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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
最終章

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103.策略


「そろそろ、私も質問してよろしいですか? アベル殿下」

「……ええ。どうぞ」


 アベルはそう言って、オースティンに続きを促した。すると彼は、後ろにいるルーイを見据えながらこう尋ねてくる。


「そこの側近は陛下の犬だと思っていましたが、私を探らせていたのはあなたの差し金ですか? それとも陛下が?」


 その言葉に、ルーイはぎくりと肩を跳ね上げた。

 ローレンの命令でアベルの元に潜り込んでいたルーイにとって、それはこんなタイミングで暴露されたくない話だった。


「えぇ……今それ言っちゃう?」


 顔を引き攣らせながらそう漏らすルーイに、アベルは苦笑を浮かべながら言葉をかける。


「大丈夫だよ。私もなんとなく察してたから」


 アベルにそう言われ、ルーイの顔が余計に引き攣る。彼の額には冷や汗が滲んでいた。


「……流石にバレてました?」

「いつも優秀な君が、肝心なところでは情報を取ってこないことが何度かあったからね。でも、自分の無実が証明できるならと、君のことは見て見ぬふりをすることにしたんだ。最初は、私が暗殺の首謀者ではないかと疑っていたんだろう?」


 アベルの話を聞いたルーイは、トホホと肩を落とした。


「……これ、あとで絶対(あるじ)に怒られるやつだ」

「陛下も私が気づいてることに、感づいているかもしれないけどね。あの子はその辺りの察しが非常に良いから」


 アベルはまた苦笑しながらそう言うと、真面目な顔でオースティンに向き直った。


「さて、話を戻すと、ルーイがあなたを探っていたのは私の命令ではありません」

「そうですか……陛下には一体いつから疑われ始めたのやら」


 そう言うオースティンは、なぜか少し楽しそうに微笑を漏らしている。そんな彼に、アベルは訝しげな表情で尋ねた。


「ですが、オースティン公爵もルーイが陛下の諜報員だとご存知だったんですね」

「ええ。陛下から聞かされておりました。ですが恐らく、わざと聞かされていたのですね」


 オースティンの言葉でアベルもどういうことか察したらしく、『なるほど』とつぶやいていた。この場で唯一事情を知るルーイが、説明のために口を開く。


「アベル殿下は、ほんと察しがいいですね……。四年前の暗殺未遂事件の黒幕がアベル殿下じゃないってわかってから、陛下は自分の陣営の中で疑わしい人物数人に、俺がアベル殿下のことを探ってるって情報を漏らしたんです。陛下がアベル殿下を疑ってると思わせて、少しでも黒幕の油断を誘うために」

「ではその時点で、俺は既に黒幕の候補の中にいたということか……」


 オースティンはやはり微笑を浮かべたままそうつぶやくと、もう一度アベルに向かって質問をした。


「ですが、ではなぜアベル殿下は今朝真っ先に私のことを呼んだのです? そこの側近から私が怪しいとでも聞かされていたのですか? それとも陛下から何か聞いていたとか?」

「陛下に留守を頼むと言われてましてね。もし何か事件が起きたら、まずあなたを捕らえるよう仰せつかっていました」

「なるほど……なるほど、なるほど」


 オースティンは繰り返しそうつぶやくと、こらえきれなくなったように突然笑い出した。


「ククッ。フッ……ハハッ、ハッハッハ!」


 大声で笑っているオースティンに、アベルもルーイも訝しげな表情を向ける。取り囲んでいる騎士たちも、怪訝そうな顔をして警戒を強めていた。


 すると、ようやく笑いが収まったオースティンが嘲笑まじりにこう言った。


「そこまで私に疑念を抱いていたなら、たとえ証拠がなくとも陛下は城を空ける前に私を捕らえておくべきでしたね。やはりあの方はつくづく甘い!」


 その言葉に、ルーイは歯噛みした。

 自分が決定的な証拠を集められてさえいれば、確実にオースティンを捕らえることができていたはずなのだ。アイリスが攫われることもなかっただろう。


 ルーイが自分の至らなさを悔やんでいると、オースティンがニヤリと笑って口を開いた。


「アベル殿下。あなたは、陛下が何をしにどこへ行ったのかご存知ですか?」

「……いいえ」


 いま城内にいる者で、ローレンの行き先や目的を知る者はほとんどいない。ルーイでさえ知らされていなかったほどだ。それを、この男は知っているというのだろうか。疑っている相手に、ローレンがわざわざ言うとは思えない。


 するとオースティンは、肘をつきながら尊大な態度でこう言った。


「あの方は、とんでもない事をしでかすつもりですよ、殿下。私はあの方の暴挙から、この国を救ってやろうと言うのです」

「あなたは……何を知っているのですか?」


 アベルが険しい顔で尋ねるも、オースティンはその問いには答えなかった。

 

「そろそろお話も終わりにしましょうか、アベル殿下」


 そう言ったオースティンが、唐突に指をパチンと鳴らす。すると、大勢の騎士たちがこの部屋になだれ込み、アベルとルーイはあっという間に囲まれてしまった。主人に刃を向けられてしまったアベルの騎士たちも、大人しく武器を捨て従うしかなかった。


 オースティンの目論見を察したアベルが、険しい表情で問いただす。


「あなたはまさか……まさに今日、クーデターを起こすつもりですか……!?」

「先ほども言ったでしょう? 私は、国を混乱に陥れようとする陛下を――いえ国賊を、ただ断罪しようとしているだけなのです。あなたと話している間に城の占拠は完了したので、もはやどうあがいても無駄ですよ」


 勝利を確信したオースティンは、ニヤリとした笑みを浮かべながら悠然と座っている。その様子に、アベルは悔しさと焦りを滲ませていた。そして、近くにいるルーイに小声で指示を出す。


「ルーイ。君はローレンの元へ行きなさい。窓からなら騎士たちの隙をついて何とか逃げれられるはずだ。ここは二階だけど、君なら余裕だろう? 早くクーデターのことを知らせなければ。城に帰ってきてはあの子が危ない」


 アベルの命令に、ルーイは冷や汗を流しながらもニッと笑って返事をした。


「その命令は……ちょっと聞けないですね。俺は今、殿下の側近なんで。というか、そもそも(あるじ)の行き先知りませんし」

「ルーイ……!」


 聞き分けのない臣下に、アベルは渋い顔をした。一方のルーイは、穏やかな視線を向けながら、真の主人からの命令を明かす。


「俺は主から、何がなんでも殿下を守れって言われてるんですよ。主は、自分が死んでも殿下がいればこの国は大丈夫って思ってるくらいには、殿下のこと信頼してるんです。殿下は主から嫌われてると思ってたみたいですが、それは思い違いですよ」


 ルーイの言葉に、アベルは心底驚いた表情をした。そして、ほんの一瞬だけ嬉しそうに顔をほころばせるも、すぐにまた険しい表情に戻る。


「だからって、この状況では……」

「多分ですけど、主は城で何か事が起きた時に対処できるよう、あらかじめ策を講じていた気がします。オースティン公爵と話す場合はこの部屋を使えって、陛下に指示されてたんで」


 ルーイは、アベルに自分がこの場に残ることを納得させるためにそう話すも、内心この状況をどう打開するか必死に考えていた。


 ローレンが何か策を施してくれているというのは、希望的観測に過ぎない。部屋の指定があったのは確かに気になるが、城を占拠されてしまった今、この状況を打開する策などすぐには思いつきそうになかった。

 しかし、どんな方法を使っても、それこそ自分の命を犠牲にしてでも、アベルだけは絶対に助け出さなければならない。

 

 ルーイが焦りに顔を歪めていると、突如として扉の外が騒がしくなってきた。


 始めは遠くのほうで小さく聞こえていた騎士たちの叫び声が、少し、また少しと、徐々に徐々に大きくなっていく。まるで、「何か」がこの部屋に近づいて来ているかのようだ。


「何事だ」


 訝しんだオースティンが立ち上がり、扉を開けようとしたまさにその時、『ぎゃあ!』という叫び声がすぐそばから聞こえてきた。


 恐らく、扉のすぐ外に「何か」がいる。


 オースティンはほんの一瞬ひるんだが、騎士から受け取った剣を片手に、勢いよく扉を開けた。


「なっ……!」


 その場にいた全員が、「何か」の正体に目を見張る。


 黒みがかった灰色の髪、月のように輝く金色の瞳、そして頭には二本のツノ。


 仮面の魔法師など比にならないほどの、圧倒的な魔力量。その、存在感。


 オースティンは目の前に現れた()を見上げながら、信じられないという表情で言葉をこぼした。


「ま、まさか……お前は……」


 すると長身の()は、よく通る低い声で、こう言ったのだ。


「我が名は、デモンハイム帝国初代皇帝オズウェルド。バーネット王国と締結した友好同盟に従い、ヒュー・オースティンによる王位簒奪を阻止するため参上した」


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