番外編3ー2.恩人(2)
「殿下!!」
騎士たちの中にいた白髪の人物が、険しい顔をしながらローレンに近づいてくる。
「全くあなたという人は……! 殿下の身に何かあったらどうするおつもりですか!!」
「許せ、エドモント。このタイミングで来てくれると信じていた」
「最近殿下が強盗犯を追っていらっしゃるのは知っていましたが、取り押さえに行くならそう仰っていただければ……! そもそも、殿下がこんなことをなさる必要はないのです!」
二人のやりとりを、マクラレンは呆けた顔で見つめていた。すると、ローレンがこちらをチラリと見ながら言葉を続ける。
「こいつの力を見てみたかったんだ」
「……この方が、最近殿下がお話されていたご友人ですか?」
ローレンの言葉に、エドモントと呼ばれた白髪の人物もマクラレンの方を見遣る。そして、エドモントがこちらに近づき、申し訳なさそうに謝罪してきた。
「これはこれは、いつも殿下が大変お世話になっております。わたくしは、ローレン殿下のお目付け役であります、エドモント・スタンフィールドと申します。この度は危険なことに巻き込んでしまい、大変申し訳ございませんでした」
「はあ……ご丁寧にどうも……」
諸々の事態に頭が追いつかず、マクラレンは何とも間の抜けた返事をしてしまった。
***
事件が片付いた後、マクラレンはローレンと共に小高い丘の上に戻ってきていた。今は彼と隣り合ってベンチに座っている。いろんなことが一気に起こりすぎて、まるで夢の中にいるような気分だった。
夕焼けに輝く城下を見つめながら、マクラレンはポツリとつぶやく。
「本当に、王様になる人だったんですね。ローレン君」
「ああ。信じてなかっただろ」
「信じる方がどうかしてますよ。街中で殿下にお会いするなんて、普通思わないでしょう?」
マクラレンは苦笑しながらそう言った。だが、初めてローレンと会ったとき、彼に威厳を感じた自分の直感は外れていなかったのだ。
「殿下は、どうして僕なんかに話しかけてきたんですか?」
「正直に言うと、お前の父親から話を聞いたんだ。お前が学校に馴染めていないことを、随分と心配していたぞ」
「父上が……そうでしたか……」
マクラレンの父は、王城の官僚だった。だから、ローレンと王城内で会話を交わしていても不思議ではない。この目の能力のことも、父から聞いたのだろう。
ローレンは父に頼まれて、自分に会いに来た。そう思うと、なんだか少し複雑な思いがした。
すると、こちらの考えを察したように、ローレンが眉根を寄せながら口を開く。
「別に、頼まれて来たわけじゃないからな。ただ個人的に、お前に興味を持っただけだ」
その言葉に、マクラレンは少し驚いて目を見開いた後、苦笑しながら言葉を返した。
「……僕は、殿下のお眼鏡に叶うような人間ではないですよ」
「バカ言え。さっきも言ったが、お前ほど優秀な魔法師はなかなかいない。それにお前の能力は、埋もれさせるには惜しい才能だ」
ローレンは、その碧の瞳を爛々と輝かせながらそう言った。そんな彼が自分には眩しすぎて、マクラレンは思わず顔を逸らす。そして、少し俯きながら未来の王に問いかけた。
「……僕の目の力のこと、怖くないんですか?」
「全く」
「……今だって、すぐにでも君を殺せるのに?」
「お前はそんなことはしないだろう? なのに、どうしてお前を怖がる必要がある?」
ローレンはそう言うと立ち上がり、ベンチに座るマクラレンの目の前に立った。
「顔を上げろ、ケネディ。お前のその力は、誰かの命を奪うためにあるんじゃない。誰かの命を守るためにあるものだ」
彼にそう言われ、マクラレンはハッとしたように顔を上げる。夕日を背に立つ彼は、何とも神々しく見えた。
「だから己の力を恐れるな。お前ほど優秀な魔法師なら、その力を使いこなすくらい簡単だろ?」
ローレンはニッと笑ってそう言うと、こちらに手を差し伸べてきた。
「もし進むべき道に迷うのなら、俺に力を貸してくれ。俺が王になって窮地に立たされることがあったその時は、ぜひお前の力を借りたいんだ」
「…………!」
彼の力強い言葉に、その堂々たる姿に、マクラレンは生まれて初めて誰かに仕えたいという気持ちを抱いた。自然と彼の前に跪き、その手を取る。
「喜んで貴方様の力になりましょう。ローレン殿下」
彼はその言葉に満足したように、ニッコリと笑顔を浮かべていた。
「本当は宮廷魔法師に欲しいくらいだ。どうだ? お前なら余裕でなれるだろ」
「僕、権力争いとか苦手なので、それは勘弁してください」
マクラレンが苦笑しながらそう言うと、ローレンは『それは残念だ』と笑っていた。
***
その後、程なくして国王が崩御した。亡くなった原因は、北部地方に向かう途中で何者かに襲われたというショッキングなもので、国中が暗い空気に包まれた。
しかし、ローレンの即位が正式に発表されると、一転してお祝いムードとなった。
ローレンの戴冠パレードには、新たな王を一目見ようと国中から大勢の見物人が集まっていた。かく言うマクラレンもそのうちの一人として、王の隊列が目の前に来るのを今か今かと心待ちにしていた。
王になったら力を貸して欲しいと言っていたあの少年が、本当に王になったのだ。マクラレンの心は、なんとも言い表せない高揚感に溢れていた。
そしてとうとう、王を乗せた馬車がやって来た。人垣のせいで遠目にしか見られなかったが、馬車が目の前を通ったその時、ほんの一瞬だけローレンを垣間見ることができた。
――しかし、彼の姿は変わり果ててしまっていた。
彼の威厳や堂々たる姿は変わらない。だが、瞳からはあの爛々とした輝きが失われ、ただただ鋭さのみが宿っていた。まるで、今にも人を殺しそうな、憎しみに溢れた瞳だった。
(なんて顔してるんですか……ローレン君……)
マクラレンはその姿に愕然としたが、そこでやっと気づいた。まだたった八歳の彼は、ついこの前家族を殺されたばかりなのだ。変わらないわけがない。
お祝いムードに当てられ、そんなことにも気づかない自分の愚かさに嫌気がさした。そして、今の自分には何もできないことが、酷く情けなかった。
その日マクラレンは、周囲の明るい雰囲気とは反対に、沈んだ気持ちで帰路についたのだった。
***
後日、マクラレンは学校に来ていた。何日ぶりか数えられないくらい、久しぶりの登校だった。
そして、何よりもまず校長室を尋ねる。
「おや、ケネディ。今日はどうした? 久々に会えて嬉しいぞ」
突然のマクラレンの来訪に、校長のホーキングは驚いたような表情を浮かべたが、すぐににこやかな笑顔で迎え入れてくれた。彼は問題児であるマクラレンを気にかけてくれる、数少ない教師の一人だった。
そんな彼に、マクラレンは真剣な表情で尋ねる。
「ホーキング先生……この学校の教師って、どうやったらなれますかね?」
その問いを聞いたホーキングは、少し目を見開いた後とても優しく微笑んでくれた。
「ほっほっほ。であれば、まずは授業に出て、一通りの教科を修めなさい。そうすれば、君なら簡単に教員試験に受かるじゃろう」
「わかりました。ありがとうございます、先生」
マクラレンが礼を言うと、ホーキングは慈愛に満ちた目をこちらに向けた。
「進むべき道が、見つかったようじゃの」
「はい」
彼の言葉に、マクラレンは力強く答えた。
もう、迷わない。もう、恐れない。
幼き王のために、今、自分にできることをやろう。
そう強く決意するマクラレンに、ホーキングはお茶目な笑顔を浮かべながらおどけたように言う。
「ほっほっ。わしもそのうち、君に校長の座を奪われるかもしれんのう。うかうかしておれんな」
「校長……は、なんだか色々と大変そうなので、流石に遠慮しておきます。僕、権力争いとか、苦手なので」
マクラレンは苦笑しながらそう答えたのだった。




