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【完結】愚鈍で無能な氷姫ですが、国取りを開始します 〜さっさと陛下と離婚したいので、隠してた「魔法の力」使いますね?〜  作者: 雨野 雫
第三章

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番外編3ー6.無欲な王

「90.微妙な距離感」にて、アイリスが目覚める前のお話です。


 ローレンが目覚めた時、まず目に入ってきたのは雲ひとつない青空だった。


 そして、起き上がって周囲を見回すと、そこには以前に見たことのある美しい泉が広がっていた。


(恵みのライラか……)


 瞬時に状況を把握すると、ローレンは少し疲れたように溜息をついて立ち上がる。


 前回ライラの夢の中に入ったときと同様、やはり寝衣姿のままだった。前回と違うのは、隣にアイリスがいることだ。彼女はまだ眠っているようだった。


「久しぶりね」


 声のした方を振り向くと、桃色の髪の少女がにこやかに手を振っていた。彼女は相変わらず、白いワンピースと花冠を身に纏っている。そして、腕や足に巻かれたツルも。


 ローレンは、二度目の招集の理由として、思い当たる節が三つあった。

 一つ目は、一連の事件に絡んでいる魔族の調査報告。二つ目は、今回アイリスに襲撃を仕掛けてきた魔族たちの情報提供。そして三つ目――。


「……俺を殺しに来たのか?」


 ローレンは表情を険しくしながら、ライラに向かってそう尋ねた。


 前回ライラと夢の中で会った時、別れ際に『アイリスを悲しませたら殺す』と言われていたのだ。そして昨晩、アイリスの様子が明らかにおかしかった。ローレンが触れようとした時、彼女はあからさまに顔を背けたのだ。

 

 今までアイリスに触れる時、彼女は照れる様子は見せても、嫌がる素振りは一度も見せたことがなかった。もしかしたら、気付かぬうちに彼女の気に触るようなことをしてしまったのかもしれない。あるいは――。


(アイリスが結婚にまつわる秘密を知ってしまったか、だな)


 そのことが脳裏によぎった時、ライラが冷たい笑みを浮かべながら言葉を返してきた。


「あら、自覚があって何よりだわ」


 その返答に、ローレンは一層表情を険しくする。

 相手は四大魔族だ。一対一で戦っても、勝ち目は万に一つもない。しかし、目的を何も果たせていない今、ここで死ぬわけにはいかなかった。


 ローレンが激しくライラを睨みつけていると、彼女は堪えられなくなったようにフッと吹き出し、ころころと笑いながら言葉を続けた。


「ふふふ。冗談よ。殺気を収めなさいな」


 全く笑えない冗談だ。心の底からそう思い、ローレンは疲れたように大きく溜息をついた。この女と話すと、どうしてこうも疲れるのだろうか。


 するとライラは、スッと笑みを消し、至って真面目な表情で話を続けた。


「あなたへの用件は二つ。一つ目は、今回アイリスに接触してきた魔族について。これはアイリスが起きてから説明するわね」


 その言葉に、ローレンはようやく敵に一歩近づける予感がして、期待と安堵の念を抱いた。


 ローレンも独自で調査は進めていたものの、一連の事件の裏に潜む魔族になかなか辿り着けないでいたのだ。そんな中、彼女からの情報提供はかなりありがたい。少なくとも今回アイリスに接触してきた魔族のことは知れそうだ。


「二つ目は何だ?」


 ローレンが尋ねると、ライラは少し表情を曇らせた。そして、彼女はこちらの問いには答えず、逆に質問を投げかけてくる。


「アイリスがお城に戻って来てから、彼女、少し様子がおかしかったんじゃない?」


 ライラの言葉にローレンは一瞬目を見開いた後、すぐに眉根を寄せた。


「……ああ」


 短く肯定の言葉を返すと、ライラの表情は一層暗くなっていく。


「そう……やっぱり気にしてるのね」

「原因を知ってるのか?」

「エリオットに……ええと、今回接触してきた魔族に、『お前は王様に良いように利用されてるだけだ』って、言われたみたいで」


 その回答で、ローレンはアイリスの様子がおかしかった理由がすぐに理解できた。


 以前、アイリスから問われた。なぜ自分を結婚相手に選んだのか、と。


 正直に明かすわけにもいかず、その時は『離婚する時に教える』とだけ答えたが、彼女は依然としてこの結婚に疑念を持っているのだろう。その上、自分が利用されているだけだと聞かされれば、不信感を抱かれても仕方がなかった。


「……そうか」


 すべては己の自業自得だ。アイリスに弁明できることなど、何一つとしてなかった。罪悪感が、ローレンの胸をズキリと刺す。


 すると、暗い表情を浮かべているローレンに、ライラが気遣うように声をかけてくる。


「アイリスも真相までは知らないから、あまり深刻に考えすぎないでね」


 その言葉に、ローレンは深く安堵した。しかしすぐに、彼女を利用しておきながら嫌われたくないと思っている自分に心底呆れる。


(自分勝手にも程がある……)


 ローレンは自分の身勝手さを思い返し、彼女を手放したくないと(のたま)うもう一人の自分を抑え込む。そして、軽く頭を振って余計な思考を振り払った。


 すると、ライラが不満そうな顔でこう尋ねてくる。


「ねえ、本当に離婚するつもりでいるの?」

「当然だ。アイリスをこの国に縛り付ける気は毛頭ない」


 即答するローレンに、ライラは呆れたように溜息をついた。


「あなたって、ほんとに自分の気持ちに正直じゃないのね」

「王という立場上、諦めなければならないことも多い」


 その言葉を聞いたライラは、少しの嘲りを滲ませながらこう言う。


「あら、王ならば、望むものすべてを手に入れようとしなさいよ。少なくともエマは、そういう王様だったわ」

「フッ。強い人だな」


 エマ・アトラスは、別に私利私欲で動く王だった訳ではない。史実を見ても、賢王だったと記されている。

 国を正しく導きながら、なおも自分自身の望みを叶えることがどれほど難しいか、ローレンは身に染みてよくわかっていた。


「もしアイリスがあなたと一緒にいたいって言ってきたら、どうするの? それでも離婚するの?」


 ライラの問いに一瞬思考を巡らそうとしたが、すぐに止めた。ありもしない仮定など無意味だ。


 そしてローレンは、余裕のある笑みを作ってライラに向ける。


「その答えがどうであれ、お前に答える義理もないだろう」

「あら、生意気」


 ローレンの答えに、ライラはそう言ってクスクスと笑っていた。


 すると、眠っていたアイリスがモゾモゾと動き出した。彼女もそろそろ起きそうだ。


 しかし、その様子を見たライラが少し慌てた様子を見せた。どうやらまだ話があるらしい。


「ああ、それと最後に。これからする話を聞けばわかると思うけれど――」


 ライラは眉根を寄せながら、深刻な空気を纏ってこう言った。


「あなた達の計画、早めたほうが良さそうよ」


 そこで、アイリスが目を覚ました。


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