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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
最終章

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100.乱れる思考


「エマ・アトラスの手紙には、他に何と?」


 アイリスがアーノルドにそう尋ねると、彼は眉根を寄せながら頭を横に振った。


「申し訳ございません。あいにく、わたくしはそれ以外のことは聞かされておらず」


 アーノルドはそう答えた後、少し難しい顔になって話を続けた。


「ですが……フレッド様は、アイリス様をこの国から逃がすことに随分と執心しておられました。何が何でも、アイリス様を国外に脱出させなければならない、と。それも、エマ・アトラス様のお導きなのかも知れません」

「どうして、そんなこと……」

「そこまでは、わたくしにはわかりかねます」


 訝しげに眉根を寄せるアイリスに、アーノルドは申し訳無さそうにそう返した。

 彼の言葉を脳内で反芻するが、やはりこれだけの情報では何も掴めそうにない。


(やっぱり、エマ・アトラスの考えていたことはよくわからないわね……一体どんな未来を視ていたのかしら)


 そして同時に、どうしてもこんなことを思ってしまう。


(でもどうせなら、もっと早くにあの国から出られるようにしてくれれば良かったのに……)


 アイリスがアトラス王国を出られるまで、十六年かかった。その間、酷くつらい日々を送ったのだ。その未来が視えていたというのなら、もっと早く救って欲しかったと思わずにはいられなかった。


 しかし、それはあまりにも他人任せな考え方だ。自分の人生なのだから、自分で何とかすべきだろう。


 アイリスはそう思い直し、アーノルドへの質問を王城に帰るためのものに切り替えた。 


「ここは、アトラス王国の領土なのかしら?」

「はい、残念ながら」


 ここがバーネット王国ではないことは、ある程度覚悟していた。しかし、いざその事実を突きつけられると、少し身震いがした。バーネット王国に逃げ切る前に再び捕まって『国を出たら死ぬ呪い』でもかけられたら、一生この国から出られないような気がしてならなかったのだ。


 アイリスが表情を曇らせると、アーノルドがその不安を取り除くように言葉をかけてくれた。


「ですが、ここはバーネット王国との国境沿いですので、馬でしばらく走ればすぐにアトラス王国からは脱出できるかと。地上に馬を用意しておりますので、そちらをお使いください」

「……ありがとう! 助かるわ」


 彼の言葉に希望を抱き、アイリスは顔を上げた。


(絶対に、帰らなきゃ。陛下に思いを伝えるって、そう決めたんだから)


 アイリスは、心のなかで強くそう思い自分に気合を入れた。

 いくらエマ・アトラスの予言があるからといって、無事に帰れるとは限らない。未来が変わる可能性だって十分あり得るのだ。油断はできない。


 すると、アーノルドと会話をしているうちに、どうやら地上への出口に着いたようだ。彼に続き梯子を上ると、そこは森の中だった。歩いていた時間を考えると、廃教会からはそれなりに離れられたはずだ。


 アーノルドが言っていた通り、近くの木に一頭の馬が繋がれていた。二人でその馬の元まで行くと、彼はアイリスを乗せる前に小さな鞄を手渡してくれた。


「食料などはこちらの鞄にいくらかご用意がありますので、道中でお食べください。この道を真っ直ぐ行けば、バーネット王国に着くはずです」

「何から何までありがとう」


 アーノルドから鞄を受け取り首にかけると、アイリスは少し心配していたことを彼に問いかける。


「でも、あなたは大丈夫なの? ちゃんと逃げ道は確保してる? 魔法協会の人間に見つかったら、きっとただじゃ済まないわ」

「お気遣いありがとうございます、アイリス様。ですが、ご心配には及びません」


 そう言う彼は、とても穏やかな笑顔を浮かべていた。


 そしていよいよ、アイリスはアーノルドに手伝ってもらいながら馬に乗った。乗馬は父が存命だった頃に習得させられたため、走行には問題ないだろう。


「アイリス様」


 アーノルドに呼びかけられ視線をそちらに向けると、彼はとても複雑そうな表情を浮かべていた。後悔が滲むようでいて、でもどこか慈愛に満ちたような、そんな表情だった。


 そして彼は、唐突にとんでもないことを口にする。


「フレッド様は……あなた様のお父上は、アイリス様を心から愛していらっしゃいました」


 彼の発言に、アイリスは思わず顔を顰めた。胸の奥底が嫌にざわつく。もう期待なんてしたくないのに。


「そんなの……今さらどうやって信じろと?」


 アイリスが険しい声でそう言うと、アーノルドは頭を振って言葉を返した。


「いいえ、信じろと言うつもりはございません。ただ、あの方の名誉のために、伝えておきたかったのでございます」


 そう言う彼は、やっと言えたというように、満足そうにわずかに微笑んでいた。


 しかし、伝えられた側のアイリスは、何とも言えない複雑な感情を抱いていた。アーノルドの言葉が本当かどうかもわからなければ、父本人にも確認しようがないのだ。そんなこと今さら言われても、どうしようもないではないか。


(……今は、逃げることに集中しないと)


 ざわつく感情に支配されないよう、アイリスは頭を振って余計な思考を追いやった。そして、アーノルドに再び視線を向け、別れの挨拶をする。


「もう行くわね。いろいろとありがとう」

「はい。どうかお気をつけて。もし、エマ・アトラス様の手紙について詳しく知りたければ、オズウェルド様にお尋ねください。彼なら、なにかご存知かもしれません」


 まさかの言葉に、アイリスは驚いて目を大きく見開いた。先程の比ではないほどに思考がかき乱され、心臓が早鐘を打つ。


「……待って。どうして、そこでオズウェルドの名前が出てくるのよ……!?」


 しかしアーノルドは、こちらの問いには答えてくれなかった。


「さあ、行ってください、アイリス様。もう時間がございません。どうか、どうかお元気で」


 アーノルドはそう言うと、アイリスを乗せた馬を叩いて無理やり発進させた。


「ちょっ!」


 急に馬が走り出したせいで、アイリスは馬の操作に集中せざるを得なくなってしまい、慌てて前を向いた。少し落ち着いてから振り返ると、既にアーノルドの姿は随分と小さくなっていた。


 彼の言葉がずっと心に引っかかったまま、アイリスはしばらく馬を走らせるのだった。


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