106.嫌な奴(2)
「おーい。そろそろ続き話していいか?」
エリオットが手を挙げながらそう言うので、オズウェルドはまたわざと嫌そうな顔をしてみせた。
「まだ話すのか?」
そう煽ると、エリオットは喜々として続きを話し始める。
「ああ。お次はドラゴンの誘拐事件な。ヘルシングには悪いと思ったが、ちっとばかしドラゴンの親子を拝借したのさ。利用しやすそうなガキにあることないこと吹き込んで、ドラゴンを誘拐させた」
「ドミニク・コネリーか?」
「そうそう。学校の教員を操って近づいたのさ。んで、オズウェルド。俺はなんでそんな回りくどいことをしたと思う?」
目を眇めてからかうように尋ねてくるエリオットに、オズウェルドは疲れたような表情を向ける。
「ドラゴンが傷つけば、ヘルシングがこの国と戦争を起こす。そうなれば、俺がそれを止めるために、ヘルシングと戦うことになる。だいたいこんなところだろう」
「ピンポーン! 正解。流石はオズウェルドだ」
エリオットはニコニコと笑いながら、盛大な拍手を送ってくる。しかし彼は、急に怒ったように眉を吊り上げると、心底悔しそうに地団駄を踏み始めた。
「だがそうはならなかった。想定外だったのは、あのアイリスとかいう小娘がドラゴンを助けちまったことだ。何なんだ、あいつは! 殺そうとすればライラの奴が助けに来るし、送り込んだゾーイやギルバートも返り討ちに遭うしよお!」
エリオットが悔しがる様子を見て、オズウェルドは内心笑みを漏らしていた。自分の愛弟子がエリオットの計画を見事阻止したことを誇らしく感じると同時に、このずる賢い男が珍しく痛い目を見ているのはいい気味だった。
「コネリー伯爵邸でローレンを殺そうとしたのは、お前の差し金か?」
「あ? ありゃオースティンが勝手にやったことだ。なあ、そうだろ? オースティン」
エリオットがオースティンに話を振ると、振られた本人は心底驚いたように目を見張っていた。
「ドラゴンの事件は、お前が起こしていたのか……」
「あ、そういえばお前に言ってなかったな。まあ、言う必要もなかったか」
驚くオースティンに、エリオットはケラケラと笑い声を浴びせていた。どうやら、オースティンはドラゴン誘拐事件には無関係なようだ。
そしてエリオットは、気を取り直したようにオズウェルドに向き直り、話を再開させる。
「その頃かな、お前とローレンくんが同盟なんてアホなことしようとしてるって気づいたのは。そこで俺は、狙いをアイリスちゃんに切り替えた。なぜだかわかるか?」
「…………」
オズウェルドはその問いには答えなかった。代わりに、わずかに顔を歪める。この話は、本当にこいつの口からは聞きたくなかった。
すると、オズウェルドの様子に、エリオットはニタァと下劣な笑みを浮かべた。心の底からこちらの反応を楽しんでいる顔だ。
「わかってるくせに、だんまりか? じゃあ、俺が代わりに言ってやる。お前らが結んだ同盟は、あの小娘の上に成り立つ随分と脆い関係だってことをよ。だからアイリスちゃんがいなくなれば、同盟の話もナシになる。良いように利用されて、本当に可哀想な子だよなあ?」
エリオットがからかうようにそう言うと、オズウェルドはわずかに殺気を滲ませた。
今すぐにでもこいつの舌を引っこ抜きたくなったが、ここで話を終わらせれば他の事件の真相がわからなくなる。ここは、どんなにこの男が気に障ることを言ってきても、グッとこらえるしかなかった。
するとエリオットは、宿敵の反応を見逃すまいと、険しい表情のオズウェルドをジロジロと見ながらこう続ける。
「で、最初は小娘を殺そうとしたんだ。操って自害させようかとも思ったが、いかんせん精神操作魔法をかけるにも、あいつとは相性がすこぶる悪かった。それで、『黒髪緋眼』を心底嫌ってるグランヴィルに情報を流して、殺させようとした」
エリオットはそこで一度言葉を切ると、今度はまた怒ったように眉を跳ね上げる。
「でも、そこでライラの登場だ。四大魔族のうち二人に守られてるって、どういうことなんだ!? ほんと、納得いかねえ!!」
実際、オズウェルドもライラが出てくるとは想像していなかった。ライラがエマの友人だということは知っていたが、まさかグランヴィルからアイリスを守るように頼まれていたなんて、全く知らなかったのだ。エマがそのことを教えてくれていればと何度も思ったが、彼女が肝心なことを話さないのはいつものことだった。
だが、自然を操り常にアイリスを見守っていたライラでなければ、彼女の命を救うことはできなかっただろう。アイリスが死にかけたという話を聞いたときは、オズウェルドも酷く肝を冷やした。
そして、あの襲撃事件について疑問に思っていたことをエリオットに尋ねる。
「グランヴィルが『仮面の魔法師』の正体を知っていたのは、お前が教えたからだな? だが、なぜアイリスだとわかった?」
すると、エリオットはニヤニヤした視線でオースティンを見遣る。
「ああ、仮面の魔法師の正体は、オースティンが俺に教えてくれたんだよ。こいつもクーデターを起こすに当たってアイリスちゃんを相当邪魔に思ってたらしくてな。消してくれって俺に頼んできたんだ」
その答えを聞いたオズウェルドは、殺気の籠もった目でオースティンを激しく睨みつけた。この男のせいで自分の愛弟子が傷つけられたと思うと、強い怒りがこみ上げてくる。そして、アイリスが死にそうになっていた時、何も出来なかった自分にも。
乱れた感情を溜息とともに吐き出すと、オズウェルドはもう一つの疑問をエリオットに投げかけた。
「その頃、水魔法を使う雑魚を学校に送ったのはお前か?」
オズウェルドが気になっていたのは、ヴァーリア魔法学校に突如現れ、マクラレンに叩きのめされた魔族のことだ。しかしエリオットは、その問いには眉を顰めながら否定する。
「あ? あいつは俺とは無関係だよ。俺のために何かしたいって言って、なんか勝手に爆死してた。今この国の牢屋にいるんだろ? 意気揚々と出向いて行って人間にボコされるとか、ダサすぎだろ」
この話しぶりからすると、恐らくあの魔族は反人族派の魔族で、エリオットの力になろうとして自滅したのだろう。何とも迷惑な話だ。
すると、エリオットがまた続きを話し出す。
「ええと、どこまで話したっけ? ああ、そうそう。ライラが助けに来たところな。んで、こりゃもうアイリスちゃんを殺すのは無理だと思って、とりあえず誘拐に方針を切り替えた。ライラに見つかる前に、ささっと攫っちまおうとしたのさ」
そこまで話すと、エリオットは困ったような表情でお手上げのポーズを取った。
「そしたら今度は、アイリスちゃんの護衛共がそれはまあ強くてさ。まさかギルバートの野郎がやられるとは思わなかったぜ。ゾーイも瞬殺だったしなあ」
エリオットの言葉を聞いたオズウェルドは、呆れたように言葉を放つ。
「お前は本当に、自分では何もしないんだな」
「俺は表に立つより暗躍したいタイプなんだよ。それに、俺が堂々と出てったら速攻で殺しにくるだろ? お前」
「当然だ」
オズウェルドが睨みつけながらそう言うと、エリオットはフッと笑みをこぼした。
「別にあの小娘ひとり殺すくらい俺自身が出ていけば簡単だが、四大魔族の二人に守られてちゃあな。まあ、んなことより、だ」
エリオットはそこで一度言葉を切ると、またニヤリと嫌な笑みを浮かべた。しかしこの笑みは、オズウェルドではなくオースティンに向けられている。
「最近で一番面白かったのは、グレネルって野郎な。ほんと不憫な奴だったよ、なあオースティン。お前から話すか?」
「…………」
オースティンは答えず、ただただエリオットを睨みつけている。少しの沈黙が流れたが、オースティンがだんまりを決め込んだのを見て、エリオットは随分と大仰な身振り手振りで説明を始めた。
「そうかい。じゃあ俺から。魔法学校に、グレネルっていうオースティンの手下がいたんだ。マーシャとかいう女が魔法の無効化を使えるって情報を掴んでオースティンに流したのも、そのグレネルだ。実に優秀な駒だったらしい。んで、オースティンはそいつにアイリスちゃんの誘拐を命じた。誘拐して、俺に引き渡すためにな。そこまではいい。面白いのはここからでさ…………ブハッ!」
エリオットは堪えられなくなったように吹き出すと、笑い声を漏らしながら続きを話した。
「こいつ、俺になんて言ったと思う? 『誘拐に失敗したら、グレネルを殺してくれ』だってよ! その時ちょうど手が空いてたランゲルドに殺しを頼んだんだが……。ククッ、今まで散々利用してきたくせに、あっさり切られて可哀想だったな、あいつ! なあ、オースティン?!」
その言葉に、アベルやルーイだけでなく、その場にいた騎士たちもオースティンに軽蔑の色を帯びた視線を向けた。
グレネルはこれまでに数多くの研究成果を挙げており、魔法学者の間だけでなく、この国でも名の通った研究者だった。その彼が亡くなったのは、実はこの国にとってかなりの痛手だったのだ。
そんな彼を利用した挙げ句殺したという話に、オースティンに従う騎士たちは皆、自分たちもいつ切られてもおかしくないと心の内に思った。
その場にいた全員の視線を一身に受けたオースティンは、ただただ苦々しい表情を浮かべている。
すると、一通り話し終えたエリオットが、ひとつ息を吐いてからこう言った。




