105.嫌な奴(1)
「お前みたいな無能、助けるわけねえだろうが、バーカ!」
エリオットに乗っ取られた茶髪の騎士は、高笑いしながらオースティンに向かってそう言い放った。
他の騎士たちは、一体何事かと皆ギョッとした表情を浮かべている。本来温厚なその騎士が、あろうことか自分の上官に暴言を吐いているのだ。突然の彼の暴挙に、その場にいた者たちが驚くのも無理はなかった。
そしてオースティンは、唐突なエリオットの裏切りに愕然としていた。
「なん……だと……!? 貴様ッ! お前とは王を亡き者にするという同じ目的があったから、手を組んでやっていたというのに!!」
激しく責め立てるオースティンを、エリオットは鼻で笑う。
「手を組んでやっていた、だあ? 俺が手を貸してやってた、の間違いだろうが! 俺は王サマの命なんざ正直心底どーでもいい。俺の本当の目的は、人間共を根絶やしにし、オズウェルドを殺して魔族の頂点に君臨することだ。わかったか? この役立たずが!」
「なっ……!」
オースティンはショックを受けたように言葉を失っていた。あろうことか、人間を滅ぼそうとしている奴と協力関係を築いていたのだ。エリオットとは、この酷く狡猾な男とは、絶対に手を組んではならなかった。自分の犯した大きすぎる過ちに気づき、彼の顔はみるみる青ざめていった。
すると、その様子を見ていたオズウェルドがポツリと言葉をこぼす。
「自分が利用されている側だとも気づかず、哀れなやつだ」
「そんな……馬鹿な……」
オースティンはそうつぶやくと、ただただ呆然とその場で立ち尽くしていた。一方のエリオットは、両腕を大きく広げ、オズウェルドに向かって嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「ああ、それにしても、会いたかったよ! 愛しのオズウェルド!! お前を殺すために、俺はあと何年費やせばいいんだ? ああ、嘆かわしい、嘆かわしい!」
「俺は一生お前に関わりたくはなかったよ、エリオット」
鬱陶しそうに答えるオズウェルドに、エリオットは舌打ちをする。
「何だよ、つれねえなあ」
「最近ちょっかいをかけてこなくなったから、てっきりもう諦めたのかと思っていたぞ」
エリオットは、随分と前からオズウェルドの命を狙っていた。自分が大陸西部を統一しようとしていたところ、ぽっと出のオズウェルドにすべて持っていかれたからだ。その恨みは相当根深いらしく、エリオットは過去に幾度となくオズウェルドを殺そうと試みていた。しかし、それはもちろんすべて失敗に終わっている。
「普通にやってもお前を殺せねえってわかったから、この国とお前を散々ぶつけようとしてたんだよ。それなのに同盟なんて結ばれちゃ、もう全部仕切り直しだ! クソが!!」
そう言いながら、エリオットは怒ったように部屋の壁を思いっきり蹴った。ドンッという音が部屋に響き渡ると、他の騎士たちはこの異様な光景に身を震わせていた。目の前にいる茶髪の騎士が、自分たちの知らない何かとても恐ろしい人物になってしまったと理解したようだった。
すると、オズウェルドはエリオットの粗暴な振る舞いに深い溜息を吐きつつ、彼に質問を投げかけた。
「ここ一、二年の事件に関わっていた魔族は、すべてお前だな?」
「ああ、そうだ。何ならもっと前から色々やってるぜ? ああ、もう、この際全部教えてやるよ! どうせ俺の計画は破綻しちまったんだからな」
エリオットが半ば自棄になってそう言うので、オズウェルドは腕を組みながら鋭い視線を向け、こう言葉をかけた。
「あまり聞きたくはないな。どうせろくでもない話だろう」
エリオットという男は、自分が行った悪事を自慢気に話す癖があった。嫌がらせをした相手に自分の非道をさらけ出すことで、相手の反応を楽しんでいるのだ。
オズウェルドは、昔からこの男のそういう面に散々振り回されてきたので、どういう言葉をかければエリオットが気持ちよく話すかも熟知していた。オズウェルドはローレンと共に一連の事件の調査を進めていたが、それがなかなかに難航していたため、この場で洗いざらい吐いてほしかったのだ。
すると案の定、エリオットはニヤリと嫌な笑みを作った。この顔をする時のこの男は、大抵ろくでもない話をするのだ。思った通り、エリオットは大仰な身振り手振りで、自分が行ってきた悪事を話し始めた。
「まあまあ、聞けって。ええと、どこから話そうかな。そうそう! 十年くらい前……だったか、ゾーイに命じてこの国の前の王サマを殺させた。あとは、王都の結界を緩めて魔物を送り込んだりもした。この国の人間に、魔族への憎悪を植え付けるためにな」
その言葉に、アベルもルーイも険しい視線をエリオットに向けた。
ゾーイが実行犯だということはすでにわかっていたが、裏ではエリオットが糸を引いていたのだ。この男のつまらない野望のせいで、ローレンの家族は殺されてしまった。ルーイは自らの主君を思うと、エリオットに対して激しい殺意が湧いた。
すると、エリオットは悔しそうな表情を作りながら続きを話す。
「それでこの国がオズウェルドかグランヴィルと戦争でも起こしてくれりゃよかったんだが、いかんせん憎悪より恐怖の方が上回っちまった。これは完全に俺の読み間違いだったな」
その言葉に、オズウェルドは片眉を上げ、怪訝そうな面持ちになる。
「戦争相手はグランヴィルでもよかったのか?」
その問いに、エリオットはまたニヤリと笑う。
「人族とでかい争いをしようとする魔族がいたら、お前が逐一止めてたの、知ってるぜ? アトラス王国を潰そうとしてたグランヴィルも何度も止めてただろ。俺的には、グランヴィルとお前がぶつかるのはかなりアツいんだ。あいつには必殺の剣があるからな」
「……なるほどな」
エリオットの情報網は、昔からかなりのものだった。そこら中の人間や動物を操っては、聞き耳を立てているのだ。ライラがあらゆる情報を広く浅く集める事を得意とする一方、エリオットは自分が知りたい情報をピンポイントで集める事を得意としていた。
そしてエリオットは、やれやれといった様子で言葉を続ける。
「それで、結局戦争も起きず、おまけに四年くらい前にローレンくんが魔族との共存なんて夢を抱いちゃったから、さあ大変! ウィルの野郎も人間を助けるなんて、困った奴だぜ。あ、確かお前の友達だったか? でもあれはオースティンがローレンくんを暗殺しようとしたせいだぞ? 俺は何も悪くねえ」
かつての友人の名が出たことに、オズウェルドはわずかに顔を顰めた。
オズウェルドが治める大陸西部に住んでいたウィルは、とても気さくな魔族で、魔王と呼ばれるオズウェルドにも臆さず接してくれる珍しい人物だった。オズウェルドにとって、数少ない友人の一人だったのだ。
今は亡き友を思い心を痛めていると、構わずエリオットが話を進める。彼は目を眇めて笑い、人差し指を立てながらこう言った。
「それでだ。俺は邪魔な王サマを消そうと考えた。そしたらオースティンの奴もちょうど王サマを殺したがってたんだ。だから、ちょいと手を貸してやったのさ」
そこまで話すと、エリオットは堪えきれないというように吹き出し、手を叩きながら笑った。
「でも、せっかく俺が王サマの部屋の結界を解いてやったっていうのに、あっさり暗殺に失敗してやんの! ったく、ほんと使えねえ奴だ。それじゃクーデターも失敗するわなあ! ギャハハハ!」
オースティンは、大声で笑い続けているエリオットを睨みつけながら、怒りと悔しさで歯をギリギリと食いしばっている。しかし、ここで言い返す言葉をオースティンは持ち合わせていなかった。
すると、下品に笑うエリオットに、オズウェルドはほとほと嫌そうな視線を向ける。事の真相を聞き出したいとはいえ、こいつの話し方は本当に気に障るのだ。
「エリオット。お前が解いたのは一回だけだな? 今までに三度結界が解かれたはずだが」
「ああ。あとの二回は、オースティンが自分で仕組んだもんだ。まあ、見事に失敗したらしいがな」
エリオットが嘲笑混じりにそう答えたので、今度はオースティンに対して質問を投げかける。
「オースティン。お前は、研究員であるマーシャ・ルーズヴェルトを利用して、彼女に結界を解かせたな?」
「…………」
だんまりを決め込むオースティンに、オズウェルドはやれやれと溜息をつきながらこう言った。
「無言の肯定と捉えよう。詳しいことは、取り調べで話せ」




