にしていたからだ。
この話を受け、アベル派閥のうち何人かの臣下たちは、別の一派を作ろうと動き出していた。残りの者たちも、『アベル殿下は陛下にほだされて判断を誤った』と考えていた。
もちろんそのことは、ローレンもアベルも知っている。昨日の今日で、ルーイがすでに情報を集めてきていたのだ。
とはいえ、ひとまず静かになったので、ローレンは同盟の説明を始めた。
「今回の同盟は、オズウェルドと彼の国の魔族たちに、我が国の防衛を担ってもらうために結んだものだ。具体的には、西部及び北部国境沿いに出現した魔物の討伐と、万が一魔族が攻めてきた場合の助力を依頼している」
「防衛……ですと……?」
国王からの予想外の言葉に、みな驚いた表情を浮かべている。
「国境警備にかかる防衛費は毎年かなりの額だ。特に魔物の出現率が高い北部地方は顕著に多い。今回の同盟で、その費用が千分の一以下にまで抑えられる見込みだ。それだけの予算が浮けば、民に還元できることも圧倒的に増える」
「千分の一!?」
思わず声を上げた一人の大臣に続いて、他の臣下たちも思い思いの言葉を口にする。
「確かにすごいが、果たしてそんなにうまくいくのか?」
「そもそも魔族たちが律儀に約束を守る保証もないだろう」
「だが、多額の防衛費が削減できるのは願ってもない話だ」
再び騒がしくなった臣下たちを、アベルが咳払いをして静かにさせる。そして、ローレンが続きを話した。
「それに、あの魔王オズウェルドを味方につけたとあれば、他国への大きな牽制にもなるはずだ。下手に攻めてくる国もなくなるだろう」
今は他国とは良好な関係を築けているが、未来がずっとそうであるとは限らない。ローレンは、自分が退いたずっと先のことまで考えていたのだ。この同盟が続く限り、バーネット王国は他国との戦争を避けられるだろう、と。
「ですが、その見返りは? 生贄を差し出せとでも言われたらどうするのですか!」
一人の臣下が、怒ったように非難の言葉を口にした。だがローレンは、呆れたように一つ溜息をついてからその臣下を叱責する。
「お前は魔族が人間を食うとでも思っているのか? 流石に勉強し直せ」
「では我々は何を提供するというのです? 人間が魔族に勝っている部分など……」
他の臣下がそう言うと、周りの者たちもうんうんと頷いていた。皆が注目する中、ローレンはその問いに力強く答える。




