115.複雑な思い
「私との結婚には、そんな理由があったのですね……」
ローレンとオズウェルドの出会い話を聞いたアイリスは、複雑な感情を抱いていた。
オズウェルドが自分のことを必死に助けようとしてくれていたことに、言いようもない嬉しさを感じた。以前エリオットから『なぜオズウェルドはお前を救わないのか』と問い詰められたが、そんな言葉、全く気にする必要なんてなかったのだ。
一方で、今までローレンが自分に優しかったのも、好きなだけ自由にさせてくれたのも、いつもこちらの身を案じてくれていたのも、すべて同盟の条件だったからだと思うと、どうしても寂しさと虚しさを感じてしまった。
王妃の仕事がいつまで経っても謁見などの最小限のみで、おかしいとは思っていた。この結婚には何か裏があるのだろうと感じてはいたが、これでようやく納得がいった。王妃がいなくても国が回るように、あらかじめ準備されていたのだ。
(そっか……だから離婚か……。同盟が結ばれた今、私はもう用済みだものね……)
アイリスがエリオットに狙われているとわかってから、ローレンは随分と忙しそうにしていた。恐らくその頃から、同盟の準備を急ピッチで進めていたのだろう。
本来三年と言われていた離婚の期日が早められたのは、アイリスの身の安全が危うくなり、同盟の条件を守れなくなりそうだと判断されたからかもしれない。
そんなことを考えていると、ローレンが酷く苦しそうな表情で頭を下げてきた。
「俺は、自分の目的のためにお前を利用したんだ。どんな非難の言葉も受け止める。本当にすまなかった」
「か、顔を上げてください、陛下。陛下のおかげであの国を出られたことに変わりはないのですから」
謝罪するローレンに、アイリスは慌ててそう声をかけた。
彼に利用されていたことを責められるわけがなかった。王族の結婚なんてそんなものだ。アイリスが虚しさを感じているのは、自分が彼に恋心を抱いてしまったせいだ。だから、彼は何も悪くない。
すると今度は、オズウェルドが深刻な表情で頭を下げてくる。
「お前にかけられた呪いのせいで、こんな救い方しか出来なくてすまなかった、アイリス。あとはあの国を滅ぼすくらいしか、方法がなかったんだ」
「オズも顔を上げて。助けてくれて本当にありがとう。この方法に不満なんて何も無いわ。オズに戦争なんて起こして欲しくなかったもの。オズは人一倍優しいから」
アイリスが微笑みながらそう言うと、オズウェルドは少し表情を緩めてくれた。
アイリスにかけられていた呪いは、国を出ると命を落とすというものだった。そしてそれは、自らが王になるか他国に嫁ぐ以外消せないもので、魔王オズウェルドの力を持ってしても解けない呪いだった。
だからオズウェルドは、ローレンとの結婚という形で呪いを解き、あの国から救い出そうとしてくれたのだ。その方法に、アイリスはなんの不満もなかった。あの国から出るには、本当にそれくらいしか方法がなかっただろうから。
それからアイリスは、城で起きたクーデターのことについても聞かされた。
ローレンの命を長年狙っていた黒幕は、軍部最高司令官であるヒュー・オースティンだった。
今回のクーデターも彼が引き起こしたことで、あろうことか道化のエリオットと手を組んでいたのだ。
そして、エリオットの真の目的は、人間を滅ぼし魔族の頂点に君臨すること。彼がバーネット王国を狙っていたのは、オズウェルドとこの国を衝突させることが狙いだったようだ。
オースティンはエリオットから同盟の話を聞き、国王が城を空けたこのタイミングでクーデターに踏み切った。アイリスを殺そうとした騎士たちも、オースティンが仕向けた者たちだ。そしてもちろん、アイリスを廃教会に飛ばしたのはエリオットだった。
あとは、これまでの事件の裏側もすべて教えてもらった。
まずは、ローレンの自室の結界が破られた事件。
マーシャに結界の解除を依頼したのは、黒幕であるオースティンだった。マーシャが魔法の無効化を使えることは、教授のグレネルがオースティンに教えたらしい。どうやらグレネルは、若き頃にオースティン公爵家に多額の研究費を工面してもらっていたようで、その恩もあり彼には逆らえなかったようだ。
次に、ドラゴンにまつわる事件。
王都の結界に綻びを生じさせ、ドラゴンの親子を転移させたのはエリオットの仕業だった。彼はドミニクを利用し、この国と龍王ヘルシングを衝突させようとしていたようだ。また、コネリー伯爵邸に野盗を遣わしたのはオースティンだった。
そして、ここ最近立て続けに起きていた魔族の襲撃事件。
反人族派の魔族たちにアイリスを襲わせたのは、すべてエリオットの仕業だった。彼が仮面の魔法師の正体を知っていたのは、オースティンが彼に教えたからだ。
オースティンは、イオールの街外れの泉でドラゴンに遭遇した際に、仮面の魔法師の正体に気づいた。アイリスが仮面の魔法師として、馬車の中から上空へ転移したときだ。
その時、馬車にいるはずのアイリスの魔力反応が消え、代わりに突然仮面の魔法師が現れたので、それで気づいたらしい。
余程注意深く魔力探知をしていなければ気づかないところだが、どうやらオースティンは前々からアイリスの正体を疑っていたようだ。仮面の魔法師がこの国に登場したのが、アイリスが嫁いできて割とすぐの出来事だったからだ。
すべての話を聞き終えたアイリスは、オースティンに裏切られたローレンを思い、強く心を痛めていた。
コネリー伯爵邸での襲撃の後、ローレンが酷くつらそうにしていたのは、あの時に黒幕の正体に気づいたからなのかもしれない。
「ここまでで、何か質問はあるか?」
向かいに座っているローレンにそう聞かれ、アイリスは眉根を寄せた。
「オースティン公爵の件は非常に残念でした……。陛下のお心は、大丈夫ですか?」
その問いにローレンは一瞬目を見開いた後、すぐにまた苦しそうな表情になってしまった。
「……お前は、俺がしたことを聞いてもなお、俺の心配をしてくれるのか。軽蔑しても、おかしくはないだろうに」
その言葉を聞いたアイリスは思わず眉を顰め、首を大きく横に振った。
「軽蔑など、するはずがありません。王族の結婚に政治的な要素が絡むのは当然のことです。どうか私に対して罪悪感など抱かないでください」
「……ありがとう。すまない」
ローレンは声を絞り出すようにそう言うと、ぎこちなく笑って言葉を続けた。
「俺は、大丈夫だ。やっと黒幕との決着がついて、清々しい気持ちですらある」
「……そうですか。それならよかったです」
アイリスはそう答えたが、彼の表情からはそれが本心なのか、こちらを心配させまいとする言葉なのかはわからなかった。でも今はこれ以上踏み込んでも答えてくれないような気がして、他のことを尋ねることにした。




