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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
最終章

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119.師匠からの助言


「アイリス。俺はこれから、お前との離婚の手続きを急ぎ進めようと思う」


 真剣な表情のローレンにそう言われ、アイリスはぎゅっと胸が締め付けられる思いがした。とうとう、別れの時がそこまで来ている。


 彼との結婚は、同盟を結ぶためだけの愛のないものだ。その同盟が結ばれた今、王妃としての仕事もろくにしていないアイリスは、この国にとって用済みの厄介者でしかない。価値があるとすれば魔法師としての実力くらいだが、エリオットに狙われている今、やはりこの国を去る方が国益になるだろう。


 ほんの昨日までは、ルーイとサラに励まされ彼に自分の恋心を伝えようと決めていた。しかし、結婚の理由がわかった今、それは止めておいたほうがいい気がしていた。気持ちを伝えたところで、そんなの何の意味もないからだ。それはただの自己満足で、彼にとっては足枷にしかならない。


「エリオットが再びお前を狙うかもしれない。離婚したあとはこの国を去って、お前はオズウェルドのそばにいろ。その方が、ここにいるよりずっと安全だ」


(ここでおそばにいたいと言って駄々をこねれば、確実に陛下を困らせてしまうわ)


 それはアイリスの本意では無かった。彼に迷惑はかけたくない。だって、彼のことが好きだから。愛しているから。


 アイリスは笑顔を作る。離婚を喜んでいるように見える、完璧な笑顔を。そして心の中で自分に言い聞かせる。離婚することに何の不満もないと。


「わかりました」


(どうか、嘘だとバレませんように)


 アイリスは心の中で、強くそう祈った。


 ローレンはその返事に一瞬目を見開いたようにも見えたが、変わらず真剣な眼差しのままのようにも見えた。


 少しの間、沈黙が流れる。アイリスはローレンからの言葉を待っていたが、彼は珍しく次の言葉を見失っているようだった。


 すると、この沈黙を破ったのは意外にもオズウェルドだった。


「ローレン。少しアイリスと二人で話したいんだが、いいか?」


 その声に、ローレンはハッとしたようにオズウェルドの方を向いた。


「ああ、もちろんだ。むしろ、気が回らなくてすまない」


 そう言って彼は立ち上がり、足早に扉の方へと歩いて行く。


「久しぶりの再会なんだ。ゆっくり話すといい」


 ローレンはそう言い残して、その場を後にした。


 そして、アイリスがオズウェルドに向き直ると、彼はこちらをしっかりと見据え、真剣な表情を向けてきた。


 オズウェルドからの言葉に思わず身構える。ローレンを退室させたということは、彼に聞かれてはまずい話なのだろう。とはいえ、このタイミングで昔話に花を咲かせるとは思えない。


「アイリス。この国に残りたいか?」

「へ?」


 予想外のことを聞かれ、アイリスは思わず変な声を上げてしまった。オズウェルドの質問に目を丸くしていると、彼は優しく笑いかけてくる。


「顔に書いてある」

「え?!」


 アイリスはバッと両手で頬を押さえた。そして、慌てて弁明する。


「ええと、ええとね、もちろんオズと一緒にいたくないわけじゃないの。ただ……その……」

「ローレンのそばにいたいか?」


 言葉に詰まったアイリスの代わりに、オズウェルドが続きを話した。

 師匠にすべてを見透かされていることに、アイリスは言いようもない恥ずかしさを覚え、たまらず俯いた。頬を押さえている手に、顔の熱が伝わってくる。この分だと、きっと真っ赤になっているに違いない。


 そしてアイリスは少し顔を上げると、困ったように苦笑しながらオズウェルドに尋ねる。


「どうしてわかったの?」

「わかるさ。お前との付き合いはローレンよりだいぶ長い。あいつより、お前のことはわかっているつもりだ」


 そう言うオズウェルドは、とても優しい笑顔を浮かべていた。


「ローレンに言わないのか?」


 そう問われて、アイリスは眉を下げ表情を曇らせた。そして、力なく言葉を返す。


「……陛下のご迷惑になるもの。私、王妃の仕事もろくにしてないし、王妃が魔族に狙われてるなんて、この国からすれば厄介でしかないでしょ? 私は……言われた通りこの国を去るべきなのよ」


 項垂(うなだ)れるアイリスを見て、オズウェルドは困ったように笑うと徐に立ち上がった。そして、アイリスのそばでしゃがみ、こちらの顔を覗き込んでくる。


「あいつはこの国の王だぞ? それもすこぶる有能な王だ。お前の願いくらい、簡単に叶えるさ」

「でも……。でも、私が陛下と一緒にいたくても、陛下も同じように思っているとは限らないわ。だって……これは同盟のための結婚で、そこに愛はないもの……」


 アイリスは自分でそう言っていて思わず泣きそうになってしまった。

 恋がこんなにも苦しいものだとは知らなかった。自分から離婚したいと願い出ておきながら、彼のことを好きになってしまうだなんて、本当に愚かだと思う。でも、一度自覚してしまった気持ちを消し去ることは出来なかった。


 すると、オズウェルドがまた優しく諭すように言葉をかけてくる。


「アイリス。あいつが俺との同盟を急いだのは、俺がお前をエリオットから堂々と守れるようにするためだ」

「え……?」


 確かに、この国と対立関係だと思われていたオズウェルドが表立って王妃の護衛をするのは無理だっただろう。魔王が不用意にバーネット国内に出現すればそれこそ争いに発展しかねず、同盟締結どころではなくなってしまう。


「本当は周囲の理解をある程度得てから同盟を締結し、一気に実権を取り戻す計画だったんだが、その前に無理やり推し進めたのはお前を想ってのことなんだ」


 アイリスはオズウェルドの言葉ではたと気づいた。


 離婚の期日は「()()()()()()()()()の三年間」だったはずだ。今はただ同盟を結んだだけで、実権を取り戻せてはいない。臣下たちに何の説明もなく突然魔族との同盟を結べば、アベル派閥の人間が黙ってないだろう。実権を取り戻すという点においては、このタイミングの同盟締結は悪手だったと言わざるを得ない。


(陛下はそうまでして、私を守ろうとしてくれた……? でも、同盟の条件に「私の命を守る」ってあったみたいだし……)


 するとオズウェルドは、またアイリスの考えを見透かしたようにこう言った。


「同盟の条件とは関係なく、あいつは心からお前を大切にしていたよ。離婚を早めようとしているのも、完全にお前の安全を優先してのことだ」


(陛下が……私を……大切に想ってくれていた……)


 そう思うと、つい先程まで苦しくて泣きそうだったのに、心がじんわりと温かくなっていく。そして次第に、たまらない嬉しさがこみ上げてきた。苦しくなったり嬉しくなったり、恋とはなんと難しくて不思議なものなんだろう。


「最初は愛のない結婚だったかもしれない。だが、今もそうとは限らないぞ?」

「オズ……私、期待していいのかな……?」


 恐る恐るそう尋ねると、オズウェルドはニコリと笑って『ああ』と返事をした。そして、すぐに真面目な表情になる。オズウェルドの、師匠としての顔だ。


「だが、あいつはかなりの頑固者だ。そして、お前を利用したことへの罪悪感も随分と抱えている。だから、お前から気持ちを伝えなさい」

「……うん。ありがとう、オズ」


 アイリスが礼を言うと、オズウェルドはその大きな手で優しく頭を撫でてくれた。


(昔もこうしてよく撫でてもらったな……)


 幼い頃を懐かしんでいると、オズウェルドが誰にも聞こえないくらいの小さな声でポツリとつぶやいた。


「エマの予言も外れることがあるんだな」

「なにか言った?」

「いや、こちらの話だ」


 そう言ってオズウェルドは苦笑していた。なんだか遠い昔を思い出しているような様子だったが、アイリスにはその理由はわからなかった。


 そしてオズウェルドは一瞬目を伏せた後、今度は慈愛に満ち溢れた表情になった。


「幸せになれ、アイリス」


 自らの師匠に、幼少期を支えてくれたただ一人の友にそんなことを言われ、アイリスは思わず泣きそうになってしまった。それを誤魔化すために、少しおどけた様子で言葉を返す。


「フラれたら、慰めてね」

「俺の可愛い弟子をフッたりしたら、あいつを一発殴らないと気が済まないな」

「流石にそれは止めるわ。オズに殴られたら、大変なことになっちゃう」


 アイリスとオズウェルドは少しの間目を合わせると、同時に吹き出し、二人して笑い合った。


 彼と出会えて良かったと、この人の弟子になれて、友になれて良かったと、アイリスは心の底から思ったのだった。


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