107.嫌な奴(3)
「俺がやってきたことは、だいたいこんなもんだ。なんか質問あるか?」
エリオットの言葉に、オズウェルドは目を眇めながら質問を投げかける。
「今回の件は? アイリスをアトラス王国に飛ばしただろう」
「ああ、忘れてた。アイリスちゃんが本物の黒髪緋眼だってことをあの国の何とかっていう組織に教えてやったら、奴らめちゃくちゃアイリスちゃんを欲しがってな? そいつ等に協力してやったのよ」
「アトラス魔法協会だな?」
オズウェルドがさらにそう問いかけると、エリオットは相変わらずの嫌な笑みを浮かべながらペラペラと話し始めた。
「そう、それそれ。んで、オースティンはオースティンでクーデター起こして、王サマを殺す算段だったってわけ。あとは、万が一アイリスちゃんが逃げてきても殺せるように、オースティンが国境沿いに兵を忍ばせてたのさ」
エリオットはそこまで話すと、何とも悔しそうな表情になった。
「でもさあ、聞いてくれよ、オズウェルド。なんか訳わかんねえジジイが、図ったようにアイリスちゃんを助けに来やがってさあ。俺は神に見放された気分だったよ」
エリオットは天を仰ぎ見ながらそう言うが、この男が神など信じているはずもない。オズウェルドはフッと嘲笑を浮かべながら短く言葉を返した。
「それは残念だったな」
この一連の会話で、ひとまずアイリスには既に救助の手が差し伸べられていると察し、アベルとルーイはホッと安堵の息を吐いた。一方、手を組んでいた相手に自分の犯した罪をあらかた暴露されてしまったオースティンは、怒りと悔しさに打ち震えながら、ただただエリオットを睨みつけていた。
すると、エリオットが腕組みしながら愚痴をこぼす。
「でも今回のことは、お前ら全部お見通しだったのか。チッ。なんでわかったんだよ」
「別にお見通しだったわけじゃない。ローレンと共に何パターンもの可能性を考えて、ただ色々と対策を練っていただけだ。それに関しては、ほとんどあいつのおかげと言って良い」
オズウェルドの回答に、エリオットは理解できないという風に怪訝そうな表情を浮かべた。
「だったら、何でこんなタイミングで城を空けたんだよ。アイリスちゃんが狙われるのわかってただろ?」
「それは、ローレンがアイリスを想ってのことだ」
その言葉を聞いて、エリオットはさらに眉を顰める。心底理解できない、という表情だ。
「けっ。訳わかんね」
「わからなくていい」
性格の捻じ曲がったこの男にいくら説明したところで、人の心など理解できるはずもない。ローレンが、どれほどアイリスを大切に想っているか、など。
そしてオズウェルドは半ば嘲笑を浮かべながら、エリオットの犯した最大のミスを指摘した。
「だがお前は、ゾーイを操ってアイリスに接触すべきではなかったな。ローレンはライラからお前のことを聞いた時点で、お前とオースティンが繋がっている可能性を考えていたぞ」
ローレンは恐ろしく頭の切れる男だった。オズウェルドがローレンと出会ったのは彼がまだ十五歳のときだったが、その時点で既に王として申し分ない能力を備えていた。
オズウェルドは立国するに当たっての知識を何も持たなかったため、同盟の件も含めてほとんどローレンが主導していた。それも、王としての膨大な公務をこなしつつ、だ。
そのためオズウェルドは、ローレンが味方にいて心強く思う一方、なんとも末恐ろしい奴だとも感じていた。
「はいはい、そうかよ。良いんだよ別に。あの頃にはもう、俺の計画はほとんど破綻しかけてたんだからよ」
エリオットは鬱陶しそうにそう答えると、頭の後ろで腕を組みながら大きな独り言をつぶやいた。
「あーあ! 前にアイリスちゃんを勧誘した時はフラレちまったが、事の真相を知って、気持ち変わんねえかなあ。こっちに引き込みてえ〜」
その不愉快な言葉に、オズウェルドは殺意を込めながらギロリとエリオットを睨みつけた。しかし、彼は全く気にする様子もなく飄々としている。そして、またニヤリと嫌な笑みを浮かべると、こんなことを言い出した。
「いやあ、でも、今回の誘拐はそんなに悪くなかったかもな」
「こんな無惨に失敗したのにか?」
オズウェルドが嘲笑を返すと、エリオットはさらに歪んだ笑みを作った。
「今さあ、カラスの目を通して、王サマやアイリスちゃんのことを観察してるんだがな? 王サマ、ありゃもうすぐ死ぬぜ? アイリスちゃんをかばって傷だらけだ。ここで王サマが死ぬのは相当デカいなあ。そしたら同盟も無くなりそうだし。あ、お前のせいで死んだって噂を流せば、戦争起こせるんじゃねえか?」
エリオットの言葉に、その場にいた騎士たちがざわめき出す。アベルとルーイは取り乱すことこそしなかったが、内心は強い焦りを感じていた。
すると、オズウェルドがこの場にいる全員に向かって力強い言葉を放つ。
「いや、あいつは死なない。一度くらいなら、死にかけても蘇る」
その言葉に、エリオットは心底馬鹿にしたような表情を浮かべた。
「ハッ! 強がりやがって。不死身のランゲルドじゃあるまいし、脆弱な人間が生き返るわけねえだろが!」
「フッ。まあ、見ておけ」
余裕の笑みを浮かべるオズウェルドには、ローレンが死なないという確固たる自信があった。ローレンには魔王の弟子がついているのだ。彼女の加護があれば、どれだけの危機に瀕しようが無事に帰って来られるだろう。
そしてオズウェルドはスッと笑みを消すと、真剣な眼差しでエリオットに問いただした。
「最後にひとつ、お前に聞きたかった事がある。エマを陥れたのはお前か?」
その問いに、エリオットは手を叩いて笑いながらこう答えた。
「ああ、エマ・アトラス! あいつも最高に邪魔な存在だった! そう、俺がグランヴィルの家族を操って奴を騙し、あの女を殺させたんだよ」
その言葉を聞いた途端、オズウェルドから身の毛もよだつほどの凄まじい殺気が放たれた。この部屋に入ってきた時の殺気とは、全く比べ物にならない。騎士たちが恐怖でその場から動けなくなり、しばらく息が止まったほどだ。
「……そうか。その答えだけで十分だ」
オズウェルドは静かにそう答えると、スッと殺気を収めた。すると、感情を高ぶらせたオズウェルドをからかうように、エリオットが追い打ちの言葉をかける。
「いやあ、俺的にはエマを殺せたのはかなりアツかった! 未来が視えるなんて反則的な能力、そうそう対応出来ねえからな。あいつが死んでなかったら、俺の命も危うかったかもな。残念だったなあ! 大事な師匠が死んじまって!」
しかし、オズウェルドがエリオットの挑発に乗ることはなかった。ただ静かに、低い声で淡々と言い放つ。
「安心しろ。エマの予言が、いずれお前を必ず食い殺す。その日まで、精々震えて眠れ」
「はっ! 死んだ人間に何ができるってんだよ!」
エリオットは馬鹿にしたようにそう言うと、今までで一番癪に障るニタァとした笑みを浮かべた。
「それよりも、自分の心配をしたほうが良いんじゃないか? オズウェルド! 同盟の手駒として利用されてたってあの小娘が知ったら、どう思うだろうなあ!? せいぜい、愛弟子に絶縁される覚悟でもしとくんだな! ギャハハハ!!」
「言いたいことはそれだけか? ならば失せろ……!」
オズウェルドはエリオットを激しく睨みつけると、彼に操られている茶髪の騎士に向かって無効化魔法を放った。エリオットが長々と話している間、オズウェルドは精神操作魔法を解くためにその解析を進めていたのだ。
「お前を殺す次の作戦を考えとくから、首洗って待っとけな!」
エリオットがそう言い残したと同時に、無効化魔法が茶髪の騎士に当たり、その騎士はその場にバタンと倒れた。
ひとまずこの城でなすべきことが完了し、オズウェルドはふぅと疲れたように溜息を吐いたのだった。




