108.誤解
エリオットが去った後。
その場には、呆然と立ち尽くす騎士たちと、諦めたように無抵抗かつ無表情のオースティン、この場をどうしたものかと考えあぐねるアベルとルーイ、そして、やや疲れた顔のオズウェルドが残された。
すると、まず最初に口を開いたのは、意外にも先ほどまで押し黙っていたオースティンだった。彼はオズウェルドに鋭い視線を向けながら、険しい声で問いかける。
「城の騎士を大勢殺しておいて、同盟なんて話が通用すると思っているのか……?」
その問いを聞いたオズウェルドは、心底呆れたように言葉を返す。
「殺すわけないだろう。ただ眠らせただけだ。同盟国の国力を削ぐ馬鹿がどこにいる。それに、王城にいた騎士たちは、お前に良いように騙されていただけのようだしな。俺が殺す必要なんて、どこにもない」
その答えに、オースティンは信じられないという表情を浮かべる。
「お前は……本気でこの同盟を成功させるつもりなのか……? 人間の国なんかと同盟を結んでも、お前には何のメリットもないはずだ! なぜそんなことを!?」
「人族と魔族の共存を実現すること。それが、俺の使命だからだ」
オズウェルドの力強い言葉に、その場にいた全員が驚いて目を見張った。この国と対立関係にあったはずの魔族が、あろうことか「人族と魔族の共存」を自らの使命と言ってのけたのだ。
みな驚きで声が出ない中、アベルは先ほどのエリオットの発言を思い出していた。
エリオットは会話の中で、「人族と争いをしようとする魔族がいたら、オズウェルドが逐一止めていた」と言っていた。アベルはその発言を聞いた時、この国と対立しているオズウェルドがなぜわざわざ人間を救うような真似をしていたのか、と強く疑問に思ったのだ。
そして、ふと思い返す。オズウェルドが治める領地はこの国と隣接しており、二百年ほど前まではその領地との国境沿いでよく魔族との争いが起きていた。そう、オズウェルドが大陸西部を治める、二百年前までは。
そこまで考えたところで、アベルはハッと顔を上げ、思わずオズウェルドに尋ねていた。
「まさか、あなたは……大陸西部を治めた時から……いやそれ以前から、そもそもこの国と対立などしていなかったのですか……!?」
アベルの言葉にルーイや騎士たちは大いに驚き、一斉にオズウェルドの方に視線を向ける。そして、視線の先にいるその魔族は、苦笑を漏らしながら口を開いた。
「ああ。この国に敵意を持ったことは、一度もない。俺が大陸西部を治める前、元々そこにいた魔族たちがこの国とよく戦争を起こしていただろう? それがいつの間にか、俺がこの国と争っているという話にすり替わっていたんだ。まあ、恐らくエリオットの奴がそういう噂を広めたんだろう。俺とこの国を対立させるために」
オズウェルドは、とても穏やかな声でそう言った。目の前にいるこの魔族は、先ほど震え上がるような殺気を放っていた彼と同一人物だろうか。そう思えるほど、オズウェルドは優しい表情をしていた。
「では、もしかして……今までこの国を攻めようとした魔族を、止めてくださったこともあったのですか……?」
「まあ、何度かは」
アベルの問いに、オズウェルドは事もなげにそう答えた。
衝撃の事実に、その場にいた全員が呆然としていた。
この魔族は、最初からこの国の敵ではなかった。むしろ、自分たちを守ってくれる存在だったのだ。
すると、オースティンが解せないという表情でオズウェルドに問いただす。
「だったらなぜ、自分は敵ではないと人間側に言わなかった? それならそうと、もっと早くに言えばよかっただろう? その場しのぎで適当なことを言ってるんじゃ――」
「魔族である俺が言って、信じたか? 今お前が俺の言葉を疑っていることこそが、その答えだろう」
オズウェルドの言葉に、その場にいた全員が押し黙る。
アベルは、今まで魔族を憎むあまり視野が著しく狭くなっていたことを激しく後悔した。少し考えれば、オズウェルドが敵ではないことくらいわかったはずなのだ。
そして、今になってやっと、ローレンの聡明さと心の強さに感服した。この国の王は、ほんの十四歳の時点で、魔族は共存できる存在だと確信していたのだ。自分の家族が、魔族に殺されたにも関わらず。
その場に重たい空気が流れる中、オズウェルドは気を取り直すように『さて』と言うと、アベルに向かって言葉をかけた。
「アベル、この場を任せていいか? 俺は、アイリスとローレンを迎えに行かなきゃならない」
「……はい、もちろんです。二人をどうか、お願いします」
アベルは、深々と頭を下げてそう答えた。そして再び頭を上げると、真剣な表情で心からの礼を言う。
「オズウェルド殿。この度は、クーデターを阻止してくださって、誠にありがとうございました。あなたがいなければ、今頃どうなっていたことか」
「ローレンの指示が的確だったからだ。礼ならあいつに言ってやれ」
オズウェルドがまるで自分は何もしていないかのようにそう言うので、アベルは思わず苦笑した。いくらローレンの指示が的確だったとはいえ、単身で王城に乗り込みクーデターを止めるなど、この魔族にしか出来ない所業だろう。
「それに、あなたのおかげで、尋問の手間が随分と省けました。本当に助かりました」
「俺は何もしていない。エリオットが勝手にペラペラ喋っただけだ」
「その彼に、わざと話させるよう仕向けていたでしょう?」
アベルが目を眇めながらそう言うと、オズウェルドは少し驚いたように目を見開いた後、すぐにフッと笑みをこぼした。
「お前もローレンと似て、底の知れない男だな」
そして、アベルとの会話が終わり、いよいよオズウェルドがこの場から立ち去ろうとしたその時、オースティンがポツリと問いかけた。
「俺を、殺さないのか?」
その言葉に、オズウェルドは顔だけで振り返ると、興味なさげにこう答えた。
「俺はお前を殺しに来たわけじゃない。お前を殺すのは、この国の法だ」
オズウェルドはそれだけ言うと、さっさと転移魔法でこの場から立ち去ってしまった。そして残されたオースティンは、ただ呆然とオズウェルドのいた場所を見つめていた。
ここで一度、部屋の中はシンと静まり返った。騎士たちも、さっきまで自分たちが見ていた光景が信じられないのか、ただただその場で立ち尽くしている。
すると、今までずっと黙っていたルーイが口を開き、その沈黙を破った。
「ねえ、殿下。今までの話を全部集約すると……」
そうアベルに話しかけたルーイは、まだ呆然とした表情を浮かべている。
「アイリス様の師匠って、まさか、魔王オズウェルド……ってことになるんですかね?」
((……そこ?? いや、それも気にはなるけど!!))
その場にいた騎士たちはみな、ルーイの要約に心の中で総ツッコミを入れていた。どう考えても、オズウェルドが立国しこの国と同盟を結んだことのほうが大事だからだ。
尋ねられたアベルも、ルーイの予想外の問いに思わず苦笑を漏らしていた。いつもは頭の切れるルーイも、一気にいろんな情報が入って来すぎて脳がショートしてしまったらしい。
「どうやらそのようだね。さて、後始末を始めようか」
アベルはそう返すと、自らの騎士たちにテキパキと指示を出していくのだった。




