116.答え合わせ
「陛下は、オズから私のことをどこまで聞いていたんですか? 結婚当初は、私が魔法を使えることをご存知ありませんでしたよね?」
ローレンに魔法の力のことがバレたのは、離婚を切り出したあの日だ。それまでは、アイリスがアトラス王国から出られなかった理由も彼は知らなかった。
「アトラス王国の王女という以外は何も。だから、お前が魔法を使えて、さらにはオズウェルドと師弟関係にあるとわかった時は心底驚いた」
ローレンの言葉に、オズウェルドが補足を入れる。
「お前が本物の『黒髪緋眼』だということは伏せておいた方がいいと思ってな。万が一アトラス王家に知られると厄介だったから、最低限のこと以外は何も言わなかったんだ」
「なるほど……」
ということは、ローレンは何の素性もわからない女と結婚してくれたということになる。無茶な同盟の条件を吞んでくれたことに心から感謝しつつ、アイリスは次の質問に移った。
「あと、陛下はどうして私の居場所がわかったんですか? あんな辺鄙な国境沿いの場所、よくわかりましたね」
その問いに答えてくれたのは、ローレンではなくオズウェルドの方だった。
「俺の使い魔たちが見つけてくれたんだ。昔お前に渡した、青い小鳥の仲間たちがな」
「え!? あの小鳥って、オズの使い魔だったの……!?」
父が亡くなり、もう城からも出られなくなりそうだった頃、オズウェルドと最後に会った時にもらった、賢くて優しい青い小鳥。魔物であることはわかっていたが、まさかオズウェルドの使い魔だったとは知らなかった。
驚くアイリスに、オズウェルドは眉を下げ表情を暗くする。
「ああ。元々は俺が使い魔を通してお前を見守るために渡したんだが、余計なことをしてしまったな。お前の心を無駄に傷つけてしまった」
「ううん。あの子を守れなかった私が悪いの。死なせてしまって、本当にごめんなさい」
自分の不注意のせいで従兄弟たちに殺されてしまった、青い小鳥。ずっとずっと、あの日のことを後悔していた。でもこうしてやっと、オズウェルドに謝ることができた。
「その謝罪は、既にヘルシングからの言伝で聞いたよ。お前のせいではない。もう気に病むな」
オズウェルドに優しい表情でそう言われ、アイリスはずっと胸に抱えていた罪悪感を、少しだけ手放すことができた気がした。そして、ちゃんと伝言を伝えてくれていたヘルシングに、心のなかで感謝する。
「二羽目の小鳥は追い返されてしまったが、実はこっそりとお前のことを見守ってたんだ」
「そうだったの!? 全然気が付かなかった……」
まさかあの青い小鳥がずっと自分のそばにいてくれたとは夢にも思わず、アイリスは目を丸くした。
最初の小鳥が死んでしまった後、また青い小鳥がアイリスの元を訪れていた。恐らくオズウェルドが送ってきてくれたんだろうということはわかっていたが、再び同じことが起こるかもしれないと思うと恐ろしくて、その小鳥は彼の元に返したつもりだったのだ。
「……ただ見守るだけしかできなくて、本当にすまなかった。もちろんお前の身に危険が迫ればアトラス王国と戦争でも何でも起こしてやるつもりだったが……俺が人間だったら、堂々とお前を守れたのにな」
そう言うオズウェルドの表情には、強い後悔の念が滲んでいた。
魔族であるオズウェルドがアイリスを救うためアトラス王国に乗り込んでくれば、戦争になるのは確実だ。彼としても、長年歯がゆい思いをしてきたのかもしれない。ローレンと出会った時、彼はすがる思いでアイリスと結婚してくれるよう願い出たのだろう。
「ううん、いいの。ありがとう」
(私は、決してひとりじゃなかったんだ。ライラだけじゃなくて、オズウェルドも、ずっと見守ってくれていたのね)
それだけで十分だ。オズウェルドがずっと自分のことを気にかけていてくれたことが、ただただ嬉しかった。とっくに忘れられたのかと思った日もあったから。そうではないとわかり、アイリスには自然と笑みがこぼれた。
そして、気になっていたもう一つのことを尋ねる。
「オズは前々から国を作ろうと思ってたの?」
「いや。今回の同盟を結ぶにあたって作ったんだ」
オズウェルドが大陸西部を治めて以降、彼の領地には人族に友好的な魔族が集まってくるようになったそうだ。人間と争おうとする魔族を逐一止めていたオズウェルドを見て、彼の追い求める理想に賛同した者たちが集まった形だ。そのため、魔族側でこの同盟に反対する者は一人もいなかったらしい。
すると、オズウェルドの回答にローレンが言葉を付け加える。
「同盟の内容は色々とあるが、その最大の目的は人族と魔族の繋がりを作ることだ。だから、オズウェルドがいなくなったら終わるような関係では意味がなかった。国同士の同盟にしたのは、そういう理由だ」
彼らの説明に、アイリスはなるほど、と大きく頷いた。
もちろん、国民への説明などこれからやるべきことはまだまだたくさんあるだろう。しかし、同盟を結んだ今、ローレンの夢は大きく前進したはずだ。アイリスはそのことが何よりも嬉しかった。
そして同時に、彼の夢の実現にあまり貢献できなかったことに悔しさも感じていた。これから何かできることがあれば絶対に力になろうと、強く心に誓う。
すると、オズウェルドがローレンに視線を向けながら言葉を続けた。
「立国できたのはすべてはローレンのおかげだ。こいつが法整備などに随分と助力してくれてな。俺だけでは到底無理だった」
「陛下が……!?」
まさか国を作るところにまでローレンが関わっていたとは思わず、アイリスは目を見張った。国王としての膨大な仕事をこなしながら国をひとつ作ってしまうとは、彼の能力は本当に底が知れない。
アイリスは彼の有能っぷりに改めて感服しながら、いつもの就寝前の風景をふと思い出す。
(……国を作るために、ずっと法律の勉強をしていらっしゃったのね)
ローレンは就寝前にいつも様々な本を読み漁っていた。特に法律関係の本が多かったのは、魔族の国を作るという前代未聞の大仕事を成し遂げるためだったのだ。彼は己の才能の上にあぐらをかくことなく、努力を惜しまない偉大な王であることを改めて認識した。
「他に聞きたいことはないか?」
ローレンにそう問われ、アイリスは思考を巡らせる。そしてしばらく考えた後、とある肝心なことを思い出し、ハッと顔を上げた。




