112.和解
ローレンは城に帰ると、アイリスをサラたちに託し、まずはアベルの元へと向かった。
城内にはクーデターに関与した騎士たちが至る所で眠っており、それを他の騎士たちが捕らえるという何とも不思議な光景が広がっている。
そしてアベルの元に着くと、彼は諸々の後始末について臣下たちに指示を出している最中だった。首謀者であるオースティンは捕らえられ、既に尋問が始まっている。
すると、こちらの姿に気づいたアベルが急いで駆け寄って来た。
「ローレン! よく無事だった……!」
そのままアベルに抱擁されたので、ローレンは驚きを隠せなかった。即位してから今まで、そんなことをされたことがなかったからだ。
アベルはローレンを離すと、肩を掴みながら険しい顔で責めてくる。
「どうしてこんな無茶をしたんだ! ルーイから聞いた。もし自分が死んだら、私にこの国を託そうとしていたと」
その言葉を聞いて、ローレンはルーイがそれ以外にも色々と喋ったんだろうと察した。でないと、アベルの言動に説明がつかない。
実際、その読み通りだった。アベルはルーイからローレンの気持ちを聞いた今、甥に嫌われているかもしれないと遠慮する必要もなくなった。もう、本心でぶつかれると、そう思っていた。
そして、アベルに責められたローレンは、少し困ったように返事をする。
「ああ。叔父上なら、オズウェルドと結んだ同盟も上手く活かしてくれると思ったんだ。俺の意図も、きっと汲んでくれるだろうと思って」
「もっと自分のことを大切にしなさい!!」
唐突に大声で叱られ、ローレンは大いに驚き目を見開いた。周囲の臣下たちも、心底驚いたようにアベルに視線を向けている。温厚なアベルが怒鳴り声をあげたことなど、今の今まで一度もなかったからだ。
そう言えば、叱られるのも初めてだ。ローレンは頭の片隅でそんなことを思いながら、驚き顔のまま言葉を返す。
「……悪かった。叔父上」
すると、アベルはハッとしたようにローレンの肩から手を離し、片手で顔を覆って俯いた。
「いや……違う、違うんだ。全部、私が上手くやれなかったから……」
アベルは今にも泣き出しそうな弱々しい声でそう言った。そして、顔から手を外しローレンに視線を向けると、唐突に懺悔を始めた。
「今まで、上手く守れなくてごめんよ……兄さんから、お前のことを頼むと言われていたのに……」
「父上から?」
「ああ。魔族に襲われた日、最後に言われたんだ」
初めて聞く事実に、ローレンはわずかに目を見張る。一方のアベルは、悔恨で大きく顔を歪めていた。
「でも、私が兄さんたちを殺したという噂が広まって、お前に距離を置かれて、どうやって守ればいいかわからなかった」
アベルの気持ちを真正面から聞くのは、これが初めてだった。彼のその苦しげな表情に、ローレンは申し訳なさを感じて眉を下げる。
「すまなかった。家族が亡くなった当時は俺もまだ幼くて、何が真実なのかわからなかったんだ」
「いや、お前は何も悪くない」
たった八歳の子供が事の真相を正しく判断するなど、そうそうできることではなかった。悪いのは、そんな噂を幼い王の耳に入れた周囲の大人たちだ。アベルは、傷ついたローレンの心を救えなかったことにも、強い後悔を抱いていた。
「後見人として、王であるお前を支える選択肢もあった。でも、それではお前を守りきれないとすぐに悟った。当時、あまりにもお前を排除しようとする輩が多かったんだ。私にできたことは、自らが政権を掌握し、反国王派をまとめ上げることで、お前に害をなす者や国を牛耳ろうとする者を退けることくらいだった」
ローレンは真剣な表情で黙って聞いていた。責めるでもなく、ただ静かに聞いていた。
一方のアベルは、話すにつれ段々と目に涙が溜まっていき、それが今にもこぼれ落ちそうになっていた。そして彼は、泣き出しそうな声で謝罪の言葉を口にする。
「そんな形でしか、守れなくて、本当にごめんよ。お前はもうずっと前から、立派な王になっていたというのに」
アベルも、ローレンが優秀であることはよくよく理解していた。だから、いつかは身を引いて補佐役になろうと考えていたのだ。
しかし四年前、ローレンがあろうことか魔族との共存という夢を掲げた。それはアベルにとって、断固として反対しなければならないことだった。
だがそれも、ただ自分の視野が著しく狭くなっていただけだということを、アベルはほんの少し前に理解させられた。
「叔父上。すべては過ぎたことだ」
アベルの懺悔を聞き終えたローレンは、穏やかな表情で言葉をかける。
「俺の方こそ、暗殺の黒幕を油断させるためとはいえ、叔父上を疑っているように振る舞ってすまなかった。そんなにも叔父上が自分を責めているなんて、知らなかったんだ。もっと早くに、こうして話せばよかったな」
そしてローレンは、心からの感謝を伝えた。
「叔父上、今まで俺を守ってくれてありがとう。でも、もう大丈夫だ。だからこれ以上、自分を責めないでくれ」
その言葉に、アベルは堪えられなくなって涙を流した。ひとつ、またひとつと瞳から熱い雫がこぼれていく。そんな二人の様子を見守っていた周りの臣下たちも、グスグスと鼻をすすっていた。
「だが、叔父上から政権を取り戻せるくらい強くならないとだめだな。俺もまだまだだ。精進するよ」
ローレンが苦笑しながらそう言うと、アベルは涙をぐいっと拭った。そして、強い眼差しを向けてくる。
「ローレン。私は、お前の夢に協力したいと思っている」
アベルの言葉を聞いたローレンは、信じられないというように目を見開いた。
周囲の臣下たちも一気にざわめき出す。今まで魔族との共存に断固反対し続けていたアベルが、ローレンの味方につくと言うのだ。『これはこの国が大きく動き出すぞ!』と、皆が口を揃えて騒いでいた。
すると、アベルが少し表情を和らげながら言葉を続ける。
「以前、アイリス様に言われたんだ。私とお前が共に手を取り合う未来を実現したいと」
「アイリスが?」
ローレンが驚いたように尋ねると、アベルは少し俯き、苦笑を滲ませながら頭をかいた。
「ああ。実はそれから、お前との関係を変えたいとずっと思っていた。でも情けない話、ここまで拗れてしまった関係をどうすればいいかわからなくてね……。きっと今が、お前とやり直すチャンスなんだと思ったんだ」
アベルはそう言うと、顔を上げてもう一度真剣な眼差しをローレンに向ける。
「だから、これからお前が進もうとする道に、ぜひ協力させてくれ」
アベルはそう言って右手を差し出した。
その場にいる全員が、二人の成り行きを見守っている。
そして、ほんの少しの沈黙が流れたあと、ローレンはわずかに泣き出しそうな顔でくしゃりと笑った。
「ありがとう、叔父上」
その笑顔に、アベルはまた泣きそうになってしまった。アベルがローレンの笑顔を見たのは、彼が即位して以来初めてのことだったからだ。
そして、ローレンも右手を差し出し二人が固い握手を交わすと、周囲から自然と拍手が湧いた。
「良かったですね、殿下」
話しかけてきたのは、二人の様子を近くで見守っていたルーイだ。彼はどこかホッとしたような穏やかな表情を二人に向けている。
すると、アベルがにこやかに言葉を返した。
「ああ。ルーイも、私にローレンの気持ちを教えてくれてありがとう。君のおかげで、正直に話すことが出来たよ」
その言葉に、ローレンの眉がピクリと動く。
「そういえば、叔父上にバレたのか?」
その問いに、ルーイは困ったように眉を下げた。
「すみません、主。オースティンの奴にバラされちゃって。というか、殿下は前々からなんとなく俺が陛下側の人間ってわかってたらしいです」
ルーイがそう答えると、ローレンは事も無げにこう返した。
「ああ、叔父上はやはり気づいてたのか」
「そう思ってたなら教えて下さいよ、主! 俺が正体を隠すのにどれだけ気を使ってたと……!」
アベルの予想通り、ローレンはルーイの正体がバレていることに薄々感づいていた。しかし、仮にバレていても、あの頭の切れる叔父ならこちらの意図を察するだろうと確信していたのだ。
抗議の声を上げたルーイに、ローレンは軽く笑みをこぼす。
「フッ。まあ、確証はなかったからな。許せ」
「主〜」
トホホと肩を落とすルーイを見て、揃って笑うローレンとアベルだった。




